月の雫
麻生 凪
こぼれ桜
『一生忘れないよ』
嬉しそうに君が微笑むものだから、喜ばせようとした僕の方がなんだか嬉しくなった。
月に照らされた頬を桜色に染めて、
想いに想いを重ねる事ができるのだから
僕は人間って素敵だねと思うのだけれど
それは捉え方次第で
憎しみに憎しみを重ねる事もできるから
人は醜いなとも思う
一生忘れないよに、厳しい顔を重ねられていたらきっと、悲しくなってしまったんだろうな。
『風が止んだね。ほら見て、海に映るお月様があんなに綺麗』
揺れる髪を押さえていた手を離し、指さすその先には、中秋の名月が水面にゆらゆらと浮かんでいた。
『掬えたらいいのにね』
真っ直ぐ伸ばした君の腕が、虚しく
「一緒にやってみようか」
『ごめんね』
精いっぱい差し出した君の手に、僕の掌をそっと添える。
掬える筈もない揺蕩う月が、やけに遠くに感じた。
『ごめんなさいね』
繰り返し君が言う。
『なかったことにしては、いけないから』
押さえきれない感情が大粒の涙となって君の頬を伝った。
悪いのは僕の方なのに。
「ありがとう」
辛うじて僕は零れ落ちてしまう前に、指先で掬うことができた。
その雫は桜の花弁のように儚く、可憐だった。
「話したいことは山ほどあるんだ。が、何から話してよいか」
『いいのよ』
「なかなか言葉に出来なくてね」
『あいにきてくれただけで』
「毎日でも会いたかった」
『わかってた。ありがとう』
はらはらと舞う君の欠片たちが、僕の指からすり抜けるようにおちていく。
「本当はもう、君を繋ぎとめる言葉が見つからないんだ」
『いいの、私ではあなたをみたせないもの』
貌を無くしてしまいそうなそれを、僕は美しいなと想う。
君を前に言葉が出ないのは、君に届かないと分かっているから。
『さようなら』
満月の夜
散りゆく桜のように君が笑った。
了
月の雫 麻生 凪 @2951
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます