案山子さん

海藍

案山子さん

私は会社に勤めている極めて一般的な人間だ。

私の自宅は田舎にあり、会社まではいつも車で30分ほどかけて通勤している。

そんな私の近所に、おばあちゃんがいる。


おばあちゃんは案山子あやこさんといった。

古い家(かなりボロい)に住んでいて、家の横にある小さな畑で作物を育てているようだった。

案山子あやこさんはいつも草刈り機を持って畑に立っていた。

ピンクの作業着に、泥をかぶったほっかむりをしている案山子あやこさん。

いつも車の中から見ているため、草刈り機のエンジン音はわからないが、きっと草刈りをしているのであろう、と私は思っていた。


そんなある夜。


私は会社の残業で夜遅く、車を運転していた。人通りがなく、車のライトが目立ったっていた。

そろそろ家が近くなってきたとき、畑のそばに人影が見えた。

ピンク色の作業着に、泥汚れの目立つ手拭いをほっかむりにしている。手には草刈り機を持っていた。

私はその姿に見覚えがあった。

案山子あやこさん?」

私はびっくりしながら車を案山子あやこさんの畑の傍に止め、車から降りた。

こんな時間まで畑仕事をしている人なんて見たことなかったため、「何しているんですか?」と声をかけようとした時だった。

案山子あやこさんの顔が目に映り、私はぎょっとした。


案山子あやこさんの顔は、へのへのもへじだった。


私は急いで案山子あやこさんに駆け寄った。

近づいてみてみると、案山子あやこさんの顔は真っ白い布に、おそらくマッキーで書かれたのだろう、太くてガサガサした筆跡でへのへのもへじが描かれていた。

ふと違和感を感じた私は案山子あやこさんの手元に視線を映した。

案山子あやこさんの手には草刈り機が握られている。しかし、エンジン音などしていなかった。

ははーん、と私は納得して案山子あやこさんから離れた。


畑に毎日立っている案山子あやこさんは、案山子かかしだったのだ。

案山子かかしの足元の草は全く刈られた様子はない。

なぜ私は気づかなかったのだろうか。私はそう思いながら車に乗り込んだ。


次の日の朝。


私は普段より早く起きて案山子かかしを見に行った。

母に昨日のことを話すと、「あやこ?そんな人知らねえよ。」と返されてしまったため、自分で調べようと朝早く起きてみたのだ。

「あら、おはようござんす。その案山子、気になるんか?」

後ろからふふ、という笑いとともに柔らかい声がした。

案山子あやこさん!おはようございます。」

後ろを振り向くと案山子あやこさんがいた。

「その案山子が着てるのはね、私の旦那さんが買ってくれたものなのよ。」

案山子あやこさんはにこにこしながらそう言った。

「旦那さんが死んでしまった時はつらかったけど、今は幸せなのよ。」

私はえっ、と案山子あやこさんの方を見た。しかし、案山子あやこさんはもういなかった。

私はもう一度、案山子かかしを見た。

その時、への字に曲がった案山子かかしの口角が、すっと持ち上がった。

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案山子さん 海藍 @2mm_world

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