第8話 クロとシロ

 次の日の新聞には、コンフォート伯爵の事件が大きく取り上げられた。見出しには大きく「ドロボウ猫参上」と書かれてある。

 伯爵は幼い子供や見目の良い少年少女を誘拐し、人身売買をしていた。最近起きていた少年少女失踪事件の犯人は伯爵に金を掴まされた者たちの犯行だった。帳簿に売買の日付や”商品”の特徴、売買先などが残されており、救出に向かうのだという。

 伯爵家から脱出してきた少女をたまたま近くを巡回していた近衛隊が保護し、発覚したらしい。新聞に掲載されていた写真の少女の指には見覚えのある指輪があった。


 読んでいた新聞を机に投げ捨て、レクトは美しい双眸を細めて微笑んだ。それは見る人が見れば舞い上がって天にも昇る気持ちを味わえると噂の表情だったが。


「なあ、毎回毎回やりすぎなんだがなあ。その辺どう考えているんだ?」


 レクトの目の前で視線を逸らす二人組にとっては、魔王の微笑であった。

 コンフォート伯爵家は全焼しなかった。他に囚われた人間がいるかもしれない状況だったからというのもあるが、面を被ったランシェロの制御の賜物である。ただ、やはりクロードがいた部屋だけは一室丸ごと消え失せていた。


「あ、あは、あれはレクトが悪いでしょ。指輪に人間ついてたし。そんなこと聞いてねえし」

「──ああ。でも人間は、”専門外”だと抜かすだろう? だからあえて物品にした」


 いけしゃあしゃあとレクトは言い切った。

「誘拐された人間の中に、ちょうどいいのがいてな」と続けたレクトは思惑通り指輪付きの少女を連れてきたことに満足げだ。


「ああ、クロード、コンフォートに顔を見られたそうだな」

「あーうん。どうにかなるでしょ?」


 全く危機感がない様子で首を傾げると、レクトもまた余裕な表情で見返した。

 殺されるのか、幽閉されるのか、記憶を消されるのか。クロードのあずかり知るところではないが、どうにかできるのだろう。

 顔を見られた人間たちは残らず、近くを見回っていた近衛隊によって捕らえられたのだ。


「本当に、君たちにはいつも肝が冷えて、面倒を増やされて、頭痛は消えない……だがいつも助けられる」


 にやりと悪い顔で微笑むレクトを見て、二人もまた口の端を上げた。


「なあ? 手癖の悪い鍵師に、見捨てられたカゲよ」


 鍵を自在に開けられる才能と、お宝への嗅覚。クロードは金持ちの家へ忍び込んでは金品を盗みまくっていた。隠密行動ができずカゲを追われたランシェロとの生活費をそうやって賄っていたが、レクトに見つかってしまったのだ。頼まれてというか脅されてというか、刑務所行きの代わりにとこの仕事をするようになった。悪事の証拠を盗み出す、健全な「王子からの盗みの依頼」である。

 レクトからの依頼は思った以上に面白く、逃げようという気も起きない。


「あっは、それを側に置く王子様ってどうなの」

「わからん。──わからんが、貴族どもの悪だくみを根絶やしにできればそれでよい」


 何度も聞いたレクトの願い。

 やれやれといった表情でクロードは肩をすくめ、ランシェロは姿勢を正した。

 レクトに手を貸すことを決めた日に、それは二人にとって目的となったのだった。




◇◇◇




「ねえクロ」

「──呼び方。なんだー」


 クロとシロは本来の呼び名。

 昼間自由に動けるようにとレクトが用意してくれたのが、クロードとランシェロである。ご丁寧に、若干響きは残してくれていた。


「ああ、クロード。送り届けてきたあの指輪の少女に、やっぱりスタイル良しの豊満ボディじゃないと女じゃないの? と聞かれたんですが」

「あっは! 聞いたんだ、笑える。で、なんて答えたんだ?」


 あほらしいやりとりを想像してにやにやと笑う。ただ、ランシェロの答えが気になったのも事実で、心の中で「いいねユビワ」と親指を立てた。


「……ふくよかさの程度は個々の特徴に過ぎませんからそれで性別が左右されることはありません。生物学上、もしくは本人が女性だと主張されるのであれば女性でしょう、と。何故か怒っておられましたが」

「特徴て。女には、どんな君でも素敵だよとか言っとけばいいの。俺はしないけど」

「ええ、次は挑戦してみましょう」

「……ランシェロの顔は綺麗だからなあ、ころっといってくれる女はいると思うよ」

「クロードの顔には劣るけど、でしょう」

「よくわかってんじゃん」


 世間で噂の”ドロボウ猫”は、白昼堂々並んで歩く。

 次の依頼があるまでは、今回の報酬を手に、ネコさながら街をぶらつく二人である。

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王子直属の泥棒 夕山晴 @yuharu0209

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