mariage.

@orca05





「飴、食うか」





懐かしい匂いがした。


短い間隔で襲う揺れは内臓にとどまらず脳にまで振動する。


私が頷くと、その匂いの根源はいつの間に買ったのか知らないフルーツのパッケージの飴を一つ。


ご丁寧に包装紙を破いて私の手に落とした。





手に落ちる雨は着色料の紅を纏い、頭上の照明を反射して見せた。


思わず手に乗せたまま声を漏らすと、彼は嬉しそうに「溶けるで」と言って目に掛かる前髪を撫でてくれた。


慌てて口に含むと鼻を抜ける林檎の匂い。


ぎこちない酸味に隠されたこの甘味は、子供心に私の精神を逆撫でした。





歯に当たる飴の音を鳴らして。


関西弁の男はこの飴のように赤い不自然な瞳を霧雨の降る車窓に向けて黄昏れる。


少し先の、停車駅の表札に。





揺れている膝は落ち着かなくて、その横顔を私はじっと見つめていた。





この人を見ていると脳の奥がくすぐったくて、昔の無垢な私を見る父や兄のように重ねてしまって。


何でかは分からないが、全くの他人であるこの人に身を委ねられてしまう気がしてならない。





そんな人が不安そうな顔をするもんだから、私は意味も分からず身寂しくなって。


思わず服に隠れた父のような逞しい腕に抱きついた。





驚いた彼は私の顔に反対の手を伸ばしかける。


その手は私に触れることなく下げられて、揺れを鎮めた膝の上に落とされた。


その人肌を感じてしまうと最後。





伝わる体温が心地よくて、本能的な眠気に抗えないまま目を閉じた。


口の中の飴は呆気なく私の脚を伝って床に落ちて、硝子玉のように砕けて消える。


その幻想を最後に、私は彼の温もりを抱いて眠りに落ちた。





もう、何処へでも行ける気がしてしまったから。





これは夢なのだと錯覚したまま。





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