蔦もみぢの館 🍁

上月くるを

蔦もみぢの館 🍁





 武蔵野関連の本をいまだに読んでいるが、だんだんに第二の故郷めいてきて……。

 この分では、次回の武蔵野文学賞では相当な傑作が誕生するにちがいない。(笑)


 そのうちの一冊、井伏鱒二さんの『荻窪風土記』に、庭でゴルフの練習をしていて誤ってボールを隣の井伏邸に打ってしまった日本銀行員氏のエピソードが出て来る。


 なんとその人物、自分の失敗の後始末をヨチヨチ歩きの子どもに言い含め、井伏邸の植栽に入りこんだボールを拾って来させて「怒っていたか?」小声で訊いたとか。


 しばらくして海外支店へ転勤したのですっかり忘れていたが、昭和四十年代初頭、岩波書店主催の集まりで再会したら「どこかの大きな銀行の重役になっていた」と。


 こういう下世話な話を飄々と書きながら、長屋の井戸端会議に堕せず、馥郁たる(笑)文学の香を放っているのだから、改めて彼我の力量に畏れ入ったのであった。




      🏌️‍♂️




 そういうヨウコにも消してしまいたい過去のひとつやふたつ、否いくらでも(笑)あるのだが、植物つながりで思い出した、なんとも恥ずかしい古傷の話をひとつ。


 かつて経営していた会社の事務所は、元洋菓子本舗だった鉄筋二階建ての丸ビルを買い取ったもので、洒落た煉瓦づくりの、チルチルミチルが喜びそうな建物だった。


 商業ビルと住宅が混在する一帯でもひときわ目立つ煉瓦壁に蔦が這い出したときは気に留めなかったが、数年もしないうちに窓を残す全面が青々とした葉に覆われた。


 当初こそ、涼し気でいいなどと呑気なことを言っていたのは無知によるとんだ思いちがいで、真っ赤に色づく紅葉の季節が過ぎると、おびただしい量の落葉が始まる。


 ハラハラ、ホロホロ、昼も夜もなく大きな葉っぱが舞い散って敷地内に降り敷き、掃いても掃いても追いつかず、そのうちようやく気づいた、ご近所迷惑なのでは?


 で、そっと周囲を巡回してみると、とんでもない遠くまで蔦落葉が侵入している。

 立場上豪気を装っていても根は気が小さいので、胸に降り積む蔦で夜も眠れない。


 悩んだ末、菓子折を持って一軒ずつお詫びに行くことにしたのだが、その行き方がなんともはや、屈強な若い衆(数人の男性スタッフ)を用心棒に仕立て上げたのだ。


 なかにはコレっぽい住人もいるし……というのがヨウコの内心の言い訳だったが、たかが落葉のお詫びに衆を恃むなど、彼の銀行員氏の行状と変わらないではないか。




      🏡




 いつものカフェのいつもの席でいつものモーニングをいただきながら文庫本を読む独り客の頬が、窓外で色づき始めた紅葉と同じ色に染まったことをだれも知るまい。


 ついでながら、とてものことに素人の手に負えないほど深く広く繁茂してしまった蔦の根絶には専門業者の手を煩わせたこと、ご親切な読者に付言しておきたい。🍃





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蔦もみぢの館 🍁 上月くるを @kurutan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