第72話 顔は大事

 ある日の昼休み。

 三人でご飯を食べていると、僕達の所へ見たことのない男子が一人でやってきた。


「芦塚、今少しだけいいか?」

「はぁ……手短に済ませてね」


 いい訳ないだろうと思ったが、芦塚さんはうんざりした様子を隠そうともせず、彼に付いて外へと行ってしまった。

 僕と芦塚さんの交際が周知されてからというものの、芦塚さんが知らない男子に連れ出される姿をよく見かける気がする。

 本が薄くなりそうだなぁ。

 ……えっ、本当に何もないんだよね?


「さ……最近さあ、芦塚さんが知らない人と何処かに行っちゃう事が多いけど、何してるんだろうね……?」

「大方、告白でもされているのだろう。俺も最近よくされるし、芦塚も似たような事を言われているんじゃないか?」

「おお……危ない事にはなってないならいいけど」

「なってないから安心しろ」


 流石は高御堂君だ。

 僕の事が好きだと周知されても尚、女子からの人気は落ちるどころか上がっているみたいだ。

 二人ともやっぱりモテるんだねぇ。


「じゃあさっきの人もさ、芦塚さんが僕と付き合ってるって知ってて告白してるのかな? 気持ちだけでも伝えたいだなんて、結構かわいい所あるじゃん。怖い顔してたけど」

「怖い顔とか言ってやるな。いや、あれは恐らくだが、西河から自分に乗り換えろと口説いてるのだろう」

「は?」


 意味が分からない……。


「女の西河が芦塚と付き合えるなら自分はどうかと売り込んでいる、そんな所じゃないか? あいつらは余程自分に自信があるらしい」

「なるほど……いや、僕は男だけどね?」


 つまり彼らは、僕なんかが芦塚さんと付き合えるなら自分だっていけるだろうと勘違いしたのか。

 馬鹿だなぁ……そうやって万が一上手くいっても、次は自分が捨てられるだけなのに。

 寝取り寝取られの沼に自ら足を運ぶのか。

 いや、そもそも芦塚さんは寝取られないだろうけど。

 芦塚さんを寝取りたかったら僕よりもかわいくなってから出直しな! 


「ていうか、似たような事を言われてるって言ってたよね。高御堂君も寝取られそうになってるの?」

「いや寝取られ……まあいい。俺がお前を好きだと知られてから、ちゃんと女の自分と付き合ってくれと、よく言われるようになったんだ。全て断っているから安心してくれていいぞ」

「別に誰かと付き合ってもいいんだよ?」


 僕が男扱いされていることを聞いても、この人は何も思わないんだろうか。

 ……思わないんだろうなぁ。


 ここで話が一区切りかと思いきや、一度始まった恋バナもどきはまだまだ続くらしい。


「所でお前は芦塚のどこが好きなんだ?」

「ええー、聞いちゃうのー、それ?」

「……できるだけ手短に頼む」


 芦塚さんの好きな所を話し出すと長くなるぞ?

 オタク特有の好きな物ついてだけ流暢に語る現象に限らず、どんな人でも好きな事について話すのは楽しいものだ。

 僕の緩んだ顔を見た高御堂君はそれを察知したらしい。

 こういうのって聞く方は言う程楽しくないもんね。

 じゃあ聞くなよ!


「まあ色々あるけど……やっぱり顔かなあ」

「……顔なのか」

「いや、顔は大事でしょ」


 高御堂君は呆れているけど、結局顔は大事なのだ。

 よく、中身の方が大事〜とか言う女がいるけど、あんなのは全部嘘に決まっている。

 顔だけ良くても駄目なのは間違いない。

 でも、似たような性格の人が二人居てどっちかを選べって言われたら、わざわざブサイクを選ぶ人はいないでしょ。

 全く知らない人と握手するとしても、イケメン相手だったら嬉しいけど、ブサイクとは握手すらしたくないと、世の10代女子の9割は答えた。(西河調べ)

 どんな服も着る人によって価値が変わるように、結局は顔による印象が大きいということだ。

 そんな話をできるだけ当たり障りなく話してみても、彼は納得していない様子であった。

 何故。


「つまり、お前は芦塚の顔が整っていなかったら好きになっていなかったと言うのか?」

「んー……程度にはよるけど、そうかもね。大げさに言うと力士かってくらい大きかったりしたら、そもそも仲良くできなかっただろうし。関係性も違ったらどうなるか分かんないよ」

「なるほど。言いたい事は分かるが、俺は顔だけで判断するのはどうかと思うぞ?」


 そんなかっこいい事言われても……。

 かっこいいのは顔だけにしといて欲しい。


「でも高御堂君だってさ、僕がブスだったら好きになってないでしょ? ちょっと想像してみてよ。転校してきたあの日、隣に座ってるブスが『実は僕、男なんだぁ〜』ってねっとり言ってきたら、おもしろいじゃ済まないでしょ」

「……そうかもしれんな」

「でしょ? ほら、高御堂君だって顔で判断してるじゃん!」


 そもそも高御堂君は男の僕が好きなあたり、よっぽど他の人よりも顔で判断しているのは間違いない。

 お前はどうせ、自分の母親似の僕の顔に釣られたマザコンなんだよ!

