お父さんに会いたいだけの女の子が延々と絶望を味わって死ぬお話(ハッピーエンド)
エシャーティ
五度の絶望の果てに
負けてしまった。人生で最初の挫折かもしれない。今までどんな絶望にも耐えられたあたしの心が、遂に今折れてしまったようだ。
負け……それはすなわち死を意味する。死にゆくあたしの頭に鮮明な走馬灯が見たくもない記憶を見せつけてきた。
……
…………
最初の絶望は10歳の時のことだった。エリート軍人の父とロクデナシの母が10年の婚姻関係に終止符を打ち、離婚したのである。
「おい! エシャーティは俺が引き取る!」
「ざんね〜ん! 日本じゃ母親が引き取るのが常識でーす! あんたは向こう10年、養育費を献上する事しか許されませーん!」
「ヤダー! あたしお父さんと一緒にアメリカ行く! お母さんヤダー!」
「黙れクソガキャァァァァァァァァ!!」
「ぎゃん!」
「エシャーティ! ゆるさん……ゆるさんぞ外道ォォォォ!」
あたしをぶった母に怒りを叩きつけたお父さんは”法律”と”世間の声”のせいで一切の親権を失った。
法律と世間様の前に実の親子たちの声は入る余地が無いのだと、あたしは幼いながらに分からされたのであった。
そしていよいよお父さんと離れ離れになる時が来た。アメリカへ向かうお父さんの姿は悲しみに包まれていて、家を出る瞬間まであたしの事だけを心配してくれていた。
「すまないエシャーティ、俺があまりにも家に帰ってこなかったらこんな事に……」
「お父さん……お母さんはすぐ新しいお父さんが来るって言ってるけど、どういう事?」
「……なあエシャーティ。もしも新しいお父さんも嫌なヤツで、どうしても辛いときは俺がいるアメリカまで来るんだ」
「無理だよー! アメリカなんて遠すぎるよ!」
「ホントはお前を今すぐにでも連れていきたいがダメなんだ……」
「びぇぇぇぇぇん!」
「けどエシャーティは俺に似て頭がいい! 天才だ! だからお前にとっておきの技を伝授する!」
「ホントに?」
「ホントだ!」
そう言うとお父さんは手をまっすぐ突き出し、正義のパンチ! などと言ってあたしを笑わせてくれた。けれどその豪快な動きはあたしにこれから始まる地獄のような生活を迎え入れる決心をつけさせてくれたのだ。
そう、外道の母とろくでもない男との共同生活の始まりである。これが第二の絶望であった。
お父さんと別れた後の母はさらにあたしを虐げるようになり、連れてきたクズの男もあたしに怒号を放ちながら虐待をしてくるような愚者であった。
お父さんと離れ離れになってからはひたすらに身を守る術を幼い頭で絞り出し、終わりの見えない恐怖を耐える日々だった。
母たちのために家の事を全てこなせば怒号も減るのだと悟り、男女の”都合”を悟って家を数時間ほど出れば少しは機嫌がマシになるのだと理解した。
けれどそれでも、時には理不尽な怒りを向けられる事もあった。
「クソアマ〜! 俺の何が悪いってんだよ!」
「あんた安月給すぎるんだよ! 前の旦那はあんたの10倍は稼いでたからね!」
「あーうっせえな、そんなに前の男が稼ぐならそいつのガキに稼がせろよ!」
「あァ!? エシャーティは金食い虫だよ! 飯は食うわ金は掛かるわで、人の足しか引っ張らないグズだよ!」
「ご、ごめんなさい、お母さん……」
「惨めだなぁ〜、つか前の男のガキって目障り。死ねカス」
「ぎゃぅっ! い、いたい!」
ドカドカとあたしの腹を蹴り飛ばす男の顔はニヤニヤと下卑た表情が浮かんでいた。それを見る母はタバコを吸いながら髪を掻きむしり、まるであたしが全ての元凶かのように睨みつけていた。
このような生活を2年も続け、あたしはすっかり心が疲れ切ってしまっていた。
そして第三の絶望は他ならぬあたしの手によって引き起こされる……
「ぐっ……あんた、実の親を刺したね!」
「ふぅ。別れた男の娘に殺される気分はどう?」
「体が動かない……コンロのガスを充満させやがって……」
「あの男もそろそろ帰ってくる。ふたり仲良く死ねて嬉しい?」
「この親不孝者が……今のあんたを見て、あんたの大好きなお父さんはどう思うだろうね!」
「……クソッ! うるさいっ、うるさいっ!」
死に際までこの母は外道であった。こんな人間を殺めてしまった事になんの後悔も無かったが、あたしは一つ誤算をしてしまったのだ。
そう、大人の男は想像以上に強いということ。そして栄養失調な12歳の女の子は想像以上に弱かったということ。
