第六話



 私達が躍り終わるとまるでタイミングを見計らったかのように、ケインズ男爵令嬢がこちらへ向かってくるのが見えた。


 「ごきげんよう、アリア。今日のドレスとっても素敵だわ!」

 「まあエミリー、ごきげんよう。このドレスはアイザック様が送って下さったのよ」

 「アリアとアイザック様は本当にお似合いね。私も早くアイザック様みたいな素敵な方と出会いたいわ!!」

 

 この場にそぐわない顔で微笑んだケインズ男爵令嬢の目は、明らかにアリアに対しての羨望の色が隠しきれていなかった。

 そして私に対する纏わり付くような視線を隠す気もないのか、執拗にこちらを見つめてくる。

 更に相手は私が一度たりとも名前を呼ぶ許可を与えていないのに、何故か当然のように私の名前を呼んでいた。

 私の名前を呼んだ瞬間、腕に添えられていたアリアの手が明らかに強張るのを感じ、私はケインズ男爵令嬢へ言葉をかけた。


「ケインズ男爵令嬢、貴女には私の名を呼ぶ許可は与えていない。こちらの許可もないのに勝手に呼ぶのは不愉快だ」

「どうして……どうしてアリアは良くて、私はダメなの?」

「アリアは私の婚約者だ。名前で呼び合うのは自然の事だろう。貴女はアリアの従姉妹に過ぎず、私とは関係がない。二度と名前を呼ばないでほしい」

「そんな……」


 私達の会話のやり取りに不穏な空気を感じ取ったのか表情にこそ出てはいなかったが、アリアの手に先程よりも力が込められているのが分かり、私は一先ずこの場を後にする事にした。

 未だに何かをブツブツ呟いているケインズ男爵令嬢をその場に残し、私はアリアと共に会場を後にした。

 帰りの馬車の中でアリアにケインズ男爵令嬢とは何もない事、私が愛しているのはアリアだけなのだとはっきり伝えると、ようやく彼女は安心したのか強張っていた身体から力が抜けいつもの笑顔に戻っていった。


 アリアと分かり合えたとしても私の胸に渦巻いた不安が消える事はなかった。

 嫌な予感は当たるもので、あの夜会以来アリアに会う為クレイン侯爵邸へ赴くと、何故かケインズ男爵令嬢が姿を見せるようになった。

 一度だけなら偶然だと片付けられるが、私がアリアの元へ行く日に、ケインズ男爵令嬢は必ず姿を現した。


 アリアは突然押しかけてきた従姉妹を無下にする事も出来ず健気に相手をしていやっていたが、私は折角の逢瀬なのにことごとく部外者に邪魔され、内心かなり腹が立っていた。


 (アリアとの幸せな時間を、こう何度も部外者に邪魔されるとは)


 アリアとの逢瀬を邪魔される度、ケインズ男爵令嬢には空気を読んでほしい事を伝えたが、言葉が通じない彼女には最初から無理な話だった。

 何度も私やアリアから優しく、時にはっきりと伝えてみても一切効果が見られなかった。

 だから私はアリアとクレイン侯爵と父であるレスター侯爵へ相談の上、ケインズ男爵家へ正式に抗議文を出した。


 男爵夫婦は事態を重く捉え、娘が侯爵家に二度と足を運ぶ事がないよう自宅に軟禁のような形を取ったと、後日我が侯爵邸を訪れた男爵夫婦は謝罪と共にそう報告をした。

 私はその場では一旦謝罪を受け入れる形を取ったが、次はない旨を男爵夫婦へと伝え一先ずその場を収めた。

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