第七話



 しかし相手はどこまでも言葉の通じない未知の生き物だという事を忘れてはいけない。

 案の定ひと月もしないうちに私の前に姿を現した。


 「アイザック様、こんなのあんまりだわ!!」


 目の前で我が家の騎士達に取り押さえられた女は、どこにそんな力があるのか既に拘束されているのにも関わらず、更に抵抗を続けなおも拘束から逃れようとしていた。


 「何度も伝えている筈だが、私はお前に名を呼ぶ許可は与えていない。一度目はアリアの父君である侯爵の顔を立てる為お前を見逃したが、二度目はないとはっきりと忠告したはずだ」

 「違う、貴方はアリアではなく私を愛しているはずよ!!」

 「私がお前を好きだった事など過去一度もないし、未来でもあり得ない話だ」

 「どうして……どうしてこんな事になってるの?」

 「どうしても何も、お前に好意を抱いた事は一度もない。それが事実だ」


 信じられないと驚愕の表情でこちらを見つめてくる女に、もはや同情の余地はない。

 そもそも同情した事など一度たりともないが、この一件で少しの情けをかけてやった事さえも心底後悔した。

 本当にこのバケモノは何度相手にしても会話が成立しない。その事への苛立ちが回数を重ねるごとに増していった。

 私には過去、現在、未来、どこを取ってもアリアしかいない。

 アリア以外はあり得ないと言うのに。


 「そんなっ、アイザック様は私の事を愛しているのでしょう?」

 「何をもってして私がお前などを愛しているなどと思い違いを起こしたんだ。普通ならあり得ないだろう。私はお前と二人きりになった事も、まともに会話をした事すらないというのに」

 「私を見つめるアイザック様の瞳はいつだって優しかったわ!貴方は私を愛してる、お願いだから目を覚まして!!」

 「危害を加えられていない状態で、相手に対し不躾な態度を取る人間こそ頭がおかしいとは思わないのか。今までは実害がなかったから不快な相手に対する態度と同じだったんだ。だが今は違う。私とアリアの邪魔をするお前は、私の中で明確な敵だ」


 この女は私がどれほどアリアを求めているのか、まるで理解していない。

 アリアでなければならない事実も、私の心の隙間を埋める事が出来るのも、アリアでしかあり得ないというのに。

 そんな簡単な事も分からないで、私がお前を愛しているなどと戯言を抜かすだなんて……。


 「あのまま男爵領で大人しくしていれば身の丈にあった幸せが掴めただろうに。約束を破ったのはお前自身だ」


 今だもがく目の前の女を無視して私は騎士達に指示を飛ばす。

 不法侵入をした不審者はきちんと牢屋に繋いでおかなければならない。

 万が一にもアリアと接触する事があってはならない。

 引きずるように連れていかれる女を目に留め、ふと私は冥土の土産として最後の言葉を送った。


「お前が何故私にそこまでの執着を見せるのか今更知ろうとも思わない。だがこの先、万が一にもアリアが私の元を離れる未来があったとしても、お前が私に選ばれる未来など永遠に訪れない」


 はっきりと告げると今まで元気に叫んでいた女は、見違えるように大人しくなった。

 二度と会う事も、その姿が視界に入る事もない。私はようやくまともに息を吐く事が出来た。


 あの後男爵家へと連絡を取り不審者を引き取りに来て貰った。

 男爵夫婦は終始平謝りだったが当然私は許すつもりがなかったので、自領での軟禁では逃げられた現実を伝え、不審者には本人に相応しい場所での生活を提案した。

 提案という名の強制ではあるが、本人にとっては命があるだけマシなのではないだろうか。

 最も規律の厳しいと言われている辺境の地にある修道院へ行ってもあの女はきっとまた逃げ出すだろう。

 これは予想ではなく確信だ。私のあの言葉だけで、あれが諦めるとはとても思えない。


 だからこその辺境の修道院なのだ。

 あの修道院が厳しいと言われている本当の意味を、正しく理解している人間は一体どれほどいるだろう。

 普段の生活はそこまで規則も厳しくない、むしろそこら辺にある修道院よりもずっと緩いだろう。

 では何故規律の厳しい修道院と言われているのか……それは単に逃げた人間や規則を破る人間に対してだけだ。


 聡明な者ならば、規律の厳しい修道院だと聞いているのに実は全く厳しい雰囲気がない時点で何か裏があると気付くだろう。

 逃走を図る人間や場を乱す者をふるいにかけ、選別する為だけに普段は敢えて緩い規則になっている事をあの女が気付く日は来るのだろうか。

 もし気付いて大人しくしているならそれも良し。もし気付かず逃げ出すならばあの女の行先は今度こそ地獄だろう。

 あの修道院がどんな目的で作られ、何をしているのか、気付く事が出来たなら修道院でもそれなりの幸せを得る事が出来るだろう。


 だが私は確信している。

 あの女は必ず修道院を抜け出し、その後巡るであろう悲惨な末路を。


「散々私とアリアの邪魔をしたんだ。きちんと償いはするべきだろう。なあ、?」


 ようやく邪魔な害虫を駆除する事が出来た。

 目の前の机に積み重なっていた害虫関連の書類を暖炉に放り投げ、あの女に関する痕跡の一切を処分していく。

 私の手元に残るのは、アリアに関するものだけでいいのだから。


「アリアに会いたい」

 

 心のままに呟いた私は、手元にある彼女から届いた茶会の招待状にそっと口づけをし、意識は既に数日後に迫っているアリアとの逢瀬に向かっていて二度と害虫などに向く事はなかった。

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