第57話 孤独


 小畑が真っ赤に爆ぜていた。


 屋上に靴を並べてからの飛び降り自殺。小畑の死はそういう風に処理された。


 人の死。無視するにはあまりに大きい出来事だ。


 施設内でも問題になった。上層部が重い腰を上げたことで、本格的に犯人探しが始まった。


 犯人は分かり切っている。大人数でのいじめだ。目撃者はそれこそ数多いる。すぐに主犯格の鎌木やその他が浮上するだろう。


 少なくともジンはそう思っていた。


 現実は違った。いじめの主犯格としてジンの名が挙げられた。それも一人や二人じゃない。同僚の大多数がジンの名を挙げたらしい。


 鎌木達に脅されたのか、あるいは新たなターゲットにされることを恐れたのか。


 いずれにせよ、ジンの味方をする者はいなかった。身の潔白を訴えても聞き入れてもらえず、軍帽会議に掛けられて懲罰房に入れられた。


 むせかえるようなカビの臭気。日の光はほとんど入らず、壁面もドス黒く穢れている。質素なベッドやトイレがあるだけで、娯楽の類は一切見られない。


 狭い、暗い。外が昼か夜かも分からない。


 気分が闇に引きずり込まれていくかのようだった。じっとしているだけで目頭が熱くなる。


 冤罪を掛けられたことへの悔しさはある。怒りもある。


 何よりユウヤが愛し、守ろうとした同僚のせいでこうなったことが悲しかった。


 みんな成長したと思っていた。


 あの恐喝三人組と小畑でさえ仲良くした時期があった。ユウヤと接した人間は良い方に変わる。無意識にそう思い込んでいた。


 現実はこの通り。ユウヤの死を理由に小畑をなぶり殺し、あげくその罪をジンに押し付けた。


 どこまでも汚い卑劣な人型。腹の底が煮えて溶けだしそうだった。本当に守る価値があったのか、もはやジンには分からない。


 何日経っただろうか。息をするだけの空間に照明の光が差し込んだ。


 懲罰の期間は終わった。ジンは久々に廊下の床を踏み鳴らす。


 上司の執務室に、ジンの潔白を訴える手紙が置かれていたらしい。証拠音声や映像が確認されて、鎌木ら主犯格が捕縛された。


 終わったのは事件だけ。


 真犯人が捕縛されても、ジンを取り巻く環境は変わらない。かつて話した友人に声を掛けても、ジンの姿を見るなり離れていく。


 本来なら怒ったり悲しんだりする場面だ。冤罪は晴れたのに何故距離を取るのかと、詰め寄って胸倉をつかみ上げるくらいは許されるだろう。


 だがジンはそうしなかった。早々に心の整理を付けて、進んで孤独に身を落とした。


 孤独に追い込まれる環境は、今のジンには都合がよかった。


「解代さん」


 廊下の角から少女が飛び出す。


 吹けば飛びそうな儚さがある。おさげを垂らした顔立ちには、バツの悪そうな微笑みが浮かんでいる。


 リュミは器用な人間じゃない。大方、ジンの味方をしなかった罪悪感を抱いているに違いない。


 昔からの知り合いだ。リュミなら今までのように接してくれる。


 ジンは直感して足を前に出す。


「リュミ」


 どのツラ下げて関わるつもりだ? 


 誰かに問われた気がして足を止める。


 いじめの件に関わるな。その忠告を無視したのはジンだ。意地を張った結果が冤罪による投獄。自業自得の側面がある。


 誰かが手紙で告発したことは、すでに施設中に広まっている。一部では、その告発者を探す動きがあるという。


 告発で得をしたのは、懲罰房から出られたジンだけだ。告発者はジンと親しい、もしくは好意を抱く人物と推測される。


 ジンと関わることで、次はリュミ達がターゲットにされるかもしれない。


 地面に紅い花を咲かせた亡き骸が脳裏をよぎった。最悪の想像に囚われて、喉が干ばつのごとく干上がる。


「解代、さん?」


 呼び掛けに言葉を返せない。


 何でもないと告げて近付きたい。誤解されないように、内心思ったことをぶちまけたい。


 でもそれはできない。


 ここで返答すれば会話が始まる。笑みを交わすジンとリュミを見て、周りがどう思うかは明白だ。


 ここでリュミを拒絶すれば、きっとマキは怒る。ただでさえシスコン気味の姉だ。絶交を突き付けられたらジンに味方はいなくなる。


 そもそも二人が告発した保証もない。ジンとの絆より有象無象を選んだ。そんな相手と仲良しごっこをするほど滑稽こっけいなこともないだろう。


 ジンは深く空気を吸い込み、意を決してリュミとすれ違う。


「もう、話し掛けないでくれ」


 背後で息を呑む音が聞こえた。ジンは拳をぎゅっと握り締める。くちびるを噛みしめて、友人との絶交を遂行した。

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