第61話 祈り
解代さんと玖城さんに子供ができたらしい。
耳を疑った。
え、何で⁉ いつ⁉
あの二人が有する属性は真逆だ。共通点はマント所持者というだけで、他に接点はないはずだった。
以前解代さんが玖城さんを抱きしめていたけど、もしやあれはそういうこと? あの時点ですでに
脳内の疑問符は、上司からのお達しで終息した。小屋で発見された女児を、解代さんと玖城さんで引き取ることにしたのが真相らしい。
お風呂でのぼせたように顔が火照った。羞恥で顔が発火しそうだった。
それもこれも、恋愛小説を押し付けてきた友人のせいだ。私は冷静沈着な工作員だったのに、いつの間に一人の女の子になってしまったのか。
他の同僚も子供に興味津々だった。
解代さんは疎まれていたし、玖城さんはトップカーストに属する少女だ。
いかにも漫画に出てきそうな、不良と優等生のカップル。特に女子の間で黄色い悲鳴が飛び交った。
何せ、施設に迎えられた女の子がまた可愛いのだ。小さな体、くりんとした目。近付くと玖城さんの背中に隠れる仕草は、さながら小動物のようで愛くるしい。
愛でるものに飢えていたこともあって、またたく間に女児の写真が広まった。友人を通して、少女の詳細も耳に入った。
よくよく聞けば奇怪な話だった。
小屋で発見された時、女児ことツムギちゃんは盲目かつ難聴だった。何とも不幸な星の生まれだけど、驚くべきはそこにない。
私が目の当たりにした時、女児の目と耳は確かに機能していた。それはつまり、機械によって手厚い治療が行われたということだ。
おそらく、女児は機械に何らかの才を見出された。
隙を見て外の仲間と情報をやり取りしているけれど、人類領でもそこまでの技術は確立していない。人間を対象に実験を行う都合上、どうしても倫理の壁が立ち塞がるからだ。
機械にその制約はない。解析実験のモルモットはごまんといる。見限った少年兵を隔離して、非人道的な実験に明け暮れている。
直接人間を実験動物にできる分、人類よりも技術の進歩が早い。あらためて人類と機械の違いを思い知らされる。
感情に振り回されるのも人間ならではの特徴だ。男子グループの中心人物が、因縁を付けて玖城さんに突っかかった。彼は玖城さんを気にしていた。仮でも彼女に子とパートナーのいる現状が気に食わなかったのだろう。
解代さんは出撃して施設を留守にしていた。トップカーストのグリモアードに正面から物を言える同僚はいない。同じ女性としては助けたかったけれど、私が下手に動くと友人にも危害が及ぶ。取り巻きがいる手前どうにもできなかった。
せめて上官に連絡を。
そう思った時、鈍い音に遅れてグリモアードが床に伏した。
私は思わず吹き出しかけた。
だって、威勢よく飛び出して一撃で沈むなんてダサすぎる。私なら恥ずかしくてもう表を歩けない。
そういう意味で恥知らずは無敵だった。物理で敵わないと知るなり、今度は精神攻撃に切り替えた。
家族ごっこというワードは、真面目な玖城さんには効果てきめんだった。あれだけ幸せそうだったのに、晴れやかだった表情が嘘のように陰った。上官に押し付けられた関係と聞いていたけど、本人はいたく気に入っていたようだ。
それは解代さんもだった。他人なんて風景と言わんばかりだった彼が、熱心に聞き込み調査を始めた。すごい目力で質問された時は、うかつなことを言えば殺されると直感した。
その見立ては間違っていなかった。後日行われた決闘で、解代さんが主犯をボコボコにした。
傷自体は、プロテクターを殴り続けた解代さんの方が深かった。
一方で、グリモアードは心をへし折られて号泣した。血まみれの手で延々と頭部を殴打されたんだ。衝撃は頭に響くし、行動が奇々怪々で逆に怖かったのだろう。
その決闘以来、解代さんと玖城さんの存在は
玖城さんやツムギちゃんに手を出すと、血濡れのバーサーカーが顔面をゆがませにやって来る。
このコミカルあふれるうわさは、コミカルであるがゆえに爆速で広まった。王様のように威張り散らしていたグリモアードが泣きじゃくったことも、このうわさに大きなインパクトを与えた。
解代さんと玖城さんの関係性にも変化があった。堂々と手を繋いで歩くにとどまらず、休日には三人で出かけるようになった。はたから見れば、もう立派な若夫婦だ。血濡れのなんたらが怖いのか、茶化す人は誰もいなかったけれど。
一難去ってまた一難。ついに拠点奪還計画が考案された。
前線を押し戻される一方で、これはチャンスでもあった。撤退に見せかけて、現場に何かしらの道具や指示を残すことが想定される。私は気を張って作戦に望んだ。
予定調和のごとく奪還が成った。
解代ユウヤが殉職して以来の拠点奪還。犠牲者なしで乗り越えてハイになったのか、同僚がやたらと開放的になった。興奮しているのか、普段話さない同僚までもが気軽に話し掛けてきた。
凄く鬱陶しかった。こっちは必死に情報を探しているのに、邪魔をしないでほしい。
苛立ちを言葉にするわけにもいかない。私は適当に愛想を振りまいて拠点を駆け巡った。
走った先で、黄色い声を上げる女子の集団を見かけた。
話を聞くと、解代さんと玖城さんがテントに入っていったらしい。二人きりで人目につかない場所に向かった。それで変な想像をしたようだ。
私は馬鹿馬鹿しいと
