最終話 好き
私は失恋した。
友理が離れていってしまったから。
でもまた恋することを知った。
友理を好きになったから。
「へぇ、これが魔法少女なのね……。そしたら、小さい頃に見たさくらちゃんも魔法少女になるのですか?」
「そうですね……、ジャンル的には似たようなものじゃないでしょうか?魔法少女にも明確な定義はありませんからね。作品ごとにキャラクター設定も違いますし」
今日は漫画喫茶のバイト二日目。
この二日、お客さんを出迎えたり料理を運ぶ以外の殆どの時間を、お店の入口で店長と過ごしていた。
昨日私を突然スカウトした店員さんは、実はこのお店の店長だったのには驚いた。
可愛いメイド服を着た女の子が店長とは、このお店はやっぱり面白い。
店長は、私が接したことのない色んなことを教えてくれた。
私は今、友理が好きなこと、好きな世界を勉強している真っ最中だ。
友理が教えてくれている訳じゃない。傍に一緒にいてくれている訳でもない。
でも、ずっと友理が傍にいるような気がした。
傍にいて、私を変え続けて、そして私はまた友理に恋をした。
友理と恋人になれなくてもいい。
友理に恋されて、友理に恋した。それだけで十分だ……。
もうすぐ
午後二時半、この漫画喫茶で待ち合わせている。
本当は
目の前に見えるエスカレーターをじっと見つめ、彼女が来るのを待つ。
そして二時二十分、エスカレーターから下りてくる林恵来さんを見つけた。
夏さんの言う通り、写真も十分可愛かったが、実物は写真よりもずっと可愛い。
ツインテールを白いリボンで後ろで一つに結んだような、独特なヘアアレンジをした彼女は、道行く人々の視線を一身に集めていた。
見ただけで、沢山の人に好かれるんだろうなと想像できる。
でもこの子のことで友理と喧嘩した苦い経験を思い出し、なんとも言えない気分になる。
でも話し合いにそんな気持ちを持ち込むわけにはいかない。
私は椅子から立ち上がり、林恵来さんを出迎えた。
「お帰りなさいませ。林恵来さんですか?」
私の予想外の出迎えに、彼女はポカーンと目を丸くする。
「え?……え?」
「あ、私が李玖嘉先生です」
「え……?えぇぇ?」
「驚かせちゃってごめんなさい。とりあえず店に入って話しましょう?……店長、知り合いなので私が対応しますね」
店長に一言断って、席に案内する。
私の後ろを着いてくる林恵来さんは、不安そうに店内を見回している。
「どうぞ」
そう言って座席を指し示すと、彼女は座らないまま蚊の鳴くような声で口を開いた。
「あ、あの……、その……、友理ちゃんの先生、ですよね?」
「あぁ、そうなんだけど……、昨日いきなりここの店長さんにスカウトされちゃって、バイトとしてあそこに座っていたの……。こっちの都合で場所変えてしまってごめんなさいね?」
「あ、いえ、そんな……、こういう場所は初めてなので、むしろ良かったです」
「あら?林さんも初めてなの?てっきり友理さんと同じようにこういった場所には来たことあるのかと思っていたわ」
「いえ、来たことないです……。それに私の家の近くにはこういう場所自体がなくて、アニメでしか見たことありませんでした」
「そうなのね。メニューは好きに頼んでいいからね、私が奢るわ。バイト代が入るから遠慮しなくていいわよ~」
「え、そんな!お気持ちだけで十分です!ありがとうございます……」
親御さんの教えが良いのだろう。
礼儀正しくて、とてもいい子なのが分かる。
「大丈夫よ。こんな雨の中遠くまで来てもらったんだもの。私からのお礼だと思って、ね~」
そう言って、遠慮して中々注文しない林さんに代わって、いくつかデザートを頼んだ。
小さいテーブルがあっという間にデザートで埋まる。
「……あの、友理ちゃんってしょっちゅうここに来るんですか?」
「うん、そうみたいよ。私も尚美さんから聞いたの。会ったことあるわよね?」
「はい……。それで先生はわざわざこのお店に?」
「あー……、まぁ、そうね……」
すると、林さんは少し
「あの……、少し聞いてもいいですか?」
「うん?」
「先生はなんで友理ちゃんのことを、そんなに気にかけているんですか?わざわざ友理ちゃんがよく来る店に来て、ネット友達まで呼び出すなんて……」
先手を取られて言葉に詰まってしまった。
ずっと、彼女に何をどう聞こうかばかり考えていて、彼女から質問されることは考えていなかった……!
