第四話



 御者の合図でいつの間にか侯爵邸に到着していた事を知った私は、慌てて馬車を降りクレイン侯爵邸の執事の案内の元、応接室へと向かった。

 アリアを待つ間、頭の中でひたすら合図を送る予習をしていると、すぐに控えめなノックの音と共に愛しい彼女が姿を現した。


 「アリア!!」

 

 ……まず、言い訳をさせてほしい。

 本来なら!ここはいつものようにスマートにエスコートする予定でいたんだ。

 なのにどういう訳か、考えとは裏腹に行動と気持ちそのものが直結してしまった私は、おかしな事に気が付けばアリアの元へと駆け寄ってしまっていた。


 「ごきげんよう、アイザック様。ふふっ、何だかいつものアイザック様とはご様子が違うようですが、何か嬉しい事でもあったのですか?」

 「あ、いや、その、ごきげんようアリア。貴女に会えるのを楽しみしていたから、気持ちが急いてしまって。すまない。みっともない姿を見せた」

 「みっともなくなんてありません。だって、私もアイザック様にお会い出来てとても嬉しいです」


 私を見上げて照れたように微笑む彼女を、永遠にこの目に映していたい。

 彼女の少しの表情の変化すら見逃したくなくて凝視していると、見かねた執事長の咳払いでようやく現実に戻る事が出来た私は、慌ててアリアをソファーへとエスコートし並んで腰かけた。


 「アイザック様、先日二人で決めた事件でご提案があるのですが」

 「あ、ああ!何でも言ってくれ」

 「あの、はしたないと思わないで下さいね?私今日アイザック様に合図を送りたいと思って、覚悟を決めてきたんです」


 (私の女神が、私との為に覚悟を決めてくれたのか……)


 その言葉に酷く心を打たれている私を見上げ、彼女はまるで私にとどめを刺すがの如く言葉を発した。


「手を……アイザック様の手を握ってもいいでしょうか」


 彼女の緊張している声色がまるで自分の事の様に全身に伝わってきた私は今の自分の気持ちをアリアへ伝える事にした。

 

「私も、今日ここへ来るまでずっと、貴女にどうやって合図を送ろうか悩んでいたんだ。まさかアリアに先を越されるなんて思わなかったけど。アリア」

「アイザック様」

「私は今とても嬉しい。本当だったら私から言うべきだったのに、貴女から言わせてしまうだなんて男として情けない限りだけど。貴女から言わせてしまったけれど、私もアリアに触れたい。どうか私に、貴女に触れる許可をくれないか」

「は、はい、許可します」

「ありがとうアリア」


 許可を貰った私は、そっと彼女のすき通る様な傷ひとつない小さな手に自分の手を重ねた。


「アリア、愛してる。アリアだけを愛してる」

「私もアイザック様を愛しています」


 (どうかこの幸せな時間が、永遠に続きますように)


 私達はもう以前のような関係ではない。

 一歩ずつではあるがお互いが歩み寄り関係を深め、愛するアリアと本当の夫婦になり、幸せに生きていきたい。

 例えこの先どんな困難な状況になろうとも、私とアリアなら大丈夫だという自信が自然と口から飛び出すくらいの関係になってみせる。


 私はアリアを諦めない。そして私自身も変わらなければならない。

 この花のような笑顔を守る唯一の伴侶として――。

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