第9〜10小節

 第9小節


 灯里は自宅に着くと、あかねの右の前足の包帯を取る。


「この怪我……、誰がやったんだろうね」


 灯里の問いにあかねは答えない。


「あかねちゃん、今日から、うんと可愛がってあげるね!」


 灯里はあかねの右足に手を伸ばし、笑みを浮かべる。


 あかねは鳴き声を上げた。



 第10小節


「天音ちゃんは見つかった?」


 灯里の問いに天音は答える。


「ああ、きっとこれが答えなんだと思う」


 天音はため息を漏らす。


 放課後の音楽室には、灯里と天音の二人きりだった。


 天音はピアノに向き合う。


 ピアノに向き合い、そっと指を鍵盤に添える。


 紡がれるメロディは、穏やかで天音の思い描くソの音だった。


 天音の理想のソの音は、あの子猫の甘えた鳴き声だった。


「……次は灯里の番だな」


「うん、ありがとう」


 軽やかに指を広げる。


 そして紡がれる灯里のラの音は、正確に捉えられていた。


 まるで、あかねの痛みの鳴き声を再現するかのように、何もかもが完璧だと天音は感じた。


 天音は思い返しながら、ピアノの音色に身を任せる。


 夕暮れに染まる音楽室には、四つの音が奏られていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソの間 芦屋奏多 @yukitotaiyonohi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