息絶えた母と血まみれのあたしを発見したあの男はすぐさま警察へ通報。むろんあたしは全力であの男を刺しまくったのだが、力に差がありすぎて致命傷を与えるに至らなかったのだ。
それでも後で聞いた話によると、男は足を大怪我し一生車椅子生活を余儀なくされたと言うから、あたしの幼少時代の復讐は完遂に終わったと言える。
駆けつけた警察にその場で逮捕され、あたしは親殺しの罪で少年院へと送られるものだと思っていた。
けれど身寄りがなく危険な行動に走った少女は、少年院よりももっと過酷な環境の施設へ送還されてしまうのだ。そこで過ごした日々が第四の絶望である。
「お前の名は国が預かった! 今日からお前はE4Aだ! これから他の凶悪少年たちと切磋琢磨し、お国のために最強の兵士へとなるんだぞ!」
「は、はい……」
「声がちいさぁぁぁぁぁぁい!」
「ひゃい! ごめんなさい!」
「よろしい。ではまず他の候補生と殺し合いをして生き残るのが最初の訓練だ」
「こ、こ、殺し合い……!?」
「無人の街へ貴様ら下等生物を100人ほど放ち、残り10名になるまでサバイバルしてもらう」
「あの、途中で棄権すると……」
「銃殺だ。もがいて死ぬか、自ら死を選ぶか、見知らぬ少年少女を踏みしめて生きるか。さあどうする、E4A」
「うっ、うっ……お父さん……会いたいよぉ……」
が、奇跡的にあたしは最初の選別試験で生き残ることができた。
無人の街で鉄の棒や石ころなどを使い何とか身を守りつつ、他の子供が通りそうなルートに危険で毒性の強い物を混ぜ込んだ飲食物を設置して毒殺したりしたのだ。
例えば運良く見つけた車だかバイクだかのクーラント液。これは特にあたしの生存に大きく役立ってくれて、一日に2度ほど街のどこかへ投下される補給物資に入っているジュースなどに大量に混ぜておけば、数日後に口にした子は死んでしまい安全に順位を上げれたのだ。
あとは拾った乾電池を鉄の棒で叩きまくって破壊し、中から取れる黒い粉を保存しておけば、もしも体格が大きく肉弾戦を仕掛けてくる少年がいたとしても視界を一瞬で奪える上、確実に倒す隙を与えてくれた。
あたしの行動は全て本能や人道がやってはいけないと警笛を鳴らしたことに対しての反抗だった。けれどそれをヒントに何とか命を繋げられたのは皮肉としか言いようがなかった。
「上出来だ、E4A。お前をはじめとする他の生き残りたちはこれから過酷な訓練を受け、立派な戦闘兵へとなるだろう」
「はい、教官」
「これからお前たちは精神的な強さも得るために辛い思いをするだろう。が、お前たちは大罪を犯したという事を忘れるなよ。自業自得なのだ!」
「はい……」
そう、あたしたちは人権を失った子供である。何とか生き残ったはいいものの、その日からは戦うことだけを詰め込んだ学問を延々と学ばされ、耐え難き屈辱を耐えるための精神を鍛えさせられ、力を付けるためだけの味気ない食事にどんどん生きていく彩りを奪われていった。
このような途方もない終身刑の如く仕打ちに耐えられない子もやがて現れ、最初は10人いた同期生もいつの間にか誰もいなくなっていた。
あたしは……あたしはいつかここを出てお父さんに会いたいという一心で何とか死を選ばずにやってこれている。
やがてこの謎の訓練施設へ送られてから3年が経ち、あたしも15歳となった。生きる喜びを代償に恐らくは個人が持てるであろう戦闘技術の限界付近まで身につけたあたしは、遂に日本が秘密裏に保有している特殊な戦闘部隊へ入る事が決まった。
そして……あたしが一人の兵士として戦場に出れるようになるのを待ち受けていたかのように日本とアメリカが戦争を始めた。それが第五の絶望であった。
まるで下剋上のようなこの戦争は、日本のバックにあらゆる国がついてアメリカを世界の共通敵と見なし世界大戦のような規模へと発展していった。
「エシャーティ隊長ォォォ! また向こうが最新兵器を持ち出してますよ!」
「それがどうしたの。ただのラジコンでしょう」
「ただのラジコンって……超正確に人だけを殺す殺戮マッスィ〜ンですよ!?」
「甘いのよ、甘い。見てなさい」
「遥か上空のドローンに向かってロケットを……当たりませんよ!?」
「当たらなくていい。パパパン!」
「ピチュチュチュ……ズガァァァァァァァァン!」
「ヒェー! うちの上空で焼夷弾を爆破させないでくださいよォォォォ!」
「死ぬよりはやかましいほうがマシでしょ。さあ、いい眠気覚ましになったわね。もう一回偵察行くわよ」
「お、鬼だ……」
