終章■もう一人の異世界転移者

   1


「へぇ、あんた牡蠣カキ美味うまさ、解るのかい?」


 ハンク・モーガンと名乗る男に、部屋に通されたボクは。

 陶器の大平皿に山盛りにされた生牡蠣を食べていた。

 見は肉厚で、大ぶりだが、大味ではない。

 潮の香りもよく、養殖と違って殻はイビツだが、健康的だ。

 瀬戸内の牡蠣にも負けていない。

「この美味さがわからないなんて、人生の半分は損してますよね~」

「クラレンスも含めてこの国の連中は、牡蠣の美味さが理解できないらしい。ヌルヌルしてて、しかも生で食うとは気持ち悪い、腹も壊すとか言って、嫌がる。だがオレの生まれ故郷じゃ、牡蠣は名産でね。こっちにはレモンもライムもないのが残念だが、薄めた酢でもそう悪くない」

 そう言いながら、彼は自作したと自慢する専用の牡蠣ほじくりスプーンで、次々と生牡蠣を胃の中に放り込んでいた。手先が器用で、美食家なのだろう、ボクとも話が合いそうだ。


「生牡蠣も美味いけど、ボクは蒸したり揚げたりしたやつが好きかな」

「揚げる? スコットランドからの移民が、チキンを揚げてる、あれか? 俺のじいさんはネーデルランドの生まれで、キブリングって魚のフライが好きだったがな。水分が多い牡蠣を、揚げられるのか」

 彼は驚いたような顔で、スプーンの先の牡蠣を見つめた。揚げた姿を想像してるのだろう。

「東洋では、いろんな牡蠣の食い方が発達してるんですよ。他にも酒と醤油ソイソースで軽く蒸した牡蠣に、熱した落花生油ピーナッツオイルをドバ~ッとかけ回したら、これが最高に香りが立って!」

 東西新聞文化部の、山岡って新聞記者がどっかで紹介してた。究極の献立メニューのひとつらしいっすよ。行きつけの中華料理屋が真似したら、マジ美味かったッス。

「いいねぇ~、お抱えの料理人に今度、作り方を教えてやってくれないか? アンタが牢屋から出してやったあの料理人、うちで雇うことにしたんだよ」

「ピーターさん、再就職できたんですか? よかった~。そういう話なら、喜んで!」

 雑文書きの一環で、慣れないフードライターの真似事もやったんでね。作るのは素人だけど、レシピは多少知ってるから。いろいろ教えちゃおう。

「おまえさん、ピーターの主人の事件、別に犯人がいると思ってんだろ? 例の生首すり替え事件、あれだってどうにも人間関係のドロドロがあるようだ。そもそも、マリオン子爵の御息女殺人事件、あれだって嫌疑が晴れたわけではない。うちの食客として置いてやるから、犯人を探して、疑いを晴らすが良いさ」

「ありがたいです! ぜひともお願いします」

 ボクは深々と、飯(中略)長にも下げたことないぐらい、深く頭を下げた。この人、フランクだなぁ。すっげぇ話しやすい。


「ところでおまえさん、どの時代のどの国の人間だ?」

 美味い美味いと牡蠣をパクパク食うボクに、モーガン卿はいきなり右ストレートを打ち込んできた。

「どの時代? そんな言い回しを使うってことは、あなたも……」

「未来からこの世界に転移した、アメリカ人さ。これでも工場長だったんだぜ。ところが工場の作業員の喧嘩に、運悪く巻き込まれてね。金梃バールで頭をしこたまぶん殴られて気絶、目が覚めたら此処ここにいた」

 そう言うとモーガン卿は、ニヤリと笑ってウインクしてきた。まるで、チャップリンやロイドの映画に出てくる、古式ゆかしきアメリカ人って感じだ。でも、様になる。日本人では、こうはいかない。

 これでロイド眼鏡とカンカン帽を被っていれば、リアルくいだおれ太郎だね、どうも。道頓堀をウロウロしてたら、ヒョウ柄の服を着たオバチャンに、さぞや人気だろう。飴ちゃん、ギョウサンもらえるで?



