第2話 本文

雷飛らいと起きて。じゃないとイタズラしちゃうぞ♡」

 フローラはニマニマと口の端を歪めて、妖艶な吐息をもらす。

 イタズラ! どんなことをしてもらえるのだろう! ワクワク!

 そう思い、しばらく寝たふりをする。

「もう。すぐに起きてってば!」

 そう言って掛け布団を取り払うフローラ。

 そこには準備万端な俺がいるわけで……。

「いや――! 変態!」

 バチンと大きな音を立てて、俺の大事な部分が痛む。

 これが毎日の日課……というのには嘘があるが、俺はフローラと旅をしている。

 朝起きて、宿屋を出ると、フローラがぷくっと頬を膨らませている。

「もう、おっそーい!」

「ああ。悪かったな」

 俺は少し足早に駆け寄る。

 ここは王都バナディーヤから西に80キロほどの場所。領主アルカディアの納める街〝ソルト〟。

 塩を生業なりわいとしている者が多く、塩の原産地として有名だ。しかし、塩害が多く、貴金属はさび付き、植物はその葉を枯らす。一部の植物はその植生を維持しているが、やはり農業では成り立たない。

 海に面しているため、無限の塩を得られるのだが、それ以外には漁業しかない。

 お陰で隣町から塩以外の、特に野菜を仕入れている。

 肉を仕入れて塩で天日干しにする干し肉の産業もあるが、他と比べて質が悪い。

 野菜の塩漬けなどもやっているがうまくいってはいないらしい。

 そんなソルトの町並みを眺めながら王州街道を歩いていると、一人の少年とすれ違う。

 その後、後ろで騒ぎが起こる。

「誰か! 泥棒よ!」

 野菜売りのおばちゃんが叫ぶ。

 俺の横を先ほどの少年が駆け抜けていく。

 その手には野菜がしっかりと握られていた。

「助けないと!」

 フローラは顔を上げ、その少年に手をかざす。

「待て。憲兵に任せれば良い」

 俺はその手を制し、のんびりと歩き続ける。

「そ、そんな! 彼、捕まっちゃいますよ!?」

 フローラは優しい。優しいのだが、それが偽善であることに気がついていないのだ。

「いった」

 少年がうめく。

 ボトボトと野菜を零し、憲兵に捕まっていた。

「ガキ、この世界で誰が一番か、教えてやろうか?」

「ほら。大丈夫だ」

「……」

 フローラは苦虫をかみつぶしたような顔で、少年の横を、憲兵の横を通り過ぎていく。

 彼はこれからどうなるのだろう。

 それを考えなくはない。だが、いっときの感情に流され、泥棒を見逃していたら。

 もし彼に生き抜く力がなければ――。

 またもや泥棒を続けていただろう。

 あの街、ソルトで野菜は高級品だ。それを盗んだのだ。それなりの罪を背おうのは仕方ないこと。

 誰も法律を変えようなどとは思わないのだ。

「貧困層を助けることができればいいのに」

 お人好しのフローラはそんなことを口走るが、俺は気にせずに次の街を目指す。

「もう雷飛はいつもぶっきら棒なんだから」

「悪いか?」

「そうじゃないけど……」

 少し残念そうに呟くフローラ。

 俺と同じ純粋種はいないのか。

 ソルトを離れ次の街に向かう道中。

「次は城下町キャッスルか」

「そうだね。有名な資産家キャッサーが一夜で築き上げた城だって」

「詳しいな」

「えへへ……」

 俺が手を伸ばして頭を撫でると、嬉しそうに目を細めるフローラ。

 フローラが喜ぶことは知っている。

 馬車が通り過ぎると、砂埃が舞う。

 ケホケホッと咳払いをする。

「くそ。馬車に乗るお金さえあれば……」

「お金があれば、ねー」

 フローラと俺は悲しげに目を伏せ歩き続ける。


 三日かけてついた街、キャッスル。

 城がそこかしこに建っており、中でも一際大きな白亜の城が街の中央に位置する。

 城下町を含め、城が観光としてなりたっている街だ。

 そこを歩くこと数分。

 路地裏で迷ってしまった俺とフローラ。

「ありゃりゃ、さっきの道を右に曲がるべきだったんだよ」

「そうか? 俺はこっちで正解だったと思うぞ」

「いやいや」

 俺とフローラが話し合っていると、女の子の悲鳴が聞こえる。

