作品中の彩美の独白(『 』部分)全文
思えばあの人の、素朴な優しさ、温かさにすがっていたのかも知れません。
凍えるほどの寒さと云うものは、温度計で計るものとはまた、違った意味をもつのだと、札幌の地で思い知らされたのです。本当は離婚したからといって実家に戻るのではなく、新しい生活を築くのが一番よい方法なのでしょうが、ふと、羅臼の懐かしい海が目に浮かび、気が付くと夜行バスに飛び乗っていたのです。ふるさとは遠きにありて思ふものとは、よく云ったものでございますね。羅臼湖の初夏の湿地を彩るミズバショウやワタスゲ、冬に降り積もる雪の重みで地を這うように、クネクネとうねりながら広がるダケカンバやハイマツは、秋の紅葉ではしっとりと色付いて。
理由ですか。苦しみから逃れるため、過去を忘れたかったから、確かに最初はそうだったのかも知れませんね。あの人が教えてくれた故郷の温もり、知らずと気が付いたらそこにおりました。暖かくて、嬉しくて、ただ幸せで。
今ならわかる気がします。羅臼の、ふるさとの海は温かかったのだと。
《作品イメージ曲》
ショパン ワルツ10番
演奏 アリス=紗良・オット
https://youtu.be/ubEdpFfDqmU