第71話 寝起きにドッキリ

 コスプレ大会の翌日、目を覚ますと視界は芦塚さんの寝顔で一杯だった。

 この、一緒に寝るのが当たり前みたいな風潮はよくないと思うけど、気がつけばいつも一緒にベッドにいるから怖い。

 ……それにしても綺麗な顔だなぁ。

 最近の芦塚さんはちょっとかわいいが過ぎると思う。

 初めて会った時からずっとかわいいと思っていたけど、ここの所はずっと右肩上がりでかわいくなってきているのは、これだけ彼女の顔を見ている僕が言うからには間違いないはずだ。

 カーテンから透ける朝日に照らされた彼女の寝顔は、かわいいとか綺麗とか、そんな言葉では表情しきれないし、ふさわしい比喩表現すら思いつかない。

 

 比喩表現を考えるよりも、この美しさを表す為に一つの言葉が生まれる方が早いし自然な事なのでは?

 美人は三日で飽きるとか言うけど、あれは本物を見た事がない人間が考えた言葉なんだよ。

 神様が人間を作っているのなら、やっぱり神様にもやる気がある時と無い時ってあるんだと思う。

 芦塚さんを作ってる時の神様はやる気120%で『よっしゃ! 今世紀最高の女の子を作ったるで!』みたいなテンションだったに違いない。

 一方僕が作られた時は『なあ、女の子を見た目はそのまま性別だけ男にしたら面白くない?』『チャンある』『それな』『おけ。とりまやってみるべ』みたいなノリだったのは明白だ。

 神様もまさかこの二人がお付き合いすることになるとは思ってもみなかっただろう。

 神様も今の状況を見て楽しんでくれてたら嬉しい。

 怒ってたらどうしよう……。


 そんな中身のない思考を巡らせながら寝顔を眺めていると、僕の中のリトル西河が余計な事を思い付いた。

 ……今なら芦塚さんに触っても大丈夫なのでは?


 思春期を拗らせている僕は、自分から彼女に触れることに大きな抵抗がある。

 彼女が僕にセクハラをしてくれるおかげでスキンシップは取れているものの、僕からそういう事をしてみたいという考えが無くはない。

 でも恥ずかしいし恐れ多いし、下心丸出しみたいになるのが嫌で、出来ずにいるのが現状だ。

 先日のお願いする時にもそんな事を考えた結果、直接的な接触の無いコスプレをお願いするに留まったヘタレでございます。

 あれはあれで良かったから、後悔とかは無いけどね。


 そんな事を考えていると気持ちが昂ってきて、ついに自分を抑えられなくなった。

 よし、やっちゃおう。

 もしも怒られたら開き直ってやればいいじゃないか。

 僕は日頃からペタペタと触られているのだから、たまには逆の日があってもいいはずだ。

 僕は決意を固めて、芦塚さんが目を覚まさないように、お腹の辺りにあった手をそーっと動かして彼女の胸元へと運び、ゆっくり、ゆっくりと彼女の胸に触れた。

 強く触れると起こしてしまう可能性が高くなるので、膨らみの形に合わせて手を添えることしかできない。

 たったそれだけの事でも、背徳感も合わさって心臓がはちきれそうになる。

 もはや手の感触など気にする余裕も無い程、今の僕は興奮と達成感に満たされていた。

 手をそのままに、目を覚ます様子の無い芦塚さんの顔を見つめていると、またもリトル西河が騒ぎ出した。


『おい! このままチューしちゃえよ! 今ならいけるって!』

『ダメだよ! そういうのは起きてる時にしないと……それに初めてなんだから、そういうのは夕陽の見える丘の上でロマンチックにやるものじゃないの?』

『……お前面倒くさいな。いいやらやれよ! 取り敢えずもっと顔を近づけて! ほら早く!』

『ち、近づけるだけだからね……?』


 リトル西河に負けた僕は、少しずつ芦塚さんに顔を寄せ、ついには額と額が当たりそうなくらいの距離まで近づく。

 ほんの目の前には閉じられた芦塚さんの目があり、これが突然開いたらどうしようと急に怖くなってきた。


 ……よし、やっぱり止めとこう。

 寝込みを襲うのって良くないと思うよ?

 普通に犯罪寄りな気がするし。

 僕は何とも思わないけど、もしかしたら芦塚さんは寝ている間にキスされるのが嫌かもしれないじゃん。

 やっぱり夕陽の見える丘まで行かないとね!

