32nd ツッコミベンダー
「あ、あれやりましょうよ!」
夏来はそう言って有名キャラクターのレースゲームを指さした。
夏来の経験は知らないが、少なくともオレはあのゲームをほとんどやったことがない。
家庭用ゲーム機や携帯型ゲーム機でやったことがないのはもちろん、ゲーセンに置かれているようなアーケード機も屋内遊園地に置かれた古い筐体で一度遊んだきり。
まあ、単純に言い切ってしまえば、オレは自分の経験不足を不安視しているのだ。
「あ、なんかこのカード買った方がいいみたいですね!」
夏来はいくつかのデータ保存用カードが売られている小さな自販機の前で立ち止まり、投入口から三枚の硬貨を突っ込んだ。
「えっと……どれを買えば良いのでしょう?」
「分からないのかよっ!」
自販機には青やら白やらオレンジやらのカードが並んでいるが、ゲーム素人のオレと夏来には違いがよく分からない。
「うーん……どれがどれだか分かりませんね……よし!ここは適当に……青いのを買ってみましょう!!」
夏来は券面に「400」と書かれた青いカードを購入した。
「じゃあオレは赤いのを買っておくか」
オレは赤と黒のカッコいいデザインのカードを購入し、夏来と共に筐体の前に向かった。
「負けませんからね!!」
夏来はコインを一枚入れ、ハンドルに手をかける。オレもそれに続くようにペダルに足を置いた。
筐体から「カードをタッチしろ」と指示が飛ぶ。オレが買ったばかりのカードをタッチすると、すぐに筐体は認識してくれた。そして、流れるように名前を決める画面に飛ばされ、ハンドルを動かして文字を入力していく。
さて、隣の夏来はどうなのか。ピッピっと何度もタッチするが、画面には「このカードは対応していません」の一点張り。
――つまり、買い間違えたということだ。
「えぇー!?対応してないんですか!?こういうのって普通デザイン違いとかでは無いのですか!?」
「と、とりあえずここはカード無しでやろう」
「いえ!!買い直してきます!!」
「えぇ!?あと十五秒しかないぞ!?」
「行けます!!」
夏来はこの上ないダッシュで先程の自販機の前に飛び出し、凄まじい速度でオレと同じカードを購入する。
しかし、時間はどんな状況でも平等に進んでしまう。夏来が買い物をするその間に時計は十秒も進んでしまった。
「間に合え〜!!」
夏来は先ほど以上の速度でこちらへ突っ込んでいき、飛び込むようにカードをタッチした。
ドガシャーン……という音が一瞬鳴り、夏来がゲームの椅子に座った。
少しのロード時間を置き、表示された画面には……
『カード無しでゲームを始めます』
の文字。
「……えぇぇーーー!?ダメですか!?」
「ま、まあ仕方ないよ」
切り替えて次だ。上部に付けられたカメラから、ゲーム中のアイコンとなる写真をパシャリと撮られる。
「な、なんですかこの顔っ」
ゲーム内に登場するキャラクターのフィルターがかかったオレの写真を見て、夏来は押し殺すように笑った。
夏来の写真は上手く写らなかった。笑っているせいでブレてしまったのだ。こういうところズルいよな。
◇ ◇ ◇
五分後。二人の画面には紫色の『GAME OVER』の文字がデカデカと表示され、プレイが終了した。
結果は案の定もオレの負け。夏来が二位でオレが六位だ。
「いやぁ!楽しかったですね!!」
「――そうだな……!?」
満面の笑みを浮かべる夏来。しかし、その後ろに若い女性店員がものすごい形相で立っている……
「お客さん」
「えっ……?」
「――出禁にしますよ?」
「えっ!?!?」
店員に突然話しかけられた夏来は、なぜ自分がこんなことになっているのか理解出来ていない。逆にオレには心当たりしかない。
「お客さんね、いくら時間が無いからと言って、機械に突っ込んで貰っちゃ困るんですよ」
「えっ、あっ」
「壊れたらどうするんです?数十万するんですよ」
「ご、ごめんなさい……」
おお、あの夏来が完全に押されている……いつも元気な彼女のこんな姿は初めて見た。
「はぁ、まあ今回は初犯ですから叱る程度にしておきますが、次やったら即出禁ですからね」
「すみませんでした……」
夏来だけに謝らせる訳にもいかないな。どちらかと言えばオレの監督不行届みたいなものだし。
「オレからも……申し訳ありませんでした」
しばらくの沈黙が流れる。
「ホントに気をつけてくださいね」
「はい……」
店員さんはそう言ってその場から離れていったが、夏来は明らかにシュンとした様子だ。
――これは励ましてやらないとな。
◇ ◇ ◇
店を離れたオレたちは、駅前に向かって歩き始めた。
「ほら夏来、元気だせって」
「そうは言ったってですね……」
オレは俯く夏来の左手をガシッと掴み、駅前にあるコーヒーチェーンの中に入った。少し長い列の後ろに並びながら、オレは小さく呟く。
「――好きなの頼みなよ」
「え……?」
夏来は少し困るような顔をしたが、すぐにそれは笑顔に変わった。
「分かりました……!」
◇ ◇ ◇
とびきり甘い飲み物を買った夏来とオレは、カウンター席の端に並んで座った。
「美味しい?」
オレが聞くと、夏来は元気に答える。
「もちろん!でも、葛さんがあんなことをしてくれるなんて思いませんでしたよ!」
「あんなこと?飲み物を奢るくらい意外ってことはないだろ?」
「――いえ、そこではなく、私の左手をいきなり掴んできたところです!」
「え、あっ、そこ?それはごめん」
「なぜ謝るのですか!!アレは私にとってすごく嬉しいことでしたよ?なんせ、葛さんが断りもなしに私の体に手を出してくれるだなんて、初めてですから!」
――え?まてまてまてまて……!!
「お、おい!その言い方は語弊があるだろ……!!」
「そうですか?事実だと思いますけど……」
「あーもううっさい!!早く飲め!!」
……周りから少し冷たい視線が飛んできている気がする。こんなことになるんだったら奢るんじゃ無かった……!
オレはほんの少しだけ後悔するのだった。ストローから飲み物を飲む夏来が、なんだかオレをバカにしているように見えてしまった。そんなわけないけど。
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