第八話
ずっと、ずっと夢に見てきたアリアとの婚姻。式は我が領地で行われる。
今日というこの素晴らしい日を、私は一体どれほど長い年月待ち続けたのだろうか。
正装に身を包み一足先に会場入りをした私は、アリアの登場を今か今かと心待ちにしていた。
愛しい彼女はこの国の風習である自身の父親と共に入場する為、まだ姿を現していない。
(……本当に長かった)
アリアと初めて顔を合わせたあの日を、私は一度たりとも忘れた事はない。
あの出会いの日の思い出は今でも決して色褪せない、私にとってのかけがえのない宝物だ。
出会ったあの日から、そしてアリアを手放さないと私自身の深い想いを自覚したあの瞬間から、ずっとこの日だけを待ち望んできたんだ。
(あと少し)
色々な意味で緊張していた私は、いつの間にか司祭の花嫁入場の合図がかかるまで一人過去に想いを馳せていた。
そして司祭の声がする方へと慌てて目を向けると、ちょうど花嫁姿のアリアが姿を現した所だった。
彼女は義父上にエスコートされ、私が待つ祭壇までの道のりを一歩、また一歩とゆっくりとだが着実に向かってきていた。
アリアが一歩進むごとに私達の距離が縮まっていくこの時間が、酷く長いような焦ったいような、しかしそれとは反対にとても短いようななんとも不思議な感覚がした。
緊張しているのは私だけではないようで、クレイン侯爵の隣にいるアリアも表情こそベールで隠れているが、いつもと違った硬い雰囲気を纏っているのを肌で感じた。
(アリア……)
私の待つ祭壇の前で歩みを止めた侯爵は、私の目を真っ直ぐ見つめ彼女をエスコートしていた腕を前へと差し出した。
「アイザック、娘をよろしく頼む」
「はい、必ず幸せにします」
愛娘を私に託した侯爵は、普段の冷静な表情を崩しておらず、私の目には何一つ変わらないように映った。
だが一瞬、過去に侯爵の表情が大きく動いたのを見た事があったと脳裏に過った、それが一時期悩まされていた夢でなのか、現実なのかは忘れてしまったが。
アリアの手を引き司祭の前に二人で並んだ私達はそれぞれ誓いの言葉を順番に述べていき、最後に誓いの口づけを交わす際、私は小さくアリアに向けて囁いた。
「これからはずっと一緒だ。永遠に愛してるよアリア」
「私も愛しています」
そっと口づけを交わした瞬間、会場の参列者から溢れんばかりの盛大な拍手が送られた。
今日の式を見届けた司祭は、新たに夫婦となった私達へ向けて祝福の言葉を送ってくれた。
「新郎アイザック・レスター、そして新婦アリア・レスター。お二人の婚姻、司祭である私が女神様に代わりしかと見届けました。未来ある貴方方の進む道が、どうか明るく照らされ続けますように。そしてお二人に、永遠の女神のご加護があらん事を」
アリアと二人で式場の外に出ると、新しく迎えられた花嫁を一目見ようと教会の正門の外側に、人が集まっているのが目に入った。
中には祝いの言葉を口にしている者達もいて、こうして他人にアリアとの婚姻を祝福される事がこんなにも私の心を深く満たしてくれるとは、以前の私では到底知り得ない感覚だった。
この言葉では表しがたい己の気持ちと向き合っていると、ふと横にいるアリアが口を開いた。
「実は私、本当は少しだけ不安だったんです」
「それはどうして?」
「領民の方に受け入れていただけるのか、私がアイザック様の横に胸を張って立つことが出来るのか。ずっと不安だったんです」
「アリア」
「でも、私は逃げません。アイザック様の隣は私だけのものだと、胸を張れるように。今よりもっと努力していきます。だから、どうかずっと側にいてくださいね」
「もちろんだよ。私もアリアに愛想を尽かされないように今以上に努力する。だから二人で歩んでいこう」
「はい」
昔はこんな風にお互いの気持ちを伝えあう事が大切だなんて考えた事もなかった。
貴族は本音を笑顔の裏に隠す。そうやって生まれてからずっと生きてきたから、私達にはそれが当たり前だった。
でもあの日、勇気を出してアリアと話してから私の世界は大きく違うものとなった。
相手が考えている事を予想するのではなく、本人から聞く事で誤解すらも解く事が出来る。そんな簡単な事すら私は知らない愚か者だった。
(どうして、昔の私はもっと早く動かなかったのだろう)
だからこそ今の私はアリアとの対話を何よりも大切にしたいと考えている。
思っているだけでは相手に伝わる事はない。以前の私達は圧倒的に対話が不足していた。
いい機会だと思い、こちらを見ている領民に見せつけるようにアリアの腰を抱き口づけをすると、何故かあちこちから悲鳴のような声が聞こえてきた。
顔を真っ赤にして震えている愛しい妻を見下ろすと、彼女は誰にも聞こえないような小さな声で私の行動に抗議した。
「アイザック様、人前はダメです!!」
「ははっ、今日は無礼講だよアリア」
恥ずかしがっている彼女を宥め、ふと空を見上げるとまるで今の自分の心を現しているかのように雲一つない晴天だった。
天候すらも私達を祝福してくれているように感じ、ここへ来てようやく私の心は暗闇から日の当たる場所へと移る事が出来たのだと実感が沸いた。
そして愛しい妻へと視線を移せば、同じように空を見上げていた彼女は私と目が合うなり小さく微笑んだ。
アリアの薄く壊れそうな身体を優しく抱きしめ、私はそっと呟いた。
「アリア、愛してるよ」
「私もアイザック様を愛しています」
控えめに抱きしめ返してくれた彼女の熱が、私の全身に急速に広がっていくのが分かり、私の中で仄暗い何かが動くのを感じた。
アリア。
この先の長い人生、もしかしたら貴女の心が私から離れそうになる出来事が起こるかもしれない。
だけど私はこの先、アリアの心を得る為ならばどんな手段でも使うだろう。
なにも以前ように紳士で居続ける必要なんてない。
もう昔の私達ではない、お互いを想い言い合える仲なのだから。
(ようやく私の元にアリアが帰ってきてくれた)
(不甲斐ない私だけど、今度は二度と間違えないからね)
「やはりこの光景が私の現実だ。悪夢など二度と見るものか」
「アイザック様?」
「何でもないよ。さぁアリア、領民にお披露目しよう」
「え、ええ」
横で不思議そうにこちらを見上げる、妻になった愛しいアリア。
私はもう二度と間違えない。
だから大丈夫。私はこの先、何があっても幸せだろう。だって隣には
【改稿版】その瞳に魅入られて おもち。 @motimoti2323
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