そう。あたしは鬼。すっかり戦いの中に身を置きすぎ、お国のためお国のためという言葉を聞かされ続け、もはや何を考えて何のために生きているのか分からなくなっていた。
きっとあたしはお父さんのいるアメリカとだけは戦いたくなかったんだと思う。せめて他の国だったら、最後の希望であるお父さんとの共闘だって叶ったかもしれない。
もしかしたらアメリカと条約を結んだままで他国との戦争となっていれば、あたしも伊達に強くなってはいないからエリート軍人のお父さんと同じ部隊に入れたかもしれない。
けど……現実とは非情であった。待っていたのは最もありえない可能性で、最もあってほしくない出来事だったから。
今日もあたしはアメリカの兵隊を殺し続ける。類まれな運と限界まで身についた戦闘技術、そして幼き頃にお父さんに教えてもらった必殺の正義のパンチを……もとい、あまりにも威力が高くなりすぎて非人道的な殺法と化したパンチを用い、欲しくもない明日を求め生き延びていた。
……必殺の正義のパンチ。それはいつしか、敵兵の胸板を防弾装備越しに抜き手でぶち抜き、心臓をダイレクトに掴んで引っこ抜くという邪悪な殺人技になっていた。
でもこの技を使えば敵は戦意喪失して制圧を容易にし、味方は士気が上がって戦果を上げるメリットまみれの技だったけれどね。
「ふふ……お父さんから教えてもらった技が一番強いよ……」
「エシャーティ隊長、大変です! 今まで全く姿が見えなかった敵の少数部隊が急速に接近してきます!」
「少数部隊? こんな昼に? ちょっと無謀なんじゃないかしら。偵察じゃないの」
「そ、それが非常に好戦的で、遠距離から既にこちらを攻撃しつつ接近してるのです」
「ふむ……いいわ、あたしが前に出るから他の者で援護して」
「了解!」
このパターンはあたしの率いている部隊も少数だからと油断して突貫してきた感じね。
たまにある事なのであたしも警戒をそこそこに前線の方へと出ていったら……急に後ろから手榴弾が投げ込まれてきた!
なんで!? どうして!? 後ろにはあたしの味方しかいないし、そもそも今あたしが来た方向だから敵が一人でもいれば見逃さないハズなのに!
けどそんな懸念を嘲笑うかのように現実として手榴弾は落ちている。咄嗟に身を伏せてスコップで僅かながら体を覆い、少しでも被害を防ぐために銃でバシバシと恐ろしい丸っころを撃ちまくった。
幸いにも咄嗟の対応が実を結び、あたしの受けた被害はスコップに穴があくくらいで済んだ。しかし一体どこに敵がいるのかは未だに分からないままだ。
久しぶりに感じる嫌な汗にイラ立ちを覚えながら地面へ伏せていると、あたしの援護をしていた味方が狙撃されているのが見えた。
味方には悪いが、今のでどの方角に敵がいるのかほぼ分かった。あたしは身を低くしたままズサササとそちらへ向かうと、読み通り敵兵が一人いた!
「……フゥッ!」
「おわ〜っとっと! あっぶね、どっから出てきたんだコイツ!」
「パパパン! パララララララ!」
「うひー! 徒手空拳から即座に銃撃かよ! おっさんそんな俊敏に動けねえよ!」
……なんなんだ、この兵士は。まるで気の抜けた言動だがあたしの攻撃を全て受け流している。
自慢じゃないがあたしの射撃は正確さにおいては世界トップクラスだと自負しているのに、それをこんな数十メートルの距離で正確に避けるなんて動きが完全に読まれている。
なんてやりにくいヤツだ。こういう敵は肉弾戦で仕留めるに限る。銃を見切るような人間も世の中にはいるものだから、そういう場合はナイフや拳に頼るしかないのだ。
「ヤッ! とぅ! えい!」
「はっはっは、射撃といい格闘といい若いのに凄まじい技術だ。なあ、おっさんの話を聞いてくれよ」
「う、うるさいっ! なんで当たらないの!?」
「おっさんね、キミみたいな年の娘がいたのよ。でもさぁバカな嫁に親権取られて……ねえ聞いてる?」
「ふんふんふんっ! えいえいえいっ!」
自分をおっさんと名乗るこの男はあたしに技量の差を見せつけるかのように、わざとあたしと同じ動きで対応してくる。
それはまるで鏡像のように正確無比で、あたしが自分でも意識してない無意識の攻撃すらもこのおっさんは鏡のように反射してくる。
こんなに激しい応酬を繰り広げているのに、なぜかあたしは心地よさを感じていた。なんでだろう。どうしてだろう。
「俺の娘はキミみたいにキラキラの金髪でな。そうだな、順調に成長してればキミにソックリかもしれん」
「……!」