 

 そう思って騒ぐリトル西河をなだめつつ、触れていた手を離すと、芦塚さんの目が突然開いて僕に襲いかかってきた。


「え? ちょっ、んー! んんー!」


 彼女は訓練された兵士みたいな身のこなしで僕に覆いかぶさって両手を封じ、そのまま僕の口を自身の口で塞いだ。

 彼女が突然目を覚ましたこととその動きが怖すぎたせいで、僕は自分がキスされていることを理解するのに時間がかかった。

 現状を把握できたものの、結局理解が追いつかずにパニックになっていると、芦塚さんは顔を離して不服そうな表情を見せてくれた。


「あ、芦塚さん……? その……これはですね……んん! ……!!!」


 彼女にマウントを取られている恐怖やバツの悪さで開き直ることなどできるはずもなく、取り敢えず言い訳をしようと口を動かすと、再び僕の口は彼女に塞がれる。

 話している途中だったせいで開きっぱなしになっていた僕の口の中に、芦塚さんは舌をねじ込み僕の口内を蹂躙し始めた。


「んぁっ……あぁ……」


 未体験の快感によって弁明の言葉を発することができず、情けない声だけが僕の口からは漏れて出る。

 口の中で暴れる芦塚さんの舌になされるがまま、とても長かったような、終わってみればあっという間だったような時間が終わりを迎えた。

 彼女の顔が離れて目が合い、僕はようやく息の吸い方を思い出す。


「はぁ……はぁ……」


 敗北者……?


「ふふっ、おはよう西河君」


 息も絶え絶えな僕を妖しく見下ろす芦塚さんに、僕は言葉を返すことができなかった。




 その後は二人とも顔を洗い、簡単な朝食を済ませて炬燵へと入った。

 食事中やふとした時も、事ある毎に彼女の口元に目がいってしまったが、それを見た芦塚さんは意地悪な笑みを浮かべるだけで、朝の事には一切触れられなかったせいで気が気ではなかった。

 しかし、芦塚さんが僕の正面に座って、いたずらっぽい笑みを見せた時、これからお説教と言う名のお話が始まるのだと僕は直ぐに理解できた。


「西河君、今朝は何がしたかったの?」

「……何がしたかったんでしょうね」


 思春期の男の子には自分でも何がしたかったのか分からない時があるんです!

 どうか寛大な処置を!


「別に怒ってないから安心しなさい。そんなに怯えられると……ねぇ、今からさっきの続きをしましょうか?」

「……しないから、こっちに来ようとしなくてもいいよ? 芦塚さんこそ、勢いであんなことしてたけど本当によかったの?」

「よかったのかと聞かれても、何かマズイことでもあったかしら?」

「ほら、一応初めてのキ……キスだったじゃん。もっとこう、いい感じの雰囲気じゃなくてもよかったのかなって」

「ああ、そういうことね。大丈夫よ西河君、あなたとキスをするのは初めてではないから」

「あれ? そうだっけ?」


 おかしい……そんな記憶はないはずだ。

 もしかして知らない間に記憶喪失にでもなっていたと言うのか?

 このクソ雑魚脳みそが!

 そんな大切な事は忘れちゃダメでしょ!


「そうよ。あなたがあんまりにも無防備に眠っているから、何度か試したことがあるの。本当にバレていなかったのね」

「えぇ……」


 どうやら芦塚さんも僕の寝込みを襲った経験があるみたいだ。

 ……変な所だけ似てるのかもね。

 もっと他の事で知りたかったなぁ……。


「でも確かに、あなたが起きている時では初めてだったわね。もう一度やり直しておきましょうか?」

「ま、また今度ね……」


 朝っぱらから何を言い出すんだこの人は。


「そう……まあいいわ。それで、話を戻すけれど、あなたは私の胸を触りたかったの?」

「……はい。つい魔が差したと言いますか、気持ちが昂ぶって我慢出来なかったと言いますか……どうか御容赦下さい」

「だから怒ってないと言っているでしょう。それなら言ってくれれば良かったのに。それに、私の控えめな胸なんて、触って本当に楽しいの?」


 芦塚さんは不思議そうに自分の胸部を触りながら、答えにくい事を聞いてくる。

 その……刺激が強いので止めてもらってもいいですか?