 ……いや、そこまでは思ってないからね?

 子どもが言うシネみたいなもんだよ。

 言葉のはずみというか、言いたかっただけというか。

 でもまぁ高御堂君がマザコンなのも事実だしいいか。

 いつだって一番残酷なのは真実だからね……。


「……確かにお前の顔が好きなのは認めよう。だが、俺は顔だけでお前が好きになった訳ではいとだけは言わせてもらおうか」

「おう……照れるじゃん……ていうか、僕も芦塚さんの顔だけが好きなんじゃないからね?」


 芦塚さんといい、一体僕なんかの何がいいのか。

 探さなくてももっと素敵な人は世の中に沢山いるだろうに。


「じゃあ顔以外ならどこか好きなんだ?」

「それこそいくらでもあるけど。優しいし僕みたいなのもちゃんと構ってくれるし。そもそも芦塚さんと一緒に居て好きにならない方がおかしくない? なんで高御堂君は芦塚さんに惚れてないの」

「お前は俺にどうして欲しいんだ……まあ、俺はお前の方が好きだからだろうな」

「ちょっと高御堂君、さっきからそういう事言うのやめて。恥ずかしいじゃん」


 何これ口説かれてるの?

 口説かれてるね多分。

 でもごめんなさい、僕には心に決めた人がもういるので……。

 実際、顔が良い人は余裕があって他人にも優しくできるから、総じて良い人が多い気がする。

 顔の良さにあぐらをかいてる性格ブスは論外だけども。


「まあ、芦塚も出来たやつだからな。惚れる気持ちも分からなくはない。お前達が二人で居る時は、二人とも楽しそうだし相性も良かったんだろう」

「へへへー」


 今日はやけに褒められる。

 これからの人生で、今以上に褒められる日はもう来ないかもしれない。

 ……未来が暗いなぁ。


 暗い未来を憂いながらパンを食べ終わると芦塚さんが戻ってきた。

 先程の男子の姿はなく、僕が捨てられたということも無さそうだ。


「芦塚さんおかえりー。危ない事はなかった?」

「ただいま。少し厄介な人だったけれど大丈夫よ」

「よかったー。男子と出ていくから心配だったけど」


 僕が捨てられないかとか。

 まぁ危ない事になるくらいなら、僕を捨ててもらっていいんだけどね。

 芦塚さんの体が一番大事。


「あなたが心配する様な事は何も無かったわよ。それで、今は何か話の続きだったりしてない?」

「大丈夫だ。西河に芦塚の好きな所を聞いたら顔だと言われた話も一区切りついている」

「別にいいんだけどさ、わざわざ言わなくてもよくない?」


 事実だし、これを聞いた芦塚さんが怒ったり拗ねたりすることはないと思うから問題は何も無い。

 でも、何となく知られたくなかったこの気持ちも理解して欲しいの。


「そうなの。私もこの子の顔は好きだから一緒ね」

「芦塚さん……もう、教室でそんなこと言って……」


 この顔に生まれて良かった……。

 高御堂君もご飯を食べ終わり、食事を再開した芦塚さんとの会話を続ける。


「西河にも聞いたんだが、芦塚はもしも西河の顔が整っていなかったとしたら、好きになっていたと思うか?」

「どうかしらね。そもそもこの子がこの顔でなければ話すことも無かったと思うわ。そういう意味では好きにならなかった可能性は十分にあるわね」

「ほらやっぱり! 結局は顔なんだよ! 顔が悪くても大丈夫って言う女は信用しちゃダメだからね、高御堂君分かった?」

「お前、そんな事を大声で言って大丈夫か?」

「大丈夫だ。問題ない」


 一番良い顔は芦塚さんだけど、その次くらいには良い顔を装備してるし。

 反論したいなら僕よりもかわいい人からしか受け付けない。


「私はそこまで大きく出るつもりはないけれど、西河君の仕草や発言を他の子がしていたとしたら、多少違和感は感じるかもしれないわね」

「まあ確かに。西河の顔だから許される事は多々あるな」

「僕ってそんなに変な事してなくない? 二人には僕がどう見えてるの?」


 僕の言葉を聞いた二人は黙り込んでしまった。

 おい、どういうことだ?