「あ、でもキミ顔が死んでるもんなぁ。ちゃんとメシ食ってるか? 兵隊だからって食うのを遠慮しちゃイカンぞ。あとマジメに戦ってばっかじゃ疲れるし、たまにはサボれよ」
「う、ううー……もう! もうヤダ! これ以上あたしのお父さんみたいな事言わないで!」
「お父さんっ子なのか。なんかますます娘に似てる気がす」
「スキあり! 必殺!!!! 正義のパァァァァァンチ!」
「ムッ……その技はまさかホントに!?」
…負けてしまった。油断したのだ、あたしもこのおっさんも。
あたしの最強技の心臓抜き手は、見事におっさんの無意識のカウンターが決まりあたしの心臓を潰してしまったのだ。
死に際になり、ようやくあたしが長年抱いていた願いを思い出す。
そうだ、すっかり忘れてたけど、あたし……
あたしはお父さんにずっと会いたかっただけなんだ。
そしていっぱい甘えて、苦しみのない世界に行きたかったんだっけ。
あはは、まさかホントにあなたがお父さんだったとはね。
でもお父さんに会えたのが嬉しすぎて、ちょっと甘えすぎたみたい。
「ごめん、ごめんよエシャーティ……お前がエシャーティだと直前で断定すれば、俺が死んだはずなのに……」
「いいの。いいのお父さん。あたしね、ずっとお父さんに会いたくて。だから、もういいの」
「いいわけあるかよ! 死ぬな、死ぬんじゃないエシャーティ!!」
「あはは……お父さん、あたし頑張ってよかった。最後にお父さんに甘えられて、本当に……」
「エシャーティ!? 目を閉じないでくれよ! クソ、クソクソクソォォォォォ!!」
……
…………
負けた者にだけ与えられる一瞬の永遠に浸り、あたしは何故か幸福に包まれながら絶望に落ちていった。
負け……それはすなわち死を意味する。そして死は人生最後の絶望だ。
あたしは幾ばくかの絶望の果てに何を手に入れたかというと……
「あっはっはっはっは! お父さ〜ん、またフラレたの!?」
「びぇぇぇぇぇん! どうしてお父さんモテないんだ〜!? 教えてくれよエシャーティ〜!」
「あのね〜、大人の女性に特技が正義のパンチです、はキツイよ〜」
「な、な、なんだってー!?」
「あとさ……あたしももう子供じゃないし、その、たまにはお家を何日かあけるくらいするよ?」
「ほえ? どういう意味だ?」
「もー、ありえない! 娘が気を使ってるのに! そういうとこよ、そういうとこ!」
「びぇぇぇぇぇん! エシャーティが反抗期〜! もうダメだ、生きてられねぇ〜!」
「まったく大袈裟なんだから」
絶望の果てに、あたしは幸せな毎日を手に入れていた。
実はあたし、謎の施設で訓練を受けている時期に心臓が弱っていることが判明していたのだ。
それもそのはずで、あたしたちはギリギリ死なないほど厳しい訓練を3年間も受けていたからいくら徹底的に管理された栄養食を食べ、肉体も鍛えていたとはいえ、体の内部までは超人にはなれなかったワケ。
そして運が良いのか悪いのか……心臓が弱っていたと判明した時点であたし以外の同期はみんな死んでおり、あたしまで死ぬとこの施設の3年間の実績は皆無ということになってしまう。
そこであたしはE4Aの名を返上しエシャーティという名を取り戻す際、報奨として試作型の機械の心臓を与えられていた。
それがものの見事にお父さんのカウンター心臓抜き手に対する唯一の対策となっていて、あたしの機械仕掛けの心臓は一度破壊されたもののすぐに取り替えられ、こうして一命を取り留めることとなったのだ。
「うう、これはもう親子として酒で語るしかねえ。エシャーティ、初めてのお酒はお父さんと飲むよな!?」
「ちょっと! あたし16歳だよ! 飲んじゃダメだって」
「おいおい、ここはヨーロッパだぜ。あのな、16歳から飲めちゃうだよコレが。それに今日はお前の誕生日だし、実はいい酒用意してんだよ」
「……もう! 娘の誕生日に女にフラれるなんて最低よ! で、でも覚えててくれてありがと……」
「はっはっは! お父さんにとって最愛はいつもエシャーティだってことさ! さあ飲もうぜ」
戦争も終わりのどかになった日常を噛み締めながら、あたしたちは美しい花の都の夕焼けを望みながらお父さんの言う”いい酒”で乾杯を交わすのであった。
お父さんに会いたいだけの女の子が延々と絶望を味わって死ぬお話(ハッピーエンド) エシャーティ @Ehsata
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