第12話
アルケミオンのコックピットからは、建築物を穿ち、熔解させていく光の束が縦横無尽に戦場と化した町を駆け巡るのが見て取れた。
浄は、負けてられないと思う。自分の役割を果たさないとみんなに合わせる顔が無いとも考え、役に立たないブレイカーエッジを放り捨て、ゲルセルクへと殴りかかる。
ゲルセルクは、バランスを崩しよろめいただけだったが、それでも中に居る人間には衝撃として伝わった。
ゆっくりと、ゲルセルクがアルケミオンのほうへと振り向き、今まで抜かれていなかった巨剣を引き抜き、アルケミオンと向かい合った。
それだけで、浄の背中を寒気が走る。
ガチガチと奥歯がなり、冷や汗が流れ出す。
ただ相手が戦闘体制にはいっただけなのに浄の心を恐怖が支配する。
今すぐ逃げろと本能が警鐘を発する。
息ができないほどの重圧。
心臓が止まりそうなまでの威圧感。
機械の神がまるで玩具に思えてくるほどの禍々しいオーラを放つ、灰色の機神。
次元が違う。
浄にそう思い知らせるだけの力を秘めた魔物。
「悪魔かよ…………」
カラカラに乾ききった喉からやっと声を絞り出したが、蚊の囁きほどの声量でしかなかった。
「じょ、浄? 一体どうしたの? さっきから押し黙って! トラブルなら、すぐに退きなさい! 今回ばかりは美男子を見捨ててもいいから、あなただけでも帰ってきなさい!」
鈴の声が浄の耳朶を打つが、それでも浄の心には届いておらず、依然浄は恐慌に苛まれている。
「あっ……あぁあああああああああああああ」
ゲルセルクはゆっくり、ゆっくりと獲物が衰弱するのを待つ蛇のように、遅々とした歩みでアルケミオンに近づいていく。
恐慌状態に陥った浄は、猪のように単純な突撃を敢行した。
ゲルセルクの間合いに入ったアルケミオンは、巨剣により切り傷が機体に刻まれていく。
が、損傷箇所から流れ出た金色の液体が即座にダメージを無かったものにした。
全てを本来あるべき状態に戻す霊薬エリクサーが、アルケミオンを在るべき姿――傷が無い状態へと戻していく。
再生力にモノを言わせ、ゲルセルクへとの距離を詰め殴りかかる。
拳が砕け、すぐさま再生される。
密着戦では、巨剣での攻撃が出来ないと判断したゲルセルクも巨剣を手放し、アルケミオンに殴りかかる。
超硬度の鉄拳がアルケミオンの胸部ブロックを陥没させる。
アルケミオンのコックピットでは警報が鳴り響き、再生にまわせるエリクサーの量が尽きようとしていることを伝えている。
しかし浄はそんなことはお構いなしに、自らの拳を砕いていく。
いや、警報すら耳に届いていないのだ。
殴りつけることしか考えられないでいた。
そのため、浄には防御をするという考えが消滅していた。
ゲルセルクの打撃をノーガードで受ける。
そして、蹴りの直撃を受けゲルセルクとアルケミオンの距離が開いてしまう。
体制を崩したアルケミオンを高みから見下ろすように、歩くような速度で距離を詰めていく。
が、それが災いした。
あまりにゆっくりと動きすぎたために、強度が低い関節部分を千弥に狙い撃ちにされた。
それも、一発ではなく全ての関節をコンマゼロ秒の間に撃ち抜かれたのだ。
千弥は、どの関節を破壊すればどういうようにバランスを崩すかを緻密に計算し、それをシュミレイトした上で、攻撃に移ったのである。
千弥によって風穴を開けられたゲルセルクは、地べたに這い蹲るような格好となり、幻でも見ていたかのようにその姿を消した。
「浄、とりあえず終わったな」
「………………」
一向に動く気配を見せないアルケミオンを千弥が見上げた瞬間、アルケミオンに前後を問わず、上下などないと言わんばかりに、全方位から無数の矢が突き刺さり、内側から炸裂した。
内部から爆発を起こしたアルケミオンは、成すすべも無くスクラップへの道を歩んでいった。
黒煙と共に空に舞い上がったアルケミオンの燃料――エリクサーは黄金色の雨となって、無数の死体が転がる町へと降り注ぐ。
それはまるで神の後光が降り注いでいるように神々しかった。
そのおかげで、死者以外は全ての傷が癒され一命を取り留めたが、それは敵に対抗できる戦力を失ったことを意味している。
錬金機甲 アルケミオン 七海 司 @7namamitukasa3
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