第三話
「……知らなかった」
「申し訳ありません。私だけがアイザック様にそんな想いを抱いているのかと思って……それに女性である私から触れ合いたいなどと口にして、その事が原因でアイザック様から嫌われたらと思ったら、とても言い出せませんでした」
あまりの衝撃にへなへなとその場に座り込んでしまった私は、思わず自分の顔を両手で覆った。
「アイザック様!?」
「すまない。私が意気地なしなばかりに、貴女にばかり負担をかけてしまった」
アリアが覚悟を決めて伝えてくれた思いを私が無碍にしていいわけがない。
一度深呼吸をし覚悟を決めた私は、それまで顔を覆っていた両手で今度は彼女の小さな手をそっと自分の手で覆い優しく包み込んだ。
「私達には沢山時間があったのに、これまでお互いの気持ちを伝える機会が圧倒的に少なかったように思う。これからはアリアの感じた事、どんな些細な事でも話してほしい。その代わりという訳ではないけど、私もこれからアリアに伝えていくから。来年の今頃私達は夫婦になるだろう?今からでも遅くはない、もっとお互いの事を知っていこう。そして貴女の事をもっと教えてほしい。私はアリアの事ならどんな些細な事でも知りたい」
私のこの気持ちが少しでもアリアに届くようにと願いを込めながら、私はアリアの返答を固唾を飲んで待った。
「私は、アイザック様と本当の夫婦になりたいと思っています。良い事も悪い事も、共に分かち合って歩んでいきたい。だから、どうか私の思いを聞いていただけますか?そして、アイザック様の思いも私に教えてください」
彼女は自身の両手を包んでいる私の手に、まるで自分達の気持ちはひとつだと伝えるように片方の手を重ねて微笑んだ。
(何も難しい事ではなかった)
(私がもっと早くに勇気を出してさえいたら、もっと早くからアリアと心を通わす時間があったというのに)
私はこの日、自分の愚かさと言葉にする事がどれ程大切なのかを再認識した。そしてこの日は時間の許す限りアリアの考えている事、感じた事、そして私のアリアへの気持ちを話、いつになく充実した逢瀬を楽しんだ。
そして別れ際、触れ合う事についても二人でいくつかの決め事をした。
まだお互いに緊張するので、触れ合う時は二人きりの時だけにする事。
そして触れ合う際は合図として相手に一声掛ける事など。
その日はルールを決めただけに留まったが、今日はあの日以来初めて彼女との逢瀬の日だった。
まだ侯爵邸には着いていないのに既に緊張している私は、いつのタイミングでアリアに合図を送ったらいいのかを必死で考えていた。
声を掛けるタイミングを誤れば二度と触れ合う機会を失うかもしれない……。
心の窮地に陥っている私が、それでもこの機会を逃す訳にはいかないのは、次またこの幸運がいつ巡ってくるか分からないからだ。
アリアに嫌われたら、私は私でなくなる自信がある。
今まで父上に任された難しい次期当主としての決断も、私は冷静に判断しその度に決断を下してきた。
でも今はどうだろう。
彼女に触れ合う為の合図ひとつで、こんなにも呼吸が乱れ正常な判断が出来くなる。
本当に男として情けない話だが、それくらい私にとってアリアの存在は大きく尊い存在なんだ。
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