テントに踏み込むと二人がいた。夫婦の営み中ではなかったことに安堵したものの、彼らは何かを隠している様子だった。
点呼が終わった後で、私は忘れ物を理由にテントに戻った。調べてみると、テーブルクロスの裏に暗号があった。
『土中にUSBメモリ。制御室の端子に差せ』。その暗号を処分して地面を注視すると、土に掘り返した痕跡が見られた。
解代さん達が考え込んでいた辺りだ。意味もなく穴掘りをする歳じゃない。解代さんの手にUSBメモリが渡ったのだと確信した。
先を越された。心臓をわしづかみにされたような気分だった。
解代さんがメモリを提出すれば、次は工作員をあぶり出す作戦が始まる。拠点奪還作戦に参加した中で、単独で作業をした少年兵は限られる。私に白羽の矢が立つのは時間の問題だ。
いっそ脱出しようか迷ったけれど、ひとまず様子見を選んだ。私の偽名は人類軍にも知らせていない。特定される心配はないと高を括った。
私の想像とは裏腹に、プランテーション内で魔女狩りが始まる様子はなかった。
プランテーションに工作員が潜り込んでいる。解代さんからすれば一大事のはずだ。玖城さんとツムギさんの安全を第一とする彼が、意図して情報を伏せる理由は無い。
私は二つ可能性を考えた。
報告を受けた機械が情報を伏せて、
解代さんと玖城さんが、独自の判断で情報を伏せた可能性。
前者はどうしようもない。表沙汰になったのは作戦の成功だけだ。下手なアプローチは自分の首を絞める。USBメモリを取り返すのも諦めるべきだ。
後者ならやりようはある。上官にすら伝えていないとなれば、二人は味方にすら明かせない情報を手にしたことになる。
それほどまでに重大な情報。そんなの一つしか考えられない。おそらく彼らは、自分達のいるこの場所が機械領だと知ったのだ。
そんな情報をうのみにするとは考えにくい。解代さんは裏を取るべく、何らかのアクションを起こすに違いない。
情報を得るなら図書室だ。彼らにはマント所持の特権がある。上官相手に問うのは自殺行為だし、閲覧制限のあるデータを探る以外に選択肢はない。
危険極まりないけれど、またとないチャンスでもあった。
私は真実を知っている。彼らを説き伏せてメモリを回収するのは容易い。囮にすれば、制御室に忍び込む計画も現実味を帯びる。
図書館の物陰で息を潜めていると、自動ドアの向こう側に解代さんが見えた。彼は特権を二回使って、電子的な文字列に目を通した。
あまりに無防備で目に余った。私は手頃な紙をくしゃくしゃに丸めて、後頭部目掛けて投げ付けた。解代さんを盗聴盗撮の心配がないポイントまで誘導して、彼が欲しがっているであろう内容を口にした。
話は信じてもらえた。
協力の見返りとして脱出の足を提供した。脱出用の軍用車両を提供する気はなかったけれど、計画がうまくいけば車はどうにでもなる。車両収納の際にバックドアを仕込んでおいた私はやはり優秀だ。
その日の内に支度を済ませた。ドームの壁は堅牢で知られているけれど、数年前から薬品を掛け続けて腐食させた箇所がある。自前の爆弾でも破壊は容易だ。
ドームの腐食を確認して、見た目の劣化を塗料で覆い隠す。
砲弾薬の積載を理由に車両を持ち出した。隠しておいた爆弾を弾薬庫に隠して、作戦開始の時刻を待った。
午前三時。爆弾を遠隔起爆した。
遠くからの地響きを経て、施設内に警報がけたたましく鳴り響いた。人気のない廊下が騒がしさを増し、何も知らない同僚が正門に向かった。
私は幾多もの背中を見送って一人廊下を踏み鳴らした。警備用ドローンが出払ったのを見計らって制御室に侵入した。
速やかに端子の差込口を探した。該当する長方形の穴を見つけて、ポーチから引き抜いたUSBメモリを差し込んだ。
ボールペンを模したメモリの一部が緑色を灯した。仕込み完了の合図を目の当たりにしてメモリを回収し、足早に制御室を後にした。
廊下を疾走しつつ、先のことを考える。
ドームには、外の存在に対する迎撃機能が備わっている。
解代さんに用意した軍用車両は味方と認知される。ドームによる迎撃は起こらないし、そろそろ脱出が完了した頃会いだ。
じきに追跡班が構成される。適当なグループに混じって軍事車両に乗り込み、追った先でどさくさに紛れてフェードアウトする。それで工作員としての自分とはおさらばだ。
さて、どのグループに合流しよう。
フェードアウトが失敗した場合、私も脱柵を疑われて捕縛される。最悪仲間を撃って逃げる展開も起こり得る。
このケースを考慮すると、射殺しても心が痛まない相手と組みたい。ちょうどいい連中はいないだろうか。
脳裏に候補が浮かんだ。撃ち殺しても罪悪感を覚えずに済みそうな連中と言えば、あのグループを除いて他にいない。
方針を決めて靴先の向きを変える。逃げるついでだ、何か高価な物資でもくすねてやろう。銃撃戦で負傷したら事だし、医療用ナノマシンにしておくか。
医務室のプレートが目に入った。目的の部屋に靴裏を付けて、やたら高いと有名な高性能医療機器を探す。
手を動かしながら未来を想う。
あの三人が、無事人類領までたどり着けますように。
あの人でなし連中と合流できますように。
心の中で、ただ祈る。
死んでも継なげ 原滝 飛沫 @white10
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