教師として、生徒のメンタルを心配して、他の部員に近状を聞くのはまだ正常な範囲内だろう。
でも週末にまで、同じ学校でもないネット友達を呼び出してこんな店まで来るなんて、流石にその範囲を超えている。
それを痛いほどに分かっているから、返す言葉もなく……黙り込んでしまった。
「す、すみません……、怪しんでいるとかじゃなくて、ただ純粋に李先生が生徒のためにここまで出来るのは凄いなって思って……」
「あ、ありがとう……」
誤魔化すように笑った。
でも次に続いた言葉に、私は凍りついた。
「李先生……、実は……私、友理ちゃんのことが好きなんです」
な、なんだと……!
とても女の子らしい格好にそぐわない、揺るぎない真面目な表情とトーンでそう言い放つ林さん……。
まるで銃でも突きつけられたかのように、呼吸が早くなり、手が震えてきた。
彼女は、私の恋敵なんだ……。
「中二の時に初めて友理ちゃんと知り合って、それから大体一月に一回くらいの頻度でメッセージのやり取りをしているんです。一昨年からは夏休みのアニメフェアにも一緒に行くようになったんですけど、高一になるまでは二回しか友理ちゃんとは会ったことがありません」
前のめりになりながら真っ直ぐ私を見て、友理との今までを話す林さん……。
「その時には多分もう好きになりかけてたんだと思います。……最初は、友理ちゃんと話すのが楽しくて好きだなーってくらいだったんですけど、実際に会ったら、一気に好きな気持が強くなって……。でもその時は高校受験も近くて、私も友理ちゃんも忙しかったから、頑張って気持ちを抑えていたんです」
緊張気味に、でも淀みなく紡がれる言葉に、どう息すればいいか分からなくなってくる。
「でも、この間改めて会って確信しました。私は心から友理ちゃんが好きなんだって。……李先生も、友理ちゃんが好きですよね?」
……。
「……え?ええぇぇ!?そ、そんな、私……!」
突然過ぎて、もう反応が追いつかない。
なんなのこの子!
不意を突かれた私の反応を見て、林さんは随分と面白そうに笑った。
「大丈夫ですよ、見れば分かりますから。李先生、友理ちゃんのために、友理ちゃんの先輩方と話したり、好きなお店に来たり、わざわざ私と会ったりして……」
「う……」
ふわふわした雰囲気の女の子がここまで鋭い観察眼を持っているのに、少し背筋が冷えた……。
「李先生はどれくらい友理ちゃんが好きなんですか?」
「……大好きよ、一等好き……!……でも私……友理を傷つけちゃったの」
彼女なのだからと当然のように、友理が林さんと会うことを禁止して束縛しようとした過去の自分を思い出し、声が沈んでいく。
「そうですか」
なのに、そう一言答えた彼女の声はなぜか満足そうで、顔には安堵したような笑顔が浮かんでいた。
「だったら、李先生は今ここで私と話している場合じゃないんです。」
理解ができず眉をひそめる。
林さんがまた衝撃的な事を言いそうで少し怖い。
「実は……私、さっき友理ちゃんと会ってきたんです。ここ数日なんだか様子がおかしかったので、様子を見に行ったんです……」
つまり、友理とこの子がまた二人きりで会っていたってこと……?
