33rd プレパレカレカノ

 休みが開けた。オレのスマホの中には、『昼休みに説得を実行する』という相言さんとのチャットが残っている。


 時間に余裕を持って家を発ち、いつも通りの通学を開始する。


 時計を見ると、次の列車の到着時間が少しづつ迫ってきている。これを逃しても時間的な問題はどこにも無いが、何となくこれに乗ろうという思いが浮かんだ。


 本当は必要の無い早歩きでスタスタ歩いていると、前方からなんとも言えない温度の風が吹く。


 今は飛び石連休で最も要らない日、平日。オレと相言さんは「休み明け」と表現したが、正確には休みの隙間ということになる。


 二分残しで駅に着き、スマホを改札機に一度かざす。ホームに上がるのにエスカレーターを使おうかと思ったが、思ったより混雑していたので階段を使うことにした。ちょっとした運動になるだろう。


 階段を登った先、ホームにもそれなりの人が居る。なんだか今日はいつもより一回り混んでいる気がする。


 ホームに並ぶのは学生やサラリーマンなのが常。しかし、今日は私服の人も多い。大学生か、休みを得た社会人なのかは分からないが、すこし違和感を覚えてしまう。


 そして、少しの時を経て定刻通りに列車が入線し、流れるように扉が開く。


 やはりここも混んでいる。日本の通勤通学とは思ったよりも残酷だ。


◇ ◇ ◇


 学校の最寄り駅に着いた。扉が開くが、扉付近からは誰も降りようとしない。「おりまーす」と声をかけてもなかなかどいてくれない。


 結局、力でこじ開けるような格好で列車を降りる。ラッシュ時の人々はどうも冷たい。憂鬱な気持ちは凄くわかるけど。


 ホームを進み、階段を降り、入場時と同じようにスマホを改札機にかざす。それから、飲み物を買おうと駅を出てすぐのコンビニに入る。


 いつも決まって買うお茶があるはず……と思ったのだが、今日は何故か売っていない。売り切れることなんて滅多に無いのにな……


 たまにはジャスミンティーでも買ってみるか。


 百五十一円を払い、学校への坂道をトントン拍子で登ってく。


 正門から校内に入り、すぐそばの階段を早々と駆け上がる。靴を履き替え、教室に入る。


「おはようございまーす」


 と小声で言ってみるが、もちろん誰からも返ってこない。こういうのであいさつを返す人って、あまりいない気がする。


 机のそばに荷物を置き、買ってきたジャスミンティーを開けて一口飲む。


 ――不味くはないな。でもなんか……「香り立つ」って感じがする。ジャスミンがなんなのかはよく分からない。


「葛さん!今日は早いですね!!」


 茶を味わっていると、後ろから唐突に声をかけられる。この声は夏来だ。


「まあな。今日はいつもより一本前の電車に乗ってきたから」


「それはそれは結構なことです!!それで、詳細な時間については決まりましたか?」


「ん?ああパパ活の話か……一応昼休みってことになった」


「わかりました!」


 相変わらず夏来は元気いっぱいだ。朝から混雑列車に乗せられたオレにこの元気さは出せない。


 オレがジャスミンティーをもう一口飲んでみると、後ろから二つ目の声がかかる。


「ひへへ、クズくんと夏来ちゃん、おはよう……」


 しっとりとしているこの声は……篦河だ。


「おはよう」


「おはようございます!!」


 うん、やっぱり篦河は暗いな。夏来とのテンションの差で風邪を引きそうだ。


「それにしてもジャスミンティーなんてっ!オシャレなものを飲んでいますね!」


「ひへへ、似合わなーい……」


「わかっとるわ。いつものお茶が売ってなかったんだよ」


 ジャスミンティーを飲む男子高校生って……どうなのだろうか?悪でないことは間違いないだろうけど……


「ひへへ、カチコミをするのはお昼休みでいいんだよね?」


「言い方が悪い!せめて殴り込みとかにしとこうぜ」


「あまり意味が変わってないと思いますよっ!?」


 オレはいつも通りのやり取りをしながら、午前の授業の準備を始めるのだった。


◇ ◇ ◇


 昼休みがやってきた。オレは昼食をかきこみ、一人で相言さんの教室に来ていた。


「大丈夫かなぁ?」


 相言さんが不安そうな声を上げる。


「大丈夫です。それにこれは説得に過ぎません。ミスをしたところで責任問題になる行為ではないんです」


「そ、そっかぁ」


「それじゃあ、行きましょうか。最悪オレたちも出ていきますから大丈夫ですよ」


 オレは、相言さんと二人で銀河さんのいる教室へ向かった。相言さんは、ノックも、言葉も使わず、ただ一人で教室に入る。


 オレはその隙に後ろからやってきていた女子組と合流する。


 夏来、篦河……常磐さんだ。常盤さんが来るのは正直少し想定外だった。


「常盤さんも来るんだね、こういうの」


「そ、そりゃあね。大々的ではないにしろ、少しは私も関わっているわけだし」


 常盤さんは唾を一つ飲み、相言さんのいる方を見る。彼はぎこちなく歩き、銀河さんの方へと向かっていく。それを確認したオレは横から作戦遂行用の子機を出撃させる。


「夏来、行ってこい」


「はいっ」


 夏来は相言さんが入った扉とは違う方から教室に侵入し、プリントを読んでいる糸振さんを教室外に引っ張り出そうと試みる。


「糸振さん!葛さんが呼んでますよ!」


「えっ、そうなの?」


 ――マズイかもしれない。あの誘い出し方だとオレが大きな被害を受けることになる……


 ……いや、オレのことはどうでもいい。今は兎にも角にも銀河さんだ。彼女は突然やってきた知り合いたちを見て、状況を何となく察したようだ。


 まだ銀河さんも相言さんも言葉を発さない。睨み合い……ではないが、互いに見るだけの時間が続く。


 というか……


「えっ、あれ一年生?」


「なんで一年が二年の教室覗いてるんだ?」


「入るなら分かるけど、覗くのか……?」


 ……こんな感じの二年生の視線がイヤな感じだ。

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パットミトラッシュ 青野ハマナツ @hamanatsu_aono

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