「お、大きさは関係ないと思うよ? 芦塚さんの胸は大変魅力的なので……」

「なるほど。あなたは胸よりも足の方が好きだから大きさは関係ないということね。だったら足の方を触れば良かったのに」

「そういう訳じゃないけど……それに、足を触ったら流石に起きちゃうでしょ」

「あなたが動き出す前の、鼻息が荒くなってきた辺りで起きていたからどこでも同じよ」

「えっ、本当に?」


 だったら足にすれば良かったとかではなく、自分の鼻息が荒くなっていた事と、彼女の起きたタイミングが早かった事に驚きを隠せなかった。

 随分と……長い間泳がせられてたんだね。


「本当よ。鼻息が近づいてくるからキスでもしてくれるのかと思ったのに、あたなは途中で止めてしまったでしょう? だったら私からやってしまおうと思ったのよ」

「何か前にも似たような事を言われた気がするなあ」


 いつだって最初の一歩を踏み出してくれるのは芦塚さんだ。

 話しかけてくれたのも芦塚さんからだし、告白もキスも、全部芦塚さんにやってもらっている。

 情けない男だね……。


「確かに言った覚えがあるわね。これも昨日言ったけれど、あなたはもう少し自分のやりたい事に正直になっていいのよ? 胸が触りたいならそう言えばいいし、キスがしたいのなら言えばいいのよ」

「でも、そういうのってまだ早い気がするけど……」


 芦塚さんとの付き合いは長くなるけど、正式にお付き合いが始まったのは、ついこの前の話だ。

 体目当てだと思われても困るし、思春期の男の子には難しい問題なんだよ。


「あなたが急に胸を触りたいだなんて言い出したら、嫌ではないけれど確かに驚くわね……だったらその辺りのことを、もう少しハッキリさせましょうか」

「と、言いますと?」

「そうね……例えば、とある女性がYES/NO枕を常に表向きにしていたとしても、男性側にその気が無ければ、その女性が不憫なだけだと思わない?」

「そ、そうだね……例えばだよね?」

「それに、私も体を触られるのは嫌ではないのだけれど、やっぱり嫌なタイミングとか場所はあるのよ」

「急に難しい事言うじゃん……」


 乙女検定8級が赤点の僕にはその辺りの判断が難しい。

 外見が女っぽいからって女の子の気持ちが分かるというのは大間違いだ。

 なんならオカマバーにいるゴツいオネエとかの方がよっぽど詳しいと思う。

 実在するかは知らないけど。


「あなたにもあるでしょう? だからそういった部分もハッキリさせておく必要があると思うの。私もあなたを不快にさせたくないし、嫌な事はしたくないのよ」

「芦塚さん……よし、恥ずかしいけど、ハッキリさせようじゃないか」


 僕だって芦塚さんの嫌がる事はしたくないのは同じだ。

 でも、ということは、今までの事は僕が嫌がらないと思ってたってこと?

