花のような君はいつも雨に濡れて

セツナ

『花のような君はいつも雨に濡れて』


 明日は晴れるだろうか。

 雨の日は、どうしても気が滅入ってしまう。

 けれど、彼女は「雨の日が好きなの」と言った。

 彼女はいつも、どこか悲しい顔をしていて会話の合間にふ、っと窓の外に目をやる。

 そんな女性だった。


***


 僕と彼女が出会った日も雨だった。

 土砂降りの雨の中、彼女は傘も差さずに夕暮れの道を歩いていた。

 周りの人々はみんな、その姿を遠巻きに見ていたが誰一人彼女に声をかける人は居なかった。

 僕はと言うと、そんな彼女の姿に目を奪われて動けなくなっていた。

 寂しげで悲壮感すら漂っているのに、その背中はしゃんと伸び、遠くをじっと見つめている彼女。

 それはまるで、雨の中で咲いている一輪の気高い花のようだった。

 だから、僕は――


「傘、一緒に入りませんか?」


 気付けば彼女に声を掛けていたのだった。

 彼女は頭に降りつける雨のしずくが無くなったからか、僕の存在に驚いたのか。

 しばらく呆気にとられたような表情を浮かべ、そして。


「ありがとう」


 と、優しく微笑んだのだった。

 それは、何かの気まぐれで手の届かない崖に咲いていそうな花のような彼女が、地面で太陽をひたすら追いかけるだけの真面目なだけの花みたいな僕を見てくれた。

 そんな錯覚を覚えるほど、僕の印象に残った出会いだった。


***


 彼女は、窓の外を見るのが好きだった。

 僕と一緒に部屋でくつろいでいても、一緒に出掛けた電車の中でも、僕がハンドルを握る車の中ですら。

 会話の合間に、ふとした拍子に、悲しい思い出を辿るように、窓の外を見るのだ。

 僕には、そんな彼女の瞳に何が映っているのかは分からない。

 でも、その景色を一緒に見たいと思っていた。

 辛いことも、悲しいことも、寂しいことも。

 どんなに重く暗い雨の日の夜でも、彼女と一緒に居たいと思っていた。

 そして、そんな日々がどれだけ続いたとしても、彼女と僕との人生は、いつかは幸せな日々が訪れると思っていた。

 思ってたんだ。


***


 彼女が残していった荷物を、僕は整理していた。

 彼女が好きだった本。

 好きなの、と言って何回も何回も読んでいた本。かけれた紙のブックカバーは擦れて所々、印刷が消えている。

 お気に入りだったグラス。僕は、マグカップの方が丈夫でいいんじゃない? と言っていたのに、頑なに壊れやすいグラスを使っていた。

 彼女はいつも壊れやすいものを好んでいた。

 愛しい人の居なくなった部屋で、僕はひとつひとつ、彼女の残していったものを片付けていった。

 そうしていると、彼女の使っていた机の上に、一通の封筒が置かれていることに気付いた。

 それは、まるで僕に見つけてもらいたがっているように、静かにそこで存在を主張している。

 彼女の文字で宛先の部分に僕の名前が書かれた封筒。

 僕は指先の震えを止められないまま、その封筒に手を伸ばした。

 ゆっくりと封筒を開け、中の便箋を出す。

 そこには丁寧に書かれた、彼女からの手紙があった。


『こんにちは。

 あなたがこの手紙を読んでいる時、私はきっとあなたの傍にはもう居ないのでしょうね。

 こんな手紙を残して去ってしまった私をどうか、許してください。

 私は、あなたが大好きでした。

 嘘でもなんでもなく、私はあなたを愛していました。

 あなたはいつも私を真っすぐに見てくれた。

 いつだって私を愛してくれた。

 綺麗な花を愛でるように、大切に大切に水を与えるように、私に愛を注いでくれた。

 私はあなたから与えられる愛情がとても嬉しく心地よかったのです。

 じゃあなんで、とあなたは思うかもしれません。

 私も、分かりません。ただ一つ分かるのは、私はあなたからの愛情を素直に受け取れない程、ひねくれた人間になってしまった事だと思います。

 でも、これだけは言わせてください。あなたは私を愛してくれた。私はそれが嬉しかったのです。

 だから、どうか自分を責めないでください。愛しいあなた。

 いっそ、私の事なんて嫌いになって、憎んで、恨んでください。

 ……それでも、もしも。まだ私の事を好いてくれるのであれば……。

 いえ、何でもないです。あなたはこれからも楽しく過ごして、別の誰かを愛して、幸せになってください。

 最後の最後までワガママでごめんなさい。

 愛しています。』


 便箋には、百合の花と向日葵が咲いていた。

 本当に、本当に、最後まで彼女は勝手な人だった。

 それを知っていて、愛していた僕だったけれど、この時ばかりは少し悲しくて涙が出た。

 それでも、彼女が選んだ道なんだ。

 彼女にいつか、また会えたら文句の一つでも言ってやらなきゃ。

『僕の気持ちを勝手に決めないで。もう僕の前から居なくならないで。ずっと一緒に居て』

 って。彼女のワガママを聞いてばかりだった僕のワガママなんだ。

 少しくらいは許されるだろ?


***


 君の明日は晴れるだろうか。

 淡く微笑む君の世界が、どうか、穏やかな光に満ちた、優しい世界だったらいいのに、と。

 僕は願わずにはいられなかった。


-END-

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花のような君はいつも雨に濡れて セツナ @setuna30

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