第七話 王子と天才は、事件を終え次の日常へと向かう
すべての件が片付いて、フォルトと俺は今日から自分たちの生活の場になった部屋へと戻ってくる。
まだまったく慣れてはいないが、それは仕方ない。なにしろ初日で荷物の整理も終わっていないのだ。
「入学早々、君にも迷惑をかけることになってしまったね。改めて、謝罪をしなければならないな。今日は本当に申し訳なかった」
フォルトはあらたまって大きく頭を下げるが、反って居心地が悪い。
「やめろやめろ、王子様がそんな簡単に頭を下げるな。それになにより、友人なんだからそこは持ちつ持たれつでいいだろうが」
「そうか……、まあそうだね。では謝罪の代わりに、感謝をしておくとしよう。ありがとう、これからもなにかと世話になると思うけれど、どうか、よろしくお願いするよ」
そしてフォルトはスッと手を差し出してくる。
俺もその手を掴み、強く握り返す。
「……なんか、これでやっと本当の友人になれた気がするな」
「そうかい? まあ、君がそう思うのならそうなんだろうな。僕には、友情というものがまだよくわからないからね」
皮肉で言っているようにも聞こえたが、おそらくそれは王子様の本心でもあるだろう。
これまでの態度を見ていると、この人物には、人生において友人がいたことなどないように思えるのだ。
「さて、帰ってきて早々で悪いけど、僕は今回の件について報告と調査をしに行かねばならなくてね、少し部屋を空けさせてもらうよ。戻ってくるのが何時になるのかわからないから、僕のことは気にせず、先に眠ってもらって構わない」
「恋人でもないんだから、言われるまでもなく眠たくなったら勝手に寝るに決まってるだろ。まあでも、今日は封魔球を結構使っちまったからな。その補充もあるし、寝るのは当分先だとは思うが」
「えっ、アレを作るのか。残念だ、是非ともその様子を見たかったんだけどね」
心底残念そうな表情を浮かべて、フォルトはガックリと肩を落とした。
「いや、別に普通の作業だぞ」
「その普通の作業すら、職人に伝手がないとなかなかお目にかかる機会もないからね。ましてや君の作業だ。いったい何が見られることか」
「わかったわかった、いいからさっさと報告に行ってきてくれ。どうせ作業は机の整理が終わってからじゃないと始められないから、まだまだ先だぞ」
「そうか、なら仕方がない。また、次の機会があることを願っているよ」
そう言いながらも未練がましく何度も様子を窺い続けていたので、さっさと部屋から追い出して一人で机の整理に戻る。
それからしばらくして、誰かが部屋の扉を叩いた。
流石は王子様の部屋だ。初日から来客が多い。
とはいえ、その王子様は不在なので俺が対応しなければならないわけだ。
「はい、フォルト王子は不在だが、なにか御用で?」
言いながら扉を開くと、そこにはいかにも兵隊然とした堅物そうな男が立っていた。そしてその後ろにも、似たような男が三名ほど待機している。
どう見てもフォルトの客かと思ったが、その兵隊男は俺の顔を見るなり、その厳めしい表情を保ったまま抑揚なく告げる。
「ワイズ・ヤーカルさんですね。とあるお方が、あなたとの面会を希望しておられます。御同行頂けますか?」
有無を言わさぬ口調でそう押し切ってきて、俺は半ば連行されるように彼に続く。
「お部屋の方は我々の方で見張っておきますので、ご安心を。では、行きましょうか」
なにか言葉を返そうとも考えたが、やめた。
「やあ、突然呼び出してしまって、申し訳なかったね」
俺が連れていかれたのは学園寮の一階にある個別の応接室。
その部屋にいたのは、どこかフォルトと面影が重なる、物腰の柔らかな青年だった。
いや、そんな言葉で誤魔化していても仕方がない。
その青年はシュリンズ・エヴァン・ティスゲイル。
この国の第一王子であり、第一王位継承者。つまりフォルトの兄ということである。フォルトのことを知らなかった俺でも、さすがにこの人物は知っていた。
「弟がこれから世話になるルームメートに挨拶をしておかねばと思ってね。君とフォルトの活躍はもう耳にしているよ。入学初日から大したものだ」
第一王子はそう言って屈託なく笑う。
俺はどう返していいのかわからずただ黙って会釈をするしか出来なかったが、既にタッパート事件の件も耳に届いているらしい。
「君ももう知っていると思うが、弟は少々気難しい性格をしていてね、そこも踏まえて、なんとかいい友人であってもらいたいのだよ。あの子には、これまで友人らしい友人がいなかったのでね」
「それはもちろん構いませんが」
言われるまでもないことだ。だがどこか違和感がある。この第一王子は、まだなにか、伝える言葉を語りきっていない。
「それはよかった。そこでフォルトの友人である君に、今後のことについて一つ頼みたいことがあるんだが」
来たか。
