第58話 工作員は見た①


 物心付いた頃から、工作員として生きることを定められていた。


 苦には感じなかった。銃のあつかい、変装、鍵の解除。その他もろもろを小さな頭の中に詰め込んで、知識や技術として身に付けた。


 修練は十分と判断されて、私は難民に紛れ込んだ。潜入に成功して機械軍の施設に紛れ込んだ。


 他にも仲間が送り込まれた。親しくもない子達だ。ヘマをして拷問されても、顔や声すら分からない。心を痛めることはない。


 両親を失った不幸な子供として生きる。


 同情くらいされると思ったけど、そんなことはなかった。


 周りも不幸な子供ばかりだった。勉強や運動を頑張って、自らの有用性を機械にアピールしなきゃいけない。自分の人生を生きるので精一杯だ。


 私も努力した。死に物狂いで頑張っている、そう見えるように努力した。


 平均的な成績は目立たない。


 目立たないがゆえに対策される。工作員が紛れこんでいるなら、意図して平均を狙うのは目に見えているからだ。機械は人を超えた知性を有する。考えは読まれる前提で動かないと命が危ない。


 私は少し優秀な子供を演じて、訓練生の立場までこぎ着けた。


 正直一番辛かった時期だ。


 授業で困ったことはない。運動は得意だし、学ぶ内容も外で習ったことばかり。成績面で悩む要素はなかった。


 問題は日常生活にあった。知能レベルが違いすぎて、話の合う相手がいなかった。


 男子にはスカートをめくられた。名も知らない人から好意を告げられた。それが原因で、女子に嫉妬されてグループからはぶられたこともあった。


 思い返すだけで頭が痛くなる。どこに行ってもぎゃーぎゃーうるさいし、心が参ってしまいそうだった。


 少年兵としての活動が本格化してからは、そういったわずらわしさはなくなった。


 作戦は命のやり取りが絡む。体は子供でも、子供のままでいる者は秒とせず土に還る環境だ。実践を経て、周りの精神年齢が上がったのを肌で感じた。


 いや、たぶん逆だ。誰かに庇護を求める子が脱落して、順応性の高い子が生き残る。そうやって練度を積んだ少年少女も、大半が成人するまでに凶弾で沈む。プランテーション内の大人が異様に少ないのはそれが理由だ。


 彼らは、自分達が機械軍に踊らされていることを知らない。人類軍のために戦っていると信じて、機械軍のために死んでいる。


 滑稽だ。


 それ以上に機械が憎たらしい。人の覚悟を、誇りを、命を一体何だと思っているのか。


 いきどおっている自分に驚いた。長い間共同生活をするうちに、年の近い同僚に愛着がわいたのかもしれない。


 怒りはしても、それを表に出してはいけない。


 真実を知っているのは私だけだ。私が失敗したら、どのみち同僚は助からない。


 感情を内に秘める訓練は積んできた。真実を胸に秘めたまま、気が熟するまで一兵士として日々を送った。


 ターニングポイントとなったのは、一人の人気者が凶弾に沈んだ出来事だ。


 疲れた人間は娯楽を求める。 


 戦場では、いつどこから敵に撃たれるか分からない。心にかかるストレスは相当なものだ。解消するには相応の刺激が要る。


 プランテーションは娯楽が少ない。それでもうまい具合に回っていたのは、人気者こと解代ユウヤの存在が大きかった。


 皮肉にも、いじめという行為はストレス発散に都合がいい。興奮することで快楽物質が分泌される上に、誰かを見下すことで優越感に浸れる。自分より不幸な者を見て心をなぐさめることもできる。


 解代ユウヤは、そういう方向性に走る弱い人達をかき集めていた。苛立ちを自身に向けさせることでいじめを抑止し、運動させて心と体を鍛えさせた。


 怪訝な顔をされても家族のように寄り添い、前を向けるまでにこやかに導く。上司とも教官とも違う。どこの誰が言い出したか知らないけれど、兄貴という表現は言い得て妙だ。


 肉弾同好会の活発化に比例して、全部隊の成績も向上した。敵の侵攻を食い止めるばかりだった状況が好転し、少しずつ押し返すまでに至った。時代が違えば、彼は英雄と称されたかもしれない。