   2


「ボクも、バールのようなもので殴られて……」

「バールのようなもの? 何だそれは? おまえの世界じゃバールの他に、似たような工具でもあるのか?」

「あの、いや、物書き時代のクセで、つい。バールです、バール。間違いなくバール」

 いかんいかん、新聞記事じゃないんだから。バールはバールだ。バール! これは立川志の輔師匠の、新作落語の影響だな。清水義範脚本の。

「オレは妙な騎士に決闘を申し込まれて、やっぱり死刑判決を受けて、おまえさんと同じ土牢に押し込まれた」

「この世界はどうなってるんですか! なんだってそんな、死刑にしたがるんですかね?」

「オレも最初は、そう思ったよ。狂ってるなって。言ってることも行動も支離滅裂で、嘘つきだらけだ。いや、現実と妄想の違いがわからんのかもな。迷信と妄想が当たり前に飛び交うんだから、たまらん。セルバンテスの描いた世界と同じだよ、まったく」

「セルバンテス? ミゲル・デ・セルバンテス? 『ドン・キホーテ』の!? ということは、ここは17世紀のスペインですか?」

「惜しいな、スペインならオレの米語が、通じないからな。イングランドだよ」

 いや、ボクの日本語でも通じてるんですよ、ほんやくコンニャクのおかげで。でも、話の腰を折るので、黙っておこう。アメリカ人にドラえもんは理解できないだろうし。テレビ放映、間に合ってなさそうだし。


「ひょっとしたら、オレみたいな異世界転移者がまた現れるかもしれんと、クラレンスにはちょいちょい牢獄を巡回させてたのさ。この世界に来た人間は、まず間違いなく、あそこに送り込まれるからな。それにアイツ、元は獄卒で顔も効くしな。だが、3年目にして初めての転移者に、オレも少々驚いてるよ」

 いやいや、ボクはうれしいですよ。

 少なくとも文明人が、この世界にもいるんですから。

 流れ着いた無人島に人がいた、みたいな?

 フライデーに出会ったロビンソン・クルーソーの気持ち、わかるわ~うんうん。

「オレはハートフォードの生まれさ。知ってるかい? コネチカットの州都で工場が多い」

「あの、俳優のクリストファー・ロイドの生まれ故郷……でしたっけ? ドク役の」

 すぐ思い出すのは、その名前ぐらい。

 他には───確かイェール大学があったところだよなと、必死に記憶の引き出しを、引っ掻き回す。たいして知識はない。

「誰だそいつは? 聞いたことないぞ」

 おやぁ、スピルバーグ監督の映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の博士役を、知らない?

 そんなバカな。

「ノア・ウェブスターとか知らないか? 辞書のウェブスター社を作った有名人だ。それにオレが若い頃に働いていた軍事産業の工場、創業者はサミュエル・コルトだったが。彼もハートフォードの生まれなんだぜ?」

 ウェブスター社?

 あの辞書会社の?

 コルト?

 あの拳銃メーカーの?

 そこの軍需工場って。

 頭が混乱したボクは、思い切って聞いてみた。


「あの、あなたが生まれた正確な年は? ボクは1989年生まれです」

なんてこったOh, my God! おまえさん、俺より百年以上も後の生まれなのか?」

 モーガン卿はそう言ってマジマジ、ボクの顔から爪先まで、視線をたっぷり2往復ほど上下させた。珍獣を見る目だ。

 イヤイヤこっちだって、百年以上前の人に会うのは初めてですから。

 あ、いや長寿日本一の人って、子供の頃にギリギリ会ったことがある年齢かな?