警戒心が顔に出てしまったと思うが、シュリンズは特に気にした様子もなく、さらに言葉を続けていく。
「実は、君にはフォルトを王にすべく働いてもらいたいんだ。無茶なお願いをしているのは自分でもわかっているが、なにしろこういうことを頼めるのは他ならぬフォルトの友人である君しかいないのでね」
「はあ?」
目の前にいるのがこの国の次期国王に最も近い人物であることも忘れて、俺は思わずそう叫んでしまった。
シュリンズの後ろの兵士たちが反応しかけるが、シュリンズが手でそれを収める指示を出す。
「君の反応ももっともだ。だが、こうして、君と直接会って確信したよ。君なら確実に、私の期待に応えてくれるだろうとね」
「いや、残念だが、その期待には応えられませんね」
本心からの期待を込めた第一王子の言葉であろうとも、俺は、俺の譲れないものを返すしかない。
「俺は友人として、あいつを、フォルトを自由にしてやりたいと思っています。たとえ第一王子であるあなたの頼みであろうとも、あいつを縛るようなことには賛同できない、それが俺の答えです」
そんなひとことひとことを口にしながら、俺は自分がいつ死んでもおかしくないという覚悟を腹の底に抱え込んでいた。それだけの発言をしたという自覚はある。
だが、シュリンズは俺の言葉になにか思うところがあったのか、少し目を伏せ、やがて小さく微笑んでその目を開いて俺を見つめてきた。
「なるほど、フォルトは私の考えていた以上に良き友人に恵まれたようだ。そこまで言わせるような君に免じて、今日のところはこのまま帰るとしよう」
柔和な笑みが俺に向けられる。
そこに裏はないのだろうが、それでも、俺にはひたすらに恐ろしい笑みに見えた。
「ああ、そうだ、今日私と君がこうして会ったことは、フォルトには秘密にしておいてくれないか。あの子は、私が何かしているのを察すると、すぐに拗らせて余計なことをしてしまうからね」
「承知しました」
それは俺にもなんとなくわかる。
「手間を取らせて申し訳なかったね。また何かの機会で君に再会出来ることを祈っておくとしよう。それじゃあ、フォルトをよろしく頼むよ」
それだけ言って正規の王室の挨拶の礼を見せ、シュリンズ王子は護衛の兵士たちと共に部屋を去っていく。
残された俺は、なにかとんでもない事態に巻き込まれたのを感じていた。
どうやらこれが、俺の学園生活ということらしい。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
報告そのものは、拍子抜けするほどあっさりと終わった。
タッパートの死については元鞘の通りあの取り巻きたちの犯行ということになり、フォルトもワイズもまったくの無関係、事件との関わりすらなかったことになった。
(これは、シュリンズ兄さんの差し金か)
手際の良すぎる一連の流れに、一番上の兄の顔が浮かぶ。
王妃であるロゼンタの実の息子である腹違いのあの兄は、なぜかなにかと自分に気をかけてくるのだが、その裏にある意図が読めないのが気味が悪いのだ。
実際にあの兄のお陰で助けられた事態はいくつもあるが、それでも、信用出来るかといえば答えは出せない。
いずれにしても、今回もまたいつの間にか助けられていたということらしい。
これまではそんななあなあな関係でもよかったのだが、この先はそうもいかないことを覚悟する。
僕は、この国の頂点に立つ必要が出てきたのだ。
少なくとも、僕の判断に誰の邪魔も受けない立場になる必要がある。
昨日までの自分では考えられなかったことだ。
その理由はただ一つ。
ワイズ・ヤーカル。
あの才能をちゃんと歴史に残るものにしなければならない。
それが、時代を動かしうる天才と出会ってしまった者の義務である。
僕は、その力が手に届くところにあるのだ。
それとは別にもう一点、気掛かりなこともある。
黒幕と思われたケヴィン・ライリーという男についてはなんの情報もなく、そもそもこの学園の人間ですらなかったらしい。
そしてそのケヴィンは、その背後関係もわからないまま、まんまと逃げおおせてしまった。
おそらく、これからまた次の刺客が送り込まれてくることだろう。
あるいは、既に入り込んでいるか。
僕はかまわないのだが、ワイズのことを知られているのは少々厄介な事になったかもしれない。
だがまあ、どれもこれも、まだなにもわからない、未来の話だ。
今日のセレモニーで、自分の語った言葉を思い出す。
『我々はこの学園で希望と未来を見つけることを目標とします』
薄っぺらい、上辺だけの言葉……だったはずだ。
だが今の自分には、それがハッキリとのし掛かっているのを感じている。
僕の学園生活は、こうして始まったのである。
諦観やさぐれ王子はおせっかい天才技巧師の卵に夢を見る シャル青井 @aotetsu
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