そう考えたら、元々不安定な気持ちがもっと落ち着かなくなってしまった。
「友理ちゃんはあまり詳しいことは話してくれなかったんですけど、恋愛関係で悩んでいるっていうのは見て取れたので……。本当はタイミングを見て告白するつもりでした。でも友理ちゃんにはもう好きな人がいるんだって分かって……。友理ちゃんの好きな人って、もしかしなくても……李先生ですよね?」
……自惚れても良いのかな。
友理はまだ私のことが好きでいてくれているんだって、自惚れても良いのかな。
「李先生、早く友理ちゃんの所に行って、気持ちを伝えてあげてください」
「で、でも、私はもう……、私みたいな女が……」
友理は……まだ私のことが好きなんてあり得るのかな……。
私にはまだ、友理と一緒にいる資格があるのかな……。
「先生……!友理ちゃんの好きな人はあなたなんです。友理ちゃんが選んだのはあなたなんです。友理ちゃんと一緒にもっと遠くまで歩いていけるのは……あなただけです!」
ガツンと殴られたような衝撃が走って、思わず身体を震わせた。
「悔しいけど……、でも……絶対に友理ちゃんを大事に、幸せにしてください……」
「林さん……」
「友理ちゃんは
その言葉に私は弾かれたように立ち上がって、林さんにお礼を言いながら、ほぼ駆け足で歩き出す。
履き慣れないメイド服の靴で店長の所に行くと、早口でまくし立てた。
「店長、すみません。私用事が出来たのでもうあがってもいいですか?制服は今度絶対返しに来るので!あ、あと、あちらのお客様の代金は私につけておいてください」
「え……、今じゃなきゃ駄目?」
「はい、すみません……」
「うふふ、用事ってもしかして姫様の好きな人?」
「……はい」
「そうなんですか……今度はその好きな人も……連れてきてくださいね」
店長はそう言ってにっこり笑った。
「はい!」
メイド靴を履いたままエスカレーターの階段を駆け上がる。
硬い靴底が大きな足音を響かせる。
地上に出るとすぐに大きな通りに出た。
車道には、まるで私を待っているかのようにタクシーが並んで停まっている。
一番近い所にいたタクシーに乗り込んで、蓮塘方向に行くように告げると、すぐさま友理に電話をかけた。
数コールの後、コール音が消えて電話が繋がったことを知らせた。
「友理?」
「せ、先生……」
「今どこにいるの?」
「え……?ば、バスの上です」
「どの路線?次のバス停で降りて待っていてくれない?お願い……。私、友理に言いたいことがあるの、会いに行くから」
こんなに必死で話したのはいつぶりだろう。
早口でまくし立てて、友理を驚かせてしまったかも。
でもそんなことも気にする余裕が、今の私にはなかった。
「え?え、っと……、三八二番のバスで、次のバス停は……
「分かったわ。そこで待ってて、すぐに着くから」
電話を切って、ふーっと息をつく。
すると、やっと話しかけるタイミングが出来たという風に運転士さんが話しかけてきた。
「お嬢さん、珍しい格好をしてるなぁ。誰か大事な人に会いに行くのか?」
「あ、はい……」
すると運転士さんは得意げに鼻を鳴らすと、
「だったら俺に任せておけ。もう十五年タクシーの運ちゃんやってんだ。
そう言って、アクセルを踏んで加速し始めた。
慣性で身体が後ろに引っ張られ、シートの背もたれに張り付く。
「あ、あの……、あくまで……あ、安全第一ですよ……」
「安心しなぁ!一番速くて、一番安全なのが俺だ!大船に乗ったつもりで任せておけ!」
「う、運転士さん……」
赤の他人なのに、大切な人に会いに行くと言っただけで、ここまで熱心になってくれる運転士さんに少し涙腺が緩んだ。
私の気持ちが天に届いたかのように、窓を打っていた雨も少しずつ勢いを弱めていく。
運転士さんも、店長も、林さんも……、みんな優しく私を助けてくれた。
だからこそ、ここで引き下がるわけにはいかない。
雨が降っていても、友理がどう答えるのか分からなくても、私が友理に気持ちを伝える障害にはならない。
我儘と思われてもいい、貪欲だと思われてもいい。
今はただひたすら、心の底からこみ上げてくるこの気持ちを、全部友理に聞いてほしくてたまらないのだ。
疑うな、怯えるな。友理が好きだという気持ちが、勇気の源となるの。
緑のバス停が視界に入り、その屋根の下に白いワンピースを来た女の子が立っているのが見えた。
友理だ。
スーッと音もなく車を停めた運転士さんにお礼を言って、車を降りる。
目の前に立つのは、ずっと想っていた人。