「な、なに?」

「あっちだ」

 俺が指を指すと路地裏で女の子を追い詰める二人の男がいた。

「ぐへへへ。かわい子ちゃん。一緒にダンスを踊ろう?」

「そうだよ。姉ちゃんはおれたちと一緒にホップダンスを踊るべきだ」

「暴漢……!」

 血走った目をするフローラ。

 獣人たるフローラは地を蹴り、その身体能力の活かした行動がとれる。

 俺は懐から拳銃〝アガツガリ〟を手にする。装弾数は12発。

 血に飢えた獣人は恐ろしい形相で一人の男を蹴り飛ばす。その勢いを殺さずに、拳を振り下ろすと、もう一人の男の顔に突き刺さる。

 気絶した二人を見つめ、フローラは落ち着く。

「もう大丈夫だ」

 そう言って追い詰められた女の子に話しかける。

「あ、ありがとうございました。私は、……キャロット・マイン……です」

 幼い顔立ち、体つき。可愛いを具現化したようなほどの強烈な見た目をしている。金糸のような長い髪に、くりくりとしたルビー色の瞳。

「どうしてこんなところにいるんだ?」

「ここは王州街道から離れたところよ。女性の一人歩きは気をつけないと」

「は、はい。……すいません」

 ぼそぼそとしゃべるばかりであまり明るくない印象を受けた。

「って。え。王女様でしょ? 名前も一致しているし!」

 フローラが驚きの声を上げる。

「え。あ、は、はい……」

 歯切れの悪い声を上げるキャロット。

 おどおどしているが、これが彼女の素なのだろう。

「キャロット様」

「お迎えにあがりました」

「セイビル、ナッシュ!」

 キャロットは嬉しそうに二人の名前を呼んだ。

「姫様がご無事でなによりです」

「しかし姫様を狙うとは不届き千万せんばん!」

 従者が口々に叫ぶ。

 しかし、この様子ならわざわざ助けなくても良かったな。おかげで面倒なことに巻き込まれたぜ

「こちらの方々に、何か……お礼をしたいのですが……」

 キャロットは恐る恐ると言った感じで従者に頼む。

「それはもちろんでございます」

「ささ王宮へ」

 従者が案内してくれるようだ。

「その前に、……自己紹介をして、くれます……か?」

 キャロットは意外としっかりしているようで、俺とフローラに尋ねてくる。

「わたしはフローラ・フレット。よろしくね!」

「俺は雷飛。浅木あさき雷飛だ。よろしくな」

「よろしくお願いします。フローラさん、雷飛さん」

 こくりとこうべを垂れるキャロット。

「本来なら敬語で、と申したいところだが、」

「キャロット様の命の恩人。大目に見ましょう」

 従者が再び歩き出すとそれについていく俺たち。

 迷路みたいな町並みで唯一一般に開放されていないお城へとたどり着く。

 白亜の城は綺麗に磨き上げられており、荘厳とした雰囲気を保っている。

 尖塔せんとうとアーチが象られており、芸術的な側面も持ち合わせている。

 これが芸術家なら三時間は語れるだろう。

 そんな門をくぐること数回。

 ようやく正門にたどり着く。

 従者の掛け声で正門が押し開き、中にある冷たい風が俺のマントをなびかせる。

 俺とフローラがビクビクしながら入ると門の脇に石膏でできた像が置かれている。

「ガーゴイルか」

「よい目をお持ちなのですね」

 従者の一人が驚いたように呟く。

 ガーゴイルは普段は石像にふんしているが敵が近づくと防衛してくれる魔物の一種だ。

 スタークスはこれを星の力と勘違いしているが、鳥から派生した純粋な魔物である。

 スタークスとの紛争は絶え間ないが、そのことを王はどう見ているのだろうか?

 そんな思いを胸に城の中を案内される。

「気をつけてください。ここは迷宮とも呼ばれています」

「自分らから離れると迷子になりますよ」

 従者二人がそんな怖いことを言う。

 なにせ城下町で迷子になったくらいだ。俺たちに方向感覚などないのだ。

 それを見透かされているようでしゃくだがしかたなく受け入れる。

「しかし王女様はあんなところで何をやっていたんだ?」

「私は……その、魔を払おうとして……」

 魔を払う?

