第五話
アリアと心を通わせ少しずつお互いに触れ合う時間を増やしている今、私の世界は着実に鮮やかに彩られている。
ずっと求めていた幸せな日々を噛み締める一方で、最近の私には悩みの種があった。
それはアリアの従姉妹であるケインズ男爵令嬢、エミリー・ケインズについてだった。
あれはいつの日だったかクレイン侯爵邸に赴いた際、偶然私と同じようにアリアを訪ねてきたケインズ男爵令嬢に、アリアが婚約者だと私の事を紹介してくれた時だったと思う。
彼女から感じた言い知れぬ、だが確かな不快感。
エミリー嬢は初対面の時から私に対して異常な関心を寄せているように感じた。
幸い隣にいたアリアは気が付いていないようだったが、向けられた本人は嫌でも気が付く、そんな纏わり付くような気味の悪い視線だった。
そして先日から繰り返し見ている悪夢の中では、愛しいアリアからケインズ男爵令嬢と私が恋仲だと勘違いされていた。
夢の中の私は自分自身の行動がきっかけで、最終的に最愛のアリアを失うという恐ろしい結末を迎えていた。
私の見る悪夢に顔を合わせた事すらなかった男爵令嬢が出てきた事は心底不思議でならなかったが、直接顔を合わせた時に私の中で男爵令嬢に対する警戒心が生まれた。
ただ現時点で相手が直接何かを仕掛けてきたわけではないので、私は悩んだ末しばらく様子を見る事にした。
一抹の不安が消える事はなかった為、万が一の事を考えて対策を取る事も忘れてはいない。
私とアリアの輝かしい未来に、影を指す者など何人たりとも許さない。例えその相手がアリアの縁者だとしても、だ。
今日は私が懇意にしている友人の屋敷でごく小規模の夜会が開催される為、クレイン侯爵邸へ彼女を迎えに行った。
エントランスで待機している間アリアに綺麗だとスムーズに伝える練習を心の中でしていた私は、アリアが私の名を呼ぶ声で急いで顔を上げた。
階段からゆっくりと降りてきた彼女は、何も言えず立ち尽くしている私を見て申し訳なさそうな表情を浮かべ、こちらを伺うように見上げおずおずと口を開いた。
「アイザック様、私どこかおかしいでしょうか?」
「あ、いや違うんだっ!あまりにも貴女が美しくて、言葉を失ってしまったんだ」
今まではもっとスマートに称賛の言葉を言えていた筈なのに、どうしてだかアリアと心を通わせてからスマートに動く事が出来ないでいた。
お互いに顔を赤らめてそれ以上言えないでいると、見かねた私の従者の機転を利かした咳払いで私ははっと我に返り、待たせている馬車までアリアをエスコートする事が出来た。
私に対する周囲の評価は有能らしいが、実は私はとてもヘタレなのでは!?
アリアの前でこそ紳士でスマートな私でいたいのに、彼女の前こそ全然紳士らしく振る舞う事もスマートにエスコートする事すら出来ない。
そんな私を見て呆れるどころかアリアがとても嬉しそうに笑うので、私はまだ彼女に捨てられないのだと安心はするけれど、いい加減この辺でヘタレた私ではない姿を見せたい。
女神のように舞うアリアとの幸福な時間はあっという間に過ぎて行ってしまった。
普段の私達の距離感とは違い、ダンスの時だけはいつもより少しだけアリアと距離が近くなり、彼女の熱が私にまで伝わってきてアリアが確かにここに存在するのがと強く実感させてくれた。
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