この時、私の頭の中でいっぱいだった言葉が、爆発するように口をついて出た。
「わ、私、あなたが好き!」
「え……!?」
友理の目が大きく見開かれて、何か言いたそうに口をパクパクさせる。
一方私は、その一言じゃこの感情を表すには物足りなくて、思いつくままに全部吐露する勢いで詰め寄った。
「私は友理のことが好き!」
言葉だけでは飽き足らず、まるで自分の感情を伝導させるかのように、左手で友理の右手をぎゅっと握った。
「最初、私が友理に告白したのは、色んな事を友理が私のために解決してくれていたから。友理がいないと駄目だと思った。友理なら私の欲しい物をくれて、この気持ちを埋めてくれるって……。その期待を、『好き』って気持ちと勘違いしてたの。友理と一緒に友理の好きな物を食べに行ったりしていれば、それが恋人として付き合ってすることなんだと思っていた……。でも……、私ずっと友理自身を見たことなかったのね。結局、友理のことをなにも知らなかった。ずっと私のカゴの中に閉じ込めておこうとも思ってた……。ごめんなさい!」
感情に任せた支離滅裂な言葉だけど、友理は言葉に込めた謝罪の気持ちを分かってくれただろうか。
「でも今……私やっと、本当に……、本当の意味で心から友理が好きになったの。友理っていう人間を好きになった。あなたの書いた小説が好き。自分の世界を持っている友理が好き。人を思いやれる優しい友理が好き。その柔らかくて温かい手も、大人びていてしっかりしたその性格も。全部が好き。今ね、私頭の中は友理でいっぱいなの。輝いている友理を好きになってから、周りの景色まで光って見えるようになったの」
友理は洪水のように溢れ出す私の言葉を、黙って聞いている。
「友理が傍にいなくても、私頑張って友理みたいに、ちゃんと一人で立てる人になる。ちゃんと頑張ってなるよ。でもね……、」
ゴクリと唾を飲み込んで、私はそっと身分不相応な願いを押し出した。
「やっぱり友理には私を好きでいてほしいの」
パタパタとバス停の屋根に落ちていた雨粒の音が消える。
友理は左手を私の右手に伸ばすと、ゆっくり指と指を絡めた。
「ふっ、あはははは……!」
え、な、な……なに?笑ってる?
ええええぇ……?
「ご、ごめんなさい、あははは……、メイド服着てタクシーから降りてくる先生の姿を思い出したら我慢できなくて……あはは……」
あ……、そ、そうだったわ……!
急いでいたから着替える時間も惜しかったの。
いや、そう説明しても友理はちんぷんかんぷんだわ。
気持ちを思いっきりぶつけた結果が、友理の爆笑……。
嬉しいやら恥ずかしいやらで、顔が熱く赤くなる。
友理は笑いながらぐいっと涙を拭うと、一歩足を踏み出した。
「私、もうとっくに先生のことが好きですよ」
さっきまで大笑いしていた彼女の手は、なぜだか少し震えていた。
「私にとって、先生こそが光だったんです。勉強しているときも、小説を書いているときも、自分も先生みたいに完璧な女性になるんだって思っていました。
部活で発表会した時は、先生の授業をイメージして話しました。おしゃれする時は、先生みたいに可愛くなるにはどうしたらって考えてました。……私も、先生に出会って初めて、人を好きになることと、その意味を知ったんです」
俯き気味だった顔が上げられ、少し潤んだ瞳が私を見つめる。
「先生と付き合い始めた時は、もう嬉しくて嬉しくて、先生に告白されて付き合ったのが信じられなくて……。でもそれから、先生が隠していた弱い所がよく見えるようになって、喧嘩もしましたけど……、同時に気付いたんです。先生は私が見えていたよりもずっと輝いている人なんだーって。だから……」
友理がきゅっと緊張気味に口をつぐんで、決心したように口を開いた。
「先生、好きです。私、自分で思っていたより、ずっと先生が好きです」
友理の答えを聞いた瞬間、目から熱い涙が迸った。
ついこの間、友理が離れていってしまったことに一人泣いていた私が、今は友理の手を握って嬉し涙を流している。
どちらからともなく、私と友理は抱きしめ合った。
「好きよ、友理。大好き」
「私も……先生、好きです」
多分もうすぐまた
でもそんな事はもうどうだっていい。
バス停の屋根の下、友理と私は抱き合って、心が一つになったその感触を噛み締めていた。
友理と玖嘉 唐豆乳 @yamada284118534
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