 そんな不可能なことを言う人は初めてだ。

「魔は払えないの。だって魔は混沌こんとんより生まれしもの。虚無のさらに向こうから襲ってくるの」

「それも聞いたことがあります。が、王女様は特別な力を持つ者」

 従者の一人が鎮痛な面持ちで述べる。

 特別? この娘が?

 俺は訝しげな視線を王女に送る。

「わ、私のことは、どうかキャロットと呼んでください」

「いやなこった。王女様でもいいだろ」

「正確には、違う、のです……」

 キャロットは目を伏せ力なく呟く。

 それを疑問に思うと目の前にやたら豪華な門が立ちはだかる。

 金の装飾に金木犀きんもくせいの香り。

 4つの要石たる獣が掘られた木製のドア。

 北の雪深きシーシリアン。

 西の防風流アガマツリ。

 東の爆竜風リアリア。

 南の怨嗟炎バイオネット。

 どの国にも聖獣がいる。

 玄武げんぶ白虎びゃっこ青龍せいりゅう朱雀すざくの4匹の四聖獣だ。

 ここ中央には要石たる麒麟きりんがいるとされている。ベリリット王国にはそんな伝承が記されている。

 それらを表すかのように木製のドアには刻まれているのだ。

 流通と観光によって成り立つベリリット王国は魔王圏から遠く離れている。中央にあるため南西より侵攻中の魔王とは隔絶されている。

 そんな国でも魔物は襲ってくる。

 魔王はそんな魔物たちの王なのだが、全ての魔族が傘下に入っているわけではない。

 魔族と言えど一枚岩ではないのだ。

「そろそろ開けてもよろしいですか?」

 従者の一人が尋ねてくる。

 すっかり見入っていたことに気がついたのか、わざわざ待っていてくれたのだ。

 この従者はできる。さすが王家につかえる者。

 ギィッと木製のドアがきしむ音を鳴らすと接見の間に通される。

 長い通路みたいな部屋。その奥に三段ほど高い位置に王を示唆する玉座が設けられている。

 そこにはぽってりとした腹でふてぶてしい態度な王様が一人鎮座していた。

 マイン王。

 このベリリット国の国王。

 前国王より受け継いだ世襲制の体現者。

「貴殿か。我が娘キャロットを助けたのは」

「は、はい」

 俺は王に頭を垂れ、この国特有の礼をする。それを見ていたフローラも慌てて同じ動作をする。

「よい」

 意外にもにこやかな王は手をかざす。

「こちらが礼を言う立場なのだ。顔を見せい」

 うつむいていた俺とフローラは顔を上げる。

「ふむ。良い面構えじゃ。若かりし我に似ておる」

 え。俺はこの王様のようにはなりたくないんだけど……。

 俺は苦笑するが、それが好意と受け取ったのか、カカカと笑うマイン王。

「気に入った! お主、キャロットの花婿になれ」

「はい! ……はい? はー! はい!?」

 俺はわかりやすく動揺していると後ろに立っていたキャロットが卒倒し、従者が支えているではないか。

「え? ええ――――――!?」

 さすがのフローラもこれには驚きの声を上げる。

 だって知り合って一時間か、そこらだぜ?

 それで王族に入るなんて誰が想像していた。

「まあよい。実はお主らに頼みたいことがある」

 神妙な面持ちでマイン王が前のめりになる。

「キャロットを連れて南西にある魔王を叩いて欲しいのじゃ」

「!! そんなこと!」

 できるはずがない。

「キャロットには特別な才能がある。それに三女だ。キャロットがいなくても国は回る」

 王様の癖に自分の娘を手駒にしているのか!

