第34話 弓VS槍
「いよいよ決勝ですね、ミリティア様」
「まあ、そこそこは楽しめたかな」
武道館とイベント会場のとんぼ返りを繰り返しながら、ミリティアはトーナメントの決勝まで勝ち進んだ。
そこそこ腕の立つ相手と、ほどほどにいい勝負をしてきたのだから、それなりのいい運動になったというのが彼女の感想だ。
「しかしもう少し猛者がいると思ったんだが」
「若手の人材不足は深刻のようですね」
「ああ。母上に提言しておいた方がいいかもしれない」
恵まれた才能を持つミリティアは、一流の武道教育を受けてきた。だから同世代の中でも飛び抜けて強いのは間違いない。
だがそれを差し引いても危なげない勝利が続いていたため、彼女はまたぞろ不満を抱き始めていた。
「みんなと模擬戦をしている方が、まだヒリついた勝負ができそうだぞ」
「それは、まあ」
もちろん中型の魔物と戦うよりは手ごたえを感じているが、これは大規模に人を集めた大会なのだから、もっと実力者がわんさかいるだろうと――期待をし過ぎた落差によるところが大きい。
ミリティアの控室に集まった槍術研究会の面々は、相変わらずの姫様を見て、何とも言えない顔をしていた。
「いえいえ今回は宣伝目的なので、もっと笑ってくださいよ姫様。ほら、にーって」
「にぃ」
「あっ……」
空腹の猛獣を無理矢理笑わせた。そんな印象を受ける笑顔だ。
触らない方がいいかと引っ込んだマレフィを尻目に、ミリティアは話題を変えた。
「さて、祝勝会の店はどうなったかな?」
「ご安心ください、既に予約しております」
「……ああ、もう勝つのは前提なんですね」
「当然だよ。それは勝つさ」
慢心とも取れる発言だが、彼女の耐久力は一級品である。ハンマーやメイスといった打撃系の武器を顔面に受けても、魔法での身体強化が十分であれば、「今――何かしたか?」で済む程度には頑丈だった。
更には大身槍という中距離武器を使っているので、接近されることすら稀だ。
それでいて体捌きに定評があり、そもそも被弾どころか滅多に直撃しないのだから、スペルビアは言われるがままに、当然の如く宴会の用意を整えていた。
「ですが決勝の相手は弓使いですよ」
「弓?」
戦いよりも打ち上げの方に意識がいったミリティアに呆れ顔をしてから、ドミナはさらりと次の相手の特徴を告げた。
しかし得物を聞いたミリティアは、腑に落ちなそうな顔で聞き返す。
「決闘形式のトーナメントを、弓矢で勝ち抜いてきたのか?」
「そのようです。ある意味ではピーキーな武器ですが、攻略法は思いつきますか?」
「一対一の戦いで、定位置について用意ドンの戦いで……弓か」
味方部隊の背後や防壁といった安全圏から、一方的に攻撃を加えられるのが遠距離射撃武器の強みだ。
その反面取り回しが悪く、接敵されてからは滅法弱い。決闘で使うに当たり、これほど相応しくない武器も珍しかった。
「想定できないですよね? まだ時間があるので簡単に講釈しますが、準決勝までの戦い方は――」
「いや、余計な前情報は入れないでおこう」
明らかに最適解ではない選択だが、それで勝ち進んでいるのだから相当な実力者だ。しかも対魔物を想定して訓練を重ねたミリティアからすると、初見に近い相手でもある。
相手にとって不足なし。そう思った彼女は手で膝を打ち、勢いよく立ち上がった。
「面白そうだ。興味をそそられる」
「……遊びが過ぎて、あっさり敗退というのは避けてくださいね?」
「そう言わないでくれ。次で最後なことだし、少しばかり暴れたい気分なんだ」
ドミナの小言を振り切ったミリティアは、高笑いをしながら通用口を進んでいった。
残された3人は、部長が優勝できるかどうかの心配――ではなく、果たして本当に宣伝効果のある戦いができるか、という心配をし始めている。
「舌なめずりはマズいですねぇ」
「衆人環視では、火消しも難しいのでは?」
「……祈るしかありませんね。まともな展開になることを」
客席向きに実況と解説がついているため、ここまでは多少おかしな決着になろうとも、周囲がカバーできる範囲で進んでこられたのだ。
何とかこのまま無事に終わってくれと、仲間たちからの祈りが捧げられる中で、いよいよ最終戦が幕を開けようとしていた。
◇
「やあ、また会ったね」
「君は……自治会長か」
先に入場して舞台で待っていたのは、学生自治会長だった。
ミリティアが知っていることと言えば、隣国からの留学生で成績優秀。お家の事情で好成績を狙っていると、その程度のことだ。
副会長の話しぶりから、義務感で出場したものと思っており、見た目も武闘派には見えない。