「じゃあ、あなたが生きてた時代、プロフェッショナル・ベースボールのチームは?」

「んあ? シンシナティ・レッドストッキングスが野球機構アソシエーションに所属してな。オレの地元にはまだチームがなかったから、メトロポリタンズとの試合をニューヨークまで、何度か見に行ったことあるぜ」

 レッドストッキングス? シンシナティ・レッズの最初の名前じゃん! 世界最古のプロ野球チームの。すると、ボクをバールのようなもので殴ったあの野郎、広島カープの帽子じゃなかった?

「キーフ投手が先発だったな。カーブとは違うゆるぅ~いボールを投げて、三振ストラックアウトを面白いように奪ってたぜ」

 そう言いながら投球フォームをものまねする、このストレートなアメリカ人にボクは俄然、興味を持っちゃった。いや、野球好きに敬意を表して、直球ファスト・ボールと呼ぶべきか?

「ティム・キーフ! うわ、マジで殿堂入りの大投手じゃないっすか! チェンジアップの生みの親!」



   3


 もし彼が1889年頃のアメリカ人だとすれば、チャップリンやヒトラーが生まれた年だ。そんな、教科書でしか知らない時代の人間に、直接インタビューできるなんて、1億円積んでもムリな話。

 以前に雑誌の仕事で取材した、人間国宝の能楽師でさえ、87歳だったからなぁ。

 推理小説の始祖エドガー・アラン・ポーが亡くなって、まだ20〜30年しか経っていない時代の、そんな時代の人間なのだ。彼モーガン氏が生まれたのはたぶん、江戸時代の最後ぐらい。

 かのチェスタトンとほぼ同時代の人なのだから。

 こんな宝の山、根掘り葉掘り聞くなっていうほうが無理です、ハイ。

 聞いた内容を、物書き仕事で利用するチャンスがあるかないかなんて、関係なく。

 純粋な好奇心で。


「ということはモーガン卿、あなたは1860年代の生まれですか? トーマス・エジソンがメロンパーク研究所を設立した頃の……」

 そう言いかけたボクの言葉を、卿は右手を挙げて押し留めた。

「エジソンとか知らん。それに、ハンク・モーガンってのはオレが親からもらった本名だが、ここじゃ威厳がないんで、別の名前を名乗ってるのさ」

 お、ペンネームか? ボクにもあるぞ。コラム書く時は〝雷夢雷人〟って名乗ってるし、Twitterじゃ〝オリハルコン〟だ。フォロワーはようやく4桁だ。

「現代人からすれば野暮ったいだろうが、ボス卿と名乗ってるんだ」


 ボス卿──ボクはこの言葉に、ドキリとした。

 イヤ、

 まさか、

 そんな、

 彼が、

 実在、

 する、

 はず、

 ない。

 だってあれはフィクションで作り話で嘘っぱちだ。


「あの、ひょっとしてここは、キャメロット城? そして西暦530年代の?」

 頭の中では否定しているのに、その単語が口から勝手に漏れ出した。

「惜しいな、今は531年だ。オレがこの世界に転移されてから、3年と2ヶ月と6日だ。王は威厳のある、立派な王だぜ。合うのを楽しみにしてな。円卓の騎士……恋文を書いたのはランスロット卿だ。相手は言わずにおくさね、どうせ知ってるんだろ?」

「ランスロット……湖の騎士Lancelot du Lac

 ボクは、カラカラになった喉から、声を絞り出した。

「やっぱり知ってたか、現代人」

 なぜボクがこんなに緊張しているのか、ボス卿と名乗ったアメリカ人は、理解できずにいる。当たり前だ。同じ立場なら、ボクだって不思議そうな顔をしてるよ。

「あの、つまり、あなたは?」

「オレかい? オレはさしずめ……」

 彼──ボス卿は、ボクが予想したとおりの答えを、口にした。


「アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキーさ」




トリック・ライターのボクが異世界転移したら名探偵貴族に?[第①話/邂逅編 終わり]

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トリック・ライターのボクが異世界転移したら名探偵貴族に? 第1話/接触編 篁千夏 @chinatsu_takamura

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