第59話 工作員は見た②
久々の休日。辛気くさい空気が嫌で独り外に出た。
プランテーションはドームに覆われている。外の様子は見えない。
外から見た景色は覚えている。いざという時のために、逃げるためのシミュレートもこなした。実際にやるかはさておき、もしもに備えておいて損はない。
歩き回って痛感する。やはりここは機械の領土だ。
人を大勢居つかせる構造をしていない。娯楽施設の敷地は狭く、大人用の施設は皆無。プランテーションの設備維持どころか、カウンセリングすら人工知能が行う。大人を徹底的に排斥したこの環境は異常だ。
異常。
そう判断できるのは、私が外の世界を知っているからだ。
元々ここで育った子供は違う。彼らにとっては、今住まうこの区画こそが普通なのだ。少年兵の大半は、大人になる前に戦死する。
彼らにとってはそれが『普通』。大人無き環境を異常と認識するのは不可能だ。
哀れに思っても、その情を表には出さない。
たまに入れ込み過ぎる自分がいる。潜入当初は、機械に騙されて兵に身を堕とす連中を小ばかにしていた。頭にスポンジを詰めただけの人型とすら思っていた。
今はそう思わない。
正負問わず、様々な感情に翻弄される姿はまさしく人間だ。最低な連中もいる一方で、好ましい気質の同僚もいる。その辺りは人類領の人間と変わらない。
特に解代さん。頬に滴の軌跡を残しながらマントを抱きしめる姿が、今もまぶたの裏に焼き付いて離れない。
強すぎる負荷がかかった時、心は自身を守るために感情を麻痺させる。
解代さんの心には、短期間の内に多大な負荷がかかった。常人には耐えられない孤独も、何食わぬ顔で享受するようになった。
おそらく解代さんの感情は麻痺している。
私も経験があるから分かる。小さな刺激では感情が揺れず、周りからは不気味に思われて距離を置かれる悪循環。自分から抜け出すのは困難を極める。
外から得られる刺激は豊富だ。それらをシャットアウトすることは、多くの可能性を放棄するに等しい。再び同僚と笑い合える日が待っているかもしれないのに、どうせ駄目だと心が拒絶するようになる。
プランテーションを出れば、事件と関わりのない人であふれる場所に行ける。孤独で潰れる前に出してあげたいけれど、役目がある私にはどうしようもない。
ひどくもどかしい。
自身の苛立ちと戦う内に、他の施設から一人の少女が移ってきた。
名前は玖城ミカナ。凄く綺麗な子だ。少なくとも、彼女と並ぶ容姿を施設内で見たことはない。
案の定、玖城さんの周りには人が集まった。
盗み聞きした限りでは、玖城さんは別の施設でそこそこ優秀だったらしい。マンネリ化して成績が伸び悩み、見かねた上官が働く環境を変えさせたようだ。
私の障害にはなり得ない。判断して放って置いた。
ここ最近は方針を変えた。特権欲しさに、マントを狙ってみようと考えた。
図書室には、閲覧制限の掛かったデータがある。さりげなく上官に聞いたところ、特権を使えば閲覧できる可能性が浮上した。
私は工作員だ。仲間と接触した時のことを考えて、ここでしか得られない情報を収集する義務がある。
首席奪取は早々に諦めた。解代さんの射撃能力はダントツだ。優秀な私でも勝てる気がしない。
狙うべきは、次席に与えられるセカンド・マント。そう思って励んだものの、いささか見通しが甘かった。
障害となったのは玖城さんの存在だ。天性の才とは違う一方で、キビキビした動きや正確な銃撃は相当な積み重ねを感じさせる。
解代さんと違って、周囲とコミュニケーションを取るのも上手だ。上司からの評価も高い。そこそこの成績を目指して手を抜いてきたのが
セカンド・マントは玖城さんが所持することになった。
ある意味、それは幸運だった。
とある休日の話だ。散歩に出かけた先で、落書きされた壁を見つけた。呆れたのは一瞬のこと。すぐに暗号だと気付いた。
マントはフミエ。
おそらくは踏み絵。それを仲間へのメッセージと受け取るなら、マントは私達をあぶり出すための罠ということになる。
機械に捕縛されたのだろうか。私と同じ境遇の、誰かが。
想像して身震いした。久しく感じなかった死が脳内を埋め尽くした。
思えば、最近の私は活動的になりすぎていた。大人しかった兵士が突然活気づけば、何かあったと勘繰られて当然だ。
私は目を付けられないように、少しずつ成績を下げた。
検問に怯える日々を送ったけれど、それは杞憂に終わった。玖城さんがいい具合に隠れみのになってくれたと思う。
彼女が台頭した頃には、すでに人気者の地位を獲得していた。取り巻きを侍らせてセカンド・マントをたなびかせる。見眼麗しい少女が、筋肉隆々とした同僚を従える姿は絵になった。
解代ユウヤと似通った、それでいて少し異なる英雄的資質。ここまで立て続けに優れた人材が続くと、何らかの因果関係を疑ってしまう。
かつて世界大戦で敗戦した帝国には、ルーデルから始まる超人が何人も集まった。
プランテーションを潰すエックスデーは刻々と近付いている。悲惨な未来が確定したことで、この場も覚醒しやすい土壌になっているのだろうか。
ある日。その優等生が射撃訓練を抜け出した。
気になって後を付けると、たどり着いた中庭に解代さんの姿があった。
まさか逢引?
頭お花畑なその誤解はすぐに解けた。日向ぼっこする解代さんの前で、玖城さんがお叱りモードに入った。
ファースト・マントを得てから、解代さんは訓練をサボりがちになった。
入手に苦労したマントにも、前ほどの執着は見られなくなっていた。時間を経て、マントをただの布と再認識したのかもしれない。土で汚れるのも
その怠惰な在り方を見かねたに違いない。玖城さんが解代さんの腕をつかんで引っ張った。何がよろしくないのか、解代さんは大声でよろしくない! と叫んでいた。
まあ、よろしくないのは確かだ。
怠け者の首席と優等生の次席。
見方を変えれば嫌われ者と人気者。色んなうわさが飛び交いそうだし、解代さんが玖城さんを熱烈に抱きしめた。友人が見たら、黄色い声を上げること間違いなしだった。
解代さんの身体能力は高い。次席の玖城さんでも抵抗は難しい。
助けるべきか?
廊下を蹴りかけた時、解代さんが玖城さんを解放した。
もう少し観察したいところだけど、私はお手洗いを口実に訓練場を抜け出した。あまり遅くなるとサボりだと咎められてしまう。
後は玖城さんの自己責任だ。この日は二人に背を向けた。
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