ガタンと大きく揺れて、目を開いた私の視界に広がる山鳩色。


固いその生地はきっと上質なもの。





停車した列車から消えゆく人影は私達二人だけ。


無人駅と化しているこの駅に何があるのだろう。


目につくのは錆びた改札口と拠れた掲示板のチラシ。


その一枚は大きく貼られていて、下からはよく見えないが何かの呼びかけ広告の湯に見える。





それを見ていると、内容は解らずとも体が動かなくて、手を引いてもヨロヨロとした足取りの私に彼は目線を下げる。





「どしたん」





無言の私の視線を追って彼もその広告を見た。


彼の背丈からは良く内容が見えるに違いない。


彼の反応をじっと待つ。





目を細め、歯を食いしばるような彼に私は首を傾げる。


彼はあろうことかその広告を大きな手で掴んで破り捨てた。


面影も無くなったちり紙を握りつぶした彼に少し恐怖心を抱く。


目を見開く私は駄々をこねるように彼の手を引いて改札を抜け、あるはずのない急行列車に乗り込んだ。





乗務員の走る売店で彼は何かを買っている。


私は治まらない動悸に耐えながら椅子の上で濡れた靴を見つめていた。


ふと首から掛けられた可愛い犬のポーチ。





「飴、入れといてやるからな」





霧雨が続いて、彼は私を庇うように抱き寄せて揺れる。


渡された切符は発券機から乗り込むときに濡れてしまって、柔らかくなる。


それでも広がらないインク。


なのに行き先の字は読めなかった。


漢字が、読めない。





列車の窓から見下ろせる住宅街。


丘の上に走る列車から見える街は、ひどく小さく遠く。


蔓延る雲に隠れていった。





何も見なくていいと天までが味方をしているように。





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mariage. @orca05

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