クロスロードの鳥 たった一つの、ありふれた奇跡

帆尊歩

第1話  たった一つの、ありふれた奇跡

私はこの交差点を見下ろす鳥、人は私をクロスロードの鳥と言う。

昔、偉い市長だかがブロンズで私を作り、ここに設置した。

以来、様々の人間を見て来た。


交差点の向こうとこっち。

三十を超えた位の男女が向き合って、信号を待っているな。



信号が赤だ。

この交差点で止まると、長いんだ、人より車が優先らしい。

みろ、こっち側も、向こう側も、みんな信号待ちでイライラしている。

まあ俺は、それほど急いでいるわけではないが。

交差点の向こう側で待っている女・・・。

あいつに似ている?

イヤ、イヤ、そんなはずはない。

あいつは、俺にあいそをつかして、田舎に帰ったはずだ。

こんな所にいるはずはない。

何だ、良く見ると、確かに顔が違うじゃないか。

おかしな物だ、年格好が似ているだけで、あいつを思い出す。


あいつには悪いことを。

なぜ今更そんな事を思う。

(私、もう二十八だよ)あいつの言葉に俺は苛ついた。

(だから何だよ)俺は吐き捨てるように言った。

あいつが俺と結婚したいと思っていたことは知っていた。

でも、事あるごとにそんなサインを出すあいつを、俺は疎ましく思った。

仕事の事だってあると、かえって意地になった。

その後、あいつは俺から離れていった。

田舎で結婚するという。

最後にそれを俺に言ったとき、あいつは俺を見つめた。

不思議な間があった。

恨み言に一つでも言うのかと思ったら、そのままいなくなった。

あいつとはそれきりだ。

でもあいつは俺に引き留めて貰いたかったんじゃないか。

だからあの時俺、を見つめた。

くそ、なぜ今更そんな事を思う。

交差点の向こうの、あいつの雰囲気を持った女のせいか。

あの時、あいつを引き留めていれば今頃、子供の一人くらいはいたかもしれない。

誰もいない寒々とした部屋に帰ることもなかったかもしれない。

あいつの暖かいメシを食べることが出来たかもしれない。

二人で酒でも飲みながら、テレビに悪態をついていたかも知れない。

くだらない話で、ばかだなって、笑い合っていたかもしれない。

みんなあいつが望んでいたことだ。

たったそれだけの事なのに、俺はそれを拒否した。

今更だ。

今更なのに。

あいつに謝りたい。

あいつの夢をかなえられなかったことを、

謝りたい。

謝りたい。



また信号にはまった。

ここにはまると長いんだ。

ああーイライラする。

まただ、私はこういうイライラが全部外にでる。

それでどれくらい損をしたことだろう。

でも、人は変れない。

他の信号待ちの人がいなければ、私は迷わず信号を無視して渡っていただろう。


反対側で信号待ちをしている男、あの人に似ている?

イヤそんな事はない。

あの人は田舎に引っ込んで結婚しているはずだ、こんな所にいるはずがない。

大体良く見れば別人だ。

何で今更こんなことを思い出すの。

良く見れば全然似ていないじゃない。

なのになぜあの人の事を思い出す。

反対側で信号待ちをしている男のせいか。

あの人は本当にいい人だった。

優しくて、ギャンブルもしない。

酒たばこも飲まない。

一本芯が通っていて。

私の悪いところもきちんと叱ってくれた。

でもあのときの私は、それがわずらわしかったし、何一つたしなまない、あの人をつまらない男と断じて、別れをつげた。

でもそれから付き合った男はみんなくずばかり。

ギャンブル狂い。

大酒飲み。

借金大王。

結婚どころか、付き合っているだけでこっちまで不幸になりそうな男ども。

金を貸してくれと言われたのだって、一人にではない。

みんな判を押したように言って来た。


あの人と結婚していたら、平凡でも幸せだったかもしれない。

いくらお金に余裕があっても、

高級ランチを食べても、

休みの日にショッピングにいって、ブランド物のバックを買っても、

いつだって一人。

家に帰れば誰もいない部屋。

あのひとと結婚していたら、誰もいない部屋に帰っても、後からあの人が帰ってきて、

くだらないテレビを見て、二人して悪態をつき、ダラダラと過ごせていたかもしれない。

会社での嫌なことを話すと、あの人なら一緒になって怒って、私の見方になってくれた。

イヤそんな幸せより、そんなあの人の夢を壊してしまってことに謝らなければ。

謝りたい。

謝りたい。

戻せる物ならなんて、そんな虫の良いことは言わない。

ただ謝りたい。

ごめんなさいと言うだけでいい。


それだけでいい。



私はこの交差点を見下ろす鳥、人は私をクロスロードの鳥と言う。

昔、偉い市長だかがブロンズで私を作り、ここに設置した。

以来、様々の人間を見て来た。



信号が青に変った。

左右から大勢の人間が交差する、あの男女も歩き出す。

交差点の真ん中で、向き合いで止まったぞ。

何をするつもりだ。

うん、お互いに頭を下げたぞ、ごめんなさいと言い合っている。

おい、おい、お前達は初対面だろう。


全く人間と言うのは理解出来ない。

まあ。

ここに長くいると、人間の理解不能な行動は良く目にする。

まあいつものことだ。

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