 解代ユウヤの厄介な点は、その存在自体にある。


 ただそこに立つだけで周りの士気が上がる。声を上げれば数十の雄叫びが上がる。優秀な個なのは間違いないものの、それ以上に集団を鼓舞する点がうっとうしい。


 正直始末すべきか迷った。


 解代ユウヤは傑物の類だ。生きている限り、戦局に影響力を発揮し続ける。未熟な少年兵も面倒な戦力に化ける。彼らに壊されるのは人類軍の無人兵器だ。非常に好ましくない。


 かといって下手に動けば、機械に疑いの目を向けられる。捕縛されたら逃げる手段がない。私は指をくわえて傍観するしかなかった。


 そんな時に、解代ユウヤが戦死した。流れ弾で脳天を撃ち抜かれたらしい。英雄の死としては、あまりにもあっけない最期だ。


 抑止力を失って、未熟さゆえの残酷性が顔を出した。


 心と体を鍛えても、人の性根は簡単には変わらない。精神的、肉体的に追い詰められれば、理性で制御できていたものが雪崩なだれのごとくあふれ出る。


 あんじょう、小畑を対象にしたいじめが横行した。無視や罵声では飽き足らず、殴る蹴るといった直接的な暴力が流行った。


 それは一種の祭だった。誰かが小畑を攻撃すれば、面白がった人も参加して袋叩きにする。英雄的な人物の死は、直接関係のない同僚にも影響をおよぼした。


 英雄の死は人類軍に好都合。


 そうやって素直に喜ぶには、私はまだまだ子供だった。人情を捨てるのも仕事の内なのに、不思議と左胸の奧が痛んだ。


 不幸はさらに続いた。あろうことか、ユウヤの弟に濡れ衣が着せられた。一人いじめを止めようとした勇気ある少年が、同僚にはめられて懲罰房に入れられた。


 気持ちは理解できた。


 解代ユウヤ亡き状況下では、暴徒を止められるカリスマはいない。うかつに弟の潔白を告げ口しようものなら、次にいじめられるのはその人物だ。


 自殺者は地面で血潮をぶちまけていた。インパクトのある死に方だ。自分もああなりたくないと自己保身に走るのは人情だろう。


 だからだろうか。解代ジンと仲が良かった二人は告発しなかった。


 正確にはできなかったのだろう。柿村姉妹は監視されていた。姉が告発を制止すべく、妹相手に声を荒げた光景は記憶に新しい。あの妹は姉を持って幸せだ。一人っ子だったら次のターゲットは間違いなく彼女だった。


 とはいえ、現状放置では解代ジンがあまりに不憫だった。


 幸い、私の手元には証拠があった。いじめの件で、誰かがトカゲの尻尾切りに遭う事態は想定していた。矛先が私に向くことを懸念して、秘密裏に音声や写真を確保しておいた。


 私はそれらを付属して、上官に匿名の手紙を出した。

 

 告発は成功したけれど、解代ジンは別人のごとく冷めた性格になった。


 友人が呼び掛けても無視する始末。おもんばかっての態度なのは想像が付くけれど、肝心な柿村姉妹には伝わっていない。つくづく不憫な人だ。


 独りになってそのままふさぎ込む。当時はそう予測した。


 意外にも予想は外れた。何か目標を見つけたのか、精力的に訓練に明け暮れた。正確だった射撃がさらに研ぎ澄まされ、針で糸を縫うようなレベルに至った。独断専行で減点されながらも、それをかき消すほどの撃破数を叩き出し、解代ジンは難なく成績トップの座をもぎとった。


 強い孤独と怒りで奮起したと見るべきだろうか。皮肉にも、英雄の死が新たな英雄を覚醒させた。


 解代ユウヤと対照的な、極めて優秀な個。


 脅威ではあっても兄ほどじゃない。疎ましく思う人が多い上に、成績につながる撃破数を周りから奪う。当然士気はダダ下がりだ。孤立はさらに深まる。


 周囲に迷惑を掛ける一方で、人情はまだ持ち得ているようだ。解代ジンがファースト・マントを受け取った際には、陰ながらマントを強く抱きしめていた。元々は解代ユウヤが身に付けていた物だ。彼にとっては形見の認識なのだろう。


 これから孤独な人生を生きる彼にとって、兄の形見はなぐさめになる。微かでも救いがあってよかったと思う。

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