そのためミリティアにしては珍しく、面食らっていた。
「はは、第三王女殿下に顔を覚えてもらえたとは、光栄だよ」
「そちらも王族の傍系と聞いたが、まあいい」
貴公子風の会長は爽やかに握手を求めたが、応じたミリティアの掌に、画鋲や毒針が刺さることはない。
どうやら正攻法で勝ち進んできたようだと、彼女は会長の姿をまじまじと見た。
さりとてどうしても戦闘要員には見えず、これまでに散々交わされた戦闘前の挑発や、大仰な前口上もないのだから、彼女の中では違和感が膨れ上がっていた。
「それで、得物はそれか?」
「ああ、こちらでは珍しいかな」
背中からはみ出た無骨な大型の弓は、何とも物々しい形状をしている。
ベースはコンポジットボウに近い武器だが、
「ともあれ特注品だからね。これの原型であれば、どこかで見たことがあるかもしれない」
「
「さて、それは試してみてのお楽しみだよ」
試しの挑発も会長には通じない。一見して隙もなく、強者の風体だ。
これは辛抱たまらないとばかりに、定位置についてミリティアは言う。
「そうだな。では早速……
ミリティアが愛用する白塗りの槍は、かつて悪魔の名を冠していた。
その持ち主に相応しい、禍々しい笑みを浮かべながら彼女は構える。
「いい勝負にしよう」
片や武器の凶悪さでは負けていないが、相変わらず清々しい笑みを浮かべながら、会長も弓を真正面に構えた。
既に矢を番えているが、近距離戦なのだからこれくらいはちょうどいいハンデだと、ミリティアは何も言わないまま両者が相対する。
「双方、用意はいいですね」
「無論」
「いつでも」
互いに構えて、待つこと数秒。
騒音にも等しい歓声がやみ、水を打ったような静けさの中で――試合の開始が宣言された。
「先手、必勝――!?」
「対策していないと思うかい?」
ミリティアは大身槍の使用感や型を無視して、猛然とランスチャージを仕掛けた。
剣と槍以上に、距離をどれだけ詰められるかが重要な戦いだからだ。
彼女は一射目を躱して、次弾を装填した直後に接敵するプランを思い描いていた。
だから当然、会長が弓を放つのと同時に――ミリティアの左右至近距離から発射された、突然の二射目と三射目は予想外の一撃だ。
「小癪な真似を!」
強弓から放たれた一矢は、通常の矢とは段違いの速度で飛んでくる。鎧以外の部分に命中すれば致命傷となりかねないため、目論見通りにこれは最優先で躱した。
次いで左方から飛んでくる攻撃に備えたところ、やって来たのは
風魔法ならば問題なくガード可能。そう判断したミリティアは片側を槍の柄で防ぎ、もう一方を背中で受け止めた。
「この威力……なるほど。貴様、弓使いではないな?」
「いいや、弓使いではあるよ」
受け答えをしながらも弓の速射は止まらない。そして前後左右から縦横無尽に襲い来る、かまいたちも止まらなかった。
息もつかせぬ猛攻撃を展開しながら、涼しい顔で会長は言う。
「帝国流弓術は、古き良き――対人戦用の弓術なんだ」
魔物の防御力を抜くために、武器に魔法を付与して叩くのが戦場での常道だ。各地で起きる戦いは人と魔物の争いが大半なのだから、それが定石となるのは自然の流れとも言える。
しかし戦う相手が人間であれば、直接魔法をぶつけても構いやしない。
それを想定する武術が、世に少なかったというだけの話だ。
「つまりその巨大な弓が、杖の代わり
「早い話が、そういうことさ」
扱う弓が何故これほど大型なのか。それは魔法の威力を増幅させる、杖としての機能を盛り込んだ結果でもあった。
攻撃の動作は弓兵よりも魔法兵の方が遅く、どちらも白兵戦には向かない。しかしそれらを複合させて、対人戦闘技能にまで昇華させた姿を見て、ミリティアは感動すら抱いていた。
「魔法剣士は履いて捨てるほどいるが……魔法弓士は初めてだな!」
鋭い遠距離攻撃を放ち、次への予備動作に入った隙を、更なる連続した遠隔攻撃で埋めること。
休ませないまま踊り狂わせて、嬲り殺しにする戦法だと判断したミリティアは、何と
「面白い。面白いぞ貴様! 他にどれだけ手札があるのか、直々に確かめてやろう!」
「お手柔らかに頼むよ。これは死合ではなく、あくまで試合だからね」
今はまだ理性を保っているが、何かの拍子にスイッチが入れば、迷わず殺しにきそうだ。
そんな不安から一筋の冷や汗を流しつつ、会長は精密射撃の連射態勢に入った。
槍サーの姫 山下郁弥/征夷冬将軍ヤマシタ @yamashita01
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