 ……アウト寄りだけどギリギリセーフかもしれんね。


「じゃあ聞くけれど、あなたはいつ頃最後までしたいと思っているの?」

「……急にぶっ込んでくるじゃん」

「でも大切なことよ?」

「まあ確かに……」


 性に関する問題は難しいけど、ハッキリさせておかないといけないのは理解できる。

 もしもこの話をなあなあにして、芦塚さんが他の男と関係を持つような事があったら、僕は迷わずこの世を去るだろう。

 そうならない為にも、ここはちゃんと僕の考えを伝えておかないと。


「そうだね……してみたいとは思うけど、やっぱりまだ早いと思うなあ。万が一子供ができちゃったりしたら困るし」


 恥ずかしい気持ちを抑えて、できるだけ平静を装って自分の気持ちを言葉にする。

 しかしそれを聞いた芦塚さんは、少し上を向いて考えこむ素振りを見せた後に口を開いた。


「あなた、本当に精通しているの?」

「してるよ!」


 何を言い出すんだこの人は。

 ていうか何を言わせるの……。


「ごめんなさい、あなたの……その……体毛の薄さが気になったのよ。だから、もしかしたらまだなのかなと思ったのだけれど、余計な心配だったみたいね」

「随分と言葉を選んでくれたみたいだけど、それとこれとは関係ないんじゃない?」


 実際どうなんだろうね。

 でも他人のたてがみ事情なんて知らないよ……。


「なるほど、よく分かったわ。話を逸してしまってごめんなさいね。では、大学を卒業するまでお預けになるのかしら?」

「うーん……難しそう?」

「無理ね。せめて高校を卒業したら、にしない?」

「わ、分かった……」


 彼女の真剣な眼差しに思わず了承してしまった。

 嫌ってことは全然ないし、求められるのは嬉しいんだけど、それでもちょっと怖かったです。


「将来も子どもは欲しいと思わないの?」

「そうだね、今は欲しいとは考えてないかなあ。子育てできる気もしないし」

「私達の年齢でそこに自信がある人の方が少ないと思うけれど。でも、私達の子どもなら絶対にかわいいと思わない?」

「それはそうかもしれないけどさ。でもさ、まともに子育てされた事もないのに、自分がまともな子育てを出来る気がしないんだよね」

「急に悲しくなる事を言わないでちょうだい。まあ、将来考え方が変わるかもしれないし、今すぐどうこうという話ではないから、どちらでも構わないけれど」

「そうだねえ。取り敢えず今は無理だよ」


 高校生で子どもができたりしたら、それこそお終いでしょ。

 中にはそういう人もいるんだろうけどさ、本当に凄いと思う。

 僕には無理だなぁ。


「では次は、触れられたくない場所についてなのだけれど、大きな声で言うのは恥ずかしいから、耳を貸してもらえるかしら」

「え、うん」


 僕の横に移動してきた芦塚さんに耳を向けて耳に意識を集中させる。

 ……なんかドキドキしちゃう。


「その……――の―はやっぱりまだ怖いのよ。あなたがどうしてもと言うなら、いずれ挑戦するのはやぶさかではないけれど、――に触れられるのは怖いからやめてね?」

「……」


 考えてもみなかった言葉に思わず言葉を失う。

 でも、恥ずかしそうに視線を泳がせる芦塚さんがかわいい可哀相だから、何か言葉をかけないと。


「ぼ、僕もそこは困るかなあ……じゃあお互いにそこはノータッチということで……」

「そ、そうよね。そうしましょう」

「そんな事は考えたことも無かったから驚いちゃったよ。他には何かないの?」


 いつまでも出口の話をしていたくないので、僕はいそいで話を変えようと努める。


「他には……学校や外、料理とか他の事をしている時もに発情されると困るくらいかしらね」

「どっちかって言うと芦塚さんの方が外で色々やらかしてる気がするけど……まあいいや。分かりました」


 たまーに外で際どい所を触りながら歩いているカップルを見かけるけど、あれは何なんだろうね。

 全然見たくないから隠れてやって欲しい。

 ……学校で芦塚さんに色々されてた僕が言えた口ではないかもしれんけどさ。


「まあこんな所かしら。あなたから何か言っておきたい事とかある?」

「んー……芦塚さんには我慢させちゃってるみたいだし、僕からはあんまり無いかなあ」

「相変わらず主体性が無いわね。じゃあつまり、本番以外なら何をしても良いということ?」

「そ、そうなる……のかな?」


 あれ? もしかして早まった?

 そう思った時にはもう手遅れだったみたいで、芦塚さんの目つきは獲物を見つめる獣の様になっていた。


「言質取ったわよ? じゃあ早速、ズボンを脱いでもらおうかしら」

「何か怖いからジリジリ寄ってくるのやめて? 朝から何する気?」

「さぁ、何かしらね。ふふっ、そんなに怯えなくてもいいのに。ほら……」


 何がほらなのか。

 でも、僕が恥ずかしがって芦塚さんに我慢させてしまった結果、他所で爆発されてはいけないし、たまには男らしくドンと胸を張ろうじゃないか!


「さ……先にシャワー浴びてきてもいい……?」


 やっぱりダメだったよ……。

 男らしさよりも、自分の個性を大事にしていこうと思うの。


「仕方ないわね。折角だから、また一緒に入りましょうか。今回は目を閉じていなくてもいいからね」

「お、お手柔らかにお願いします……」

「大丈夫よ。ちゃんと私が綺麗にしてあげるから」

「自分でできるから、本当に大丈夫だよ?」


 その後は抵抗も虚しく、体の隅々まで芦塚さんに洗われることに。

 めっちゃゴシゴシされた……。

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