終幕 スレイヤーは今日も行く

「はぁぁ……もう私駄目です、動けません……何処にもやる気が……」


 バレッタはラウンジのテーブルに突っ伏し、まるで普段のジェノの様な事を呟いていた。


 あれから一週間、ジェノ達三人は軍律違反の罰として、無給で戦い続けていた。勿論これは、討伐された九尾狐が過去に旧市街地を襲っていた事やその危険度、そしてダグラスが本部に直談判を行った事を含めての最終判断だ。


 つまりこの一週間、万年ポイント不足の健啖家バレッタは、いつもより少ない量の食事で、しかもその上微塵も美味しくない食事で毎日を過ごしていたのである。その結果がこれだ。


「あはは、今日も私のポイントを分けてあげますから頑張りましょうよ、バレッタさん」


 そして、あの戦いを乗り越えた後に変わった事が三つある。

 一つはシルヴィオが声を上げて笑う様になったのだ。今まではずっと小さく微笑んでいるだけの彼であったが、長年の宿敵を撃ち破り心に余裕が生まれたのであろう。心の底から、本当に楽しそうに笑う様になったのである。


「おいジェノゴラァ! また全弾ブッぱなしやがったな!? ジェノだけじゃなくてもだ!! 何度借りはポイントじゃなくて試作品の結果で返せってのが伝わるんだ!? 二度と俺に寄付なんかすんじゃねぇえっ!」


「ぎゃああいきなりは反則っすよダグさん! いでででで! コブラツイストは勘弁っす!」


 二つ目はシルヴィオとダグラスの関係だ。今までは会話もなくぎこちなかった二人であったが、シルヴィオが借りを作ったあの日から二人の関係もより良いものへと変わっていたのだ。


 ダグラスは何度も「借りはテメェが試作品の実験体になる事で返せ」と言っているのだが、シルヴィオはその上彼にポイントを寄付しているのだ。それが気に食わなかったのか、ダグラスは彼を「シルヴィオ」と呼んで怒号を飛ばす様になった。普段、問題児以外は一切名前で呼ばないダグラスが、である。


 何度言っても聞かないシルヴィオに対し、その内ダグラスは飛び蹴りでもかますのでは無いかと密かにバレッタは心配しているのであったが、どうやら今回も彼は寄付をした様だ。ダグラスはジェノを締めながら今日もシルヴィオにも怒りの矛先を向けていた。


「あはは! すいません、手が勝手に……」


 彼は全く反省していない様に笑う。ちなみにシルヴィオが現在出しているポイントは、昔復讐の時が来た時の為に貯めていたものらしい。彼はそうやって、もう用済みとなったポイントを有効活用しているのであった。


『――休憩入っとるとこすまん! シルヴィオ隊、今動け……あ、ちゃうちゃう。もうシルヴィオ隊とちゃうんやったな!』


 突然インカムに通信が入った。アヤメの声に焦りは見えないが、恐らく出撃要請だろう。彼女は途中で何かを思い出した様に言葉を切って、何処か嬉しそうに訂正した。


 そう、三つ目は、このシルヴィオ小隊に名が付いた事だ。基本的に小隊長が隊の名前を付けるのであったが、心の中に余裕が無かったシルヴィオは今まで保留にしていたのだ。それが先日、シルヴィオはサラッと命名申請を行い、ついにこの小隊に正式な名が付いたのである。


「えぇ、私達であれば何時でも出撃可能ですよ」


 シルヴィオはしっかりと頷きながら、アヤメが言いかけた出撃要請を受理する。その言葉に床に伸びていたジェノも、机に突っ伏していたバレッタも立ち上がった。


『ホンマに助かるわぁ! 今日もよろしく頼むで!』


 アヤメはあっけらかんと笑いながら「流石だ」と言わんばかりに言葉を返した。


「了解しました。それでは行きましょう――黎明れいめいのスレイヤー、出撃です!」


 シルヴィオは不敵に笑って言い放つ。そんな彼を見て、ジェノもバレッタも威勢よく返事をした。


 討伐者スレイヤーは今日も行く。夜明けを――黎明を待ち侘びる人類の為に、彼らは戦い続けるのだ。

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黎明のスレイヤー【読み切り版】 祇園ナトリ @Na_Gion

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