 怒りで王を睨むが、それは失敗だった。

 悲しげに歪んだ眉根。今にも零れ落ちそうな潤んだ瞳。

 そこには親としての心遣いが残っていた。

「マイン王様……」

 俺は思わず言葉を漏らす。

「すまぬ。これも王家の一人じゃ。国民のために生きるのは王家の定め。納得しておる」

 鎮痛な面持ちで話を続けるマイン王。

 なんで。

 なんでそんな顔をしてまで魔族を滅ぼそうとするのか。

 俺には理解できない。

「魔族との休戦、あるいは交渉の余地は?」

 俺はキャロットに危ない目に合わせたくなくて口走る。

「魔族の王は破壊と混沌、不浄をもたらすもの。我々の話なぞ聞いてはくれぬ」

 そうだった。それに――。

「お主も聞いたことはあるじゃろうて。魔族は人間を餌にしておると」

 そう。捕食対象なのだ。

 魔族との停戦などありえない。

 なぜなら家畜と見ているからだ。

 なんなら、第四次魔人間下界対戦のあとはこちらの様子を伺っていた傾向にある。

 それは家畜が、獣人が増えるのを待っていた証拠でもある。

 俺たちは魔族にとって餌でしかない。

 そんなのはわかっている。

 だがそれで割を食うのはいつだって弱き者だ。

 簒奪さんだつ者と略奪者が幅を効かせているこの世界。

 俺にはキャロットに旅をさせるのは無理だと思っていた。

 だが国王は……。

「キャロットの成長にもなるじゃろうて」

 玉座を降り、俺たちと同じ高さまで下り、深々と土下座をする現国王。

「……顔を、上げてください」

「雷飛!」

「わかりました。俺、わたしにおまかせください」

 そこまでするのだ。

 俺も誠意を込めて対応しよう。

「そうか! よろしく頼む」

 そう言って握手を求める国王。

「は、はい!」

 俺は握手に応じると、従者に顔を向ける。

「何をしておる。うたげの準備じゃ」

「ハ、ハイ!」「ドロン!」

 従者二人が走っていくのを見届け、俺たちは客間に案内される。

 まさか王直々に案内するとは思っていなかったが、内密にしておきたいのかもしれない。

「さて。今日は祝福するぞい」

「はい。ありがとうございます」

 俺は客間で荷物を下ろすと、席につく。

「本当にありがたい。我の娘キャロットを頼む」

 深々と頭を下げて国王が出ていくと、俺はやっとくつろぐ。

「だぁ。緊張した……」

 俺が落ち着くと、城内の動きが慌ただしくなってくる。

 外を見ると火砲が用意され、しかも白いテーブルと同じ色の椅子がちゃちゃっと用意されていく。

 そこに並べられた料理。

「なんだ?」

 コンコンとノックの音が聞こえてくると次いで甲高い声が耳朶を打つ。

「失礼します」

 メイドの子がドアをゆっくりと開けて、俺とフローラを呼びつける。

「フローラ様、雷飛様。お庭へおいでください」

 歩き出すと、中庭にたどり着く。

 鼻腔をくすぐる美味しそうな匂い。

 高級牛肉のローストビーフ、九種類の生野菜サラダ、ミートパイなどなど。

 ドリンクも充実しており、未成年な俺とフローラはブドウジュースを手にする。

 工夫を凝らした料理が並び、食欲をそそる。

今宵こよいは無礼講じゃ。皆のもの、乾杯!」

 マイン王がグラスを掲げ、乾杯すると俺たちも渡されたグラスを掲げる。

 宴が開かれると、俺とフローラはいろんな人の話を聞くことになる。

 様々な人で賑わい、美味しい料理でもてなす。

 旅人を喜ばせる。これが本当のキャッスルの伝統的な慣行かんこうだ。

 腹の減った俺はローストビーフをうまいうまいと言って食べる。

「もう、少しは談笑を楽しみなさいよ。雷飛」

 フローラは少し困ったように眉根を寄せて言う。

「いいだろ。俺たちはなんでこのパーティが開催されているのかも分からないんだから」

「おや、聞いていないのですか?」

 先ほど見かけた従者が口を開く。

「この宴はキャロット様の誕生日を祝う式典。それも最後になると噂の」

「だって、キャロット様は旅路に出て行かれるのですよ」

 従者が口々に言う。

 そのトーンはどこか嬉しそうな声音だ。

 話題のキャロットは皆に囲まれ、談笑をしている。

 こちらを見ると、フリフリと手を振ってくれる。

「私、旅について、いきます……。お願い……します……」

 ペコリと頭を下げるキャロット。

 俺は頬を掻き、手を伸ばす。

「これからよろしくな。キャロット殿下」

「キャロットでいいですよ。雷飛様」

 そう言って俺の手を握るキャロット。

 その顔はにへらと破顔はがんして小首を傾げるキャロットだった。

 この旅は良いものになりそうだ。

 そんな予感を胸に宴を楽しむのだった。

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③Different Gene(略称DG) 夕日ゆうや @PT03wing

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