第60話 工作員は見た③


「ねえ知ってる? 玖城さん懲罰受けたんだって」

「へえ」


 私は平淡な声で応じた。左頬に日光を照射されているような圧力を感じて、皿の上から視線を上げる。


「素っ気ない。もっと突っ込んでよぉ」


 友人が口をとがらせた。発言者からすれば重要なんだろうけど、正直興味がない。


「玖城さんとは大して親しくないし」

「親しくなくても人気者じゃん。あんまり素っ気なくしてると変なのに目を付けられるよ? まあ、ミハルのそういうところは好きだけど」


 赤鏡ミハル。施設に潜入した頃から使っている偽名だ。


 私は目立たない女子グループに属している。情報を集めるなら、玖城さんのいるトップカーストグループに属した方がいい。


 頭では理解しているけど、私には無理だ。あのグループには、解代さんをめた連中もいる。ああはなりたくないと心が拒否する。


 だから私はこれでいい。幸い友人がゴシップ好きだから、浮いた話には困らない。


「それで、玖城さんはどうして罰を受けているの?」

「なになに? 気になる?」

「ならない」

「またそんなこといってー。聞いた話じゃ、あの解代に嵌められたらしいよ? 玖城さんを巻き込むなんてひどいよねー。許せない」

「こら。何の証拠もないのにそういうこと言わないの」


 目を細めて叱り付ける。


 うわさ好きでお転婆などうしようもない同僚だけれど、それでも私の選んだ友人だ。そういうことはしてほしくない。


「でも、色んな人がそう言ってるよ? 玖城さんが訓練をサボって昼寝したなんて信じられないし、ファースト・マントが体に掛けられてたって言うじゃん。解代に悪戯されたって疑ってる人もいるみたい」

「下品な連中ね」


 ため息混じりの声が口を突いた。


 あんな事件があったのに、同僚は全く成長しない。あるいは、何も考えていないから教訓を得ることもないのか。いつの時代も加害者は無自覚だ。


「ねえねえ、ミハルはどう思う?」

「ノーコメント。さっきも言ったけれど、無暗に人を疑うのはやめなさい」

「火のないところに煙は立たないって言うよ?」

「よそから火種を持ち込んだクズがいるかもしれないでしょう?」


 犯人は予想が付く。大方、以前から解代さんを敵視している男子グループだ。頭のいい連中じゃないけど、うわさを広めるだけなら馬鹿でもできる。


 誰かから聞いた話だけど。


 これはうわさなんだけど。


 そんなワードで責任を逃れつつ、口の軽い連中にでたらめを吹き込む。真偽がどうかなんて、所詮他人事スタンスの同僚には関係ない。面白いかどうか判断して、愉快と思ったら脚色して友人と共有する。


 リーダー格の男子は解代ユウヤに憧れていた。認められようと足掻いていたけれど、弟に勝てないまま憧れの人物をうしなった。それ以来、あいつはねちっこく解代さんに絡んでいる。


 ふざけたうわさを耳にしても、解代さんは一向に否定しない。同僚からどう思われようと構わないのだろう。彼の孤独はそういう域にまで達している。


 先日中庭で行われた光景が脳裏をよぎる。


 せめて玖城さんが、解代さんの孤独をいやしてくれれば。そう願わずにはいられない。


「ところで、玖城さんは今何をしているの?」

「未開拓地域の安全確認をしてるってさ。無人兵器の撃破数を稼げないし、おまけにあいつもいるし、可哀想だよねぇ。おっと」


 友人が口元に手を当てる。


 私は呆れる代わりにお盆の両端を握り締める。


「もう行きましょう。混んできたし」


 チェアから腰を上げて友人に背を向ける。食器を所定の位置に置いて、廊下の床に靴裏を付ける。


 せわしない靴音が近付く。


「待ってよー」

「別においていかないわよ」

「本当に? 怒ってない?」

「怒ってない」


 怒ってない一方で苛立ちはした。


 それだけだ。絶交を叩き付けるには値しない。私も何だかんだ孤独は怖い。友人は多い方じゃないし、こんなことで縁を切るのは惜しい。


 差し障りのない会話で間をつなぐ内に、固く閉ざされた扉が視界に入る。


 制御室。ずっと前から狙っている部屋だ。


 人類軍は、プランテーション内の少年兵を助けようと戦ってきた。一度はドーム付近まで迫ったこともある。


 そんな彼らを待ち受けていたのは、ドーム表面に備え付けられた設備による迎撃だった。砲弾の雨はもちろん、噴出口からは致死性の高い毒ガスが噴出された。


 ドーム自体も頑丈で、戦車の砲撃でもヒビ一つ入らなかったと聞く。人類軍は少年兵を助ける一歩手前まで来て、ドーム前からの撤退を余儀なくされた。


 制御室を掌握できれば、ドームの迎撃システムを無力化できる。私がなすべきことはそれだ。


 問題は、クラッキングの難易度が高いことに尽きる。警備ロボットが四六時中見張っているし、私のクラッキング技術でどうこうできるとは思えない。仲間がツールを持ち込むまで待つしかないのが現状だ。


 その持ち込みがとにかく難しい。


 当時子供だった私が、工作員として育成された理由は一つ。子供として潜入する以外に方法がなかったからだ。


 ドームの突破は困難を極める。


 仮に突破できたとしても、機械軍は巧みな情報操作で少年兵を騙している。大人が説得を試みたところで、大人を模したアンドロイドと捉えられるのがオチだ。


 そこで子供に白羽の矢が立った。


 小さな子は怪しまれない。むしろプランテーションでの実験に有用なため、機械は積極的に子供を受け入れる。孤児のフリをすることで、私達はプランテーション内部に踏み込むことができた。


 容易というほど簡単ではなかった。潜入の途中で何人も殉職じゅんしょくした。


 それだけ犠牲を払っても、忍び込んだのは年端としはの行かない子供だ。成長が進んでは潜入自体が難しくなる。潜入指導に時間を取られて、プログラムを組み上げるスキルまで身に付ける時間はなかった。


 最近は前線を押し戻しつつある。この調子でいけば、そう遠くない内に拠点の奪還をかけた作戦が行われる。本当の仲間がクラッキングツールを仕込むならそのタイミングだろう。


 必ず一矢報いてやる。


 私は制御室の扉から視線を外して、友人との談笑で廊下を賑わせた。

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