「その……かわいいと思うわよ?」


 暫しの沈黙の後、少し焦った様子の芦塚さんは精一杯言葉を選んで口を開いた。

 選ばれたのはかわいさなのか……。


「……そうだな。仕草や言葉遣いも、ちゃんとかわいいぞ。誰にでも出来ることじゃない」

「えっ、二人とも、僕の事をぶりっ子か何かだと思ってる?」


 またしても二人揃って口を噤んでしまう。

 おい、本気っぽく見えるから止めてくれよ……。


「ちなみに聞くけど、どんな所が女っぽいの? 顔のせいで何をやってもそう見えるだけだと思うけど」

「そうね……上手く言えないけれど、細かい所作からも女の子らしさが滲み出ているのよね。歩き方とか食べ方とかも、申し訳ないけれど男っぽさは欠片も無いわね」

「ああ。例えば、食事中もパンは両手で持ってゆっくり食べるし、普段座っている時も足を開いたりせず、上品に座っている所とかな」

「高御堂君もスカート履いてたら、自然と足は閉じると思うよ?」


 横の席とはいえ結構見られてるんだね……。

 こいつも足フェチなのか?

 でもまあ丈の短いスカートを履いている僕にも非があるのでいくら見てもらっても構わないけども。


「あと、私は笑う時とかに手の甲で口を隠す仕草がかわいくて好きね。あれってわざとやっているの?」

「えっ、僕そんな事やってる?」

「確かに芦塚と話している時にやっている印象はあるな」

「そうなんだ……」

「ほら、今も手を重ねて置いている所も女の子っぽいわよ。そういう細かい所がモテる秘訣なのかしら?」


 言われて手元を見てみると、何も持っていない手を重ねて置いていた。

 組んだ腕を机に乗せて前のめりになっている高御堂君の方が、確かに男っぽい佇まいに見えてしまう。


「これもダメなのか……でも、やっぱり顔のせいでそう見えるだけだと思うよ? 男子だってやってる人は居るでしょ」

「居るかもしれんが、俺はあまり見たことがないな」

「高御堂君は僕ばっかり見てるからでしょ。もっとクラスメイトと交流を深めないと」

「お前にだけは言われたくない。それに、俺は普通に友人くらい居るぞ」


 なん……だと……?

 友達どころかクラスメイトの名前もあやふやな僕と、どこで差がついた?


「なるほど……やっぱり顔なんだね……」

「どうしてその結論になったのかは分からんが、多分違うぞ」

「顔が整っていれば友達が出来るのなら、私もあなたも友達が沢山居ないとおかしいじゃないの」


 芦塚さんが唐突に自分もかわいいとアピールしてきた事に驚いたけど、事実だからスルーしましょう。

 この人は自分でそういう事をあんまり言わないからね。

 そういう謙虚な所も好き……。


「芦塚さんは友達結構できたじゃん。僕は……こう、色物枠というか遠目から見てるのが正しい接し方だと思われてるというか、そんな感じじゃない?」

「あなたの性格の問題もあると思うけれど……まぁ、それも否定しきれないわね」

「ほらやっぱり! ……ねぇ、今さらっと僕の悪口言わなかった?」

「言ってないわよ」

「そっか……」


 ならいいや。


「とにかく君達は、自分がいかに顔で得をしてきたかをもっと自覚するべきだと思うんだよね」

「あなたに言われたくないわよ」

「僕はある程度自覚してるもん」


 この顔のせいで嫌な事も沢山あった。

 でも、今こうして二人と居られるのは、この女みたいな顔のおかげであることは理解している。

 高御堂君がもしブサイクだったら……いや、これ以上考えるのはやめておこう。


「私だって少しは自覚あるのよ? あなたに好きになって貰えたのは、この顔のおかげらしいし」

「得した事で真っ先に僕の事を出してくれるなんて……芦塚さん……好き……」

「はいはい、私もよ」


 芦塚さんか僕と同じ様な事を考えていたというのがとても嬉しい。

 ふへへと笑う僕と、そんな僕を呆れるように見つめる芦塚さんとの間に妙な空気が流れる。

 漫画とかだったら僕達の周りだけピンク色に塗られてるに違いない。


「……お前達のそのやりとりも、二人の顔が綺麗だから許されるんだろうな」


 くすぐったくなるこの空気に高御堂君は眉を顰めて苦言を零した。

 ほら、やっぱり顔が大事なんじゃん。

 アンパンマンだって顔を変えると元気100倍になるし。

 人生は結局顔によって難易度が変わるのだと、あのアニメは揶揄しているに違いないね。

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イケメン転校生に「おもしろい女だな」と言われたけれど、僕は男です。 いつき @HDTVI

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