第六話 王子は、天才の技術で勝利を掴む
「おやおや、やはり来てくれたんですね、王子様」
学生寮から少し離れた物置小屋で、その取り巻きたちは待っていた。
勝利を疑いもしない尊大な態度で話しかけてきたので、まずはその鼻っ柱をへし折ることが重要となる。
「なに、僕も君たちに伝えておかないといけないことが出来たんだ。どうせなら直接話した方がいいと思ったからね」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
今必要なのは時間と空気を上手く作ることだ。
「おや、いったいなんですか? 我々の証言一つで貴方がタッパートを殺した事実が明るみに出るんですよ。聡明な王子様なら、そのことを理解しておりますよね?」
「ああ、奇遇だね。僕の話もその件についてだ。実は、タッパート殺しの真犯人が見つかったのでね、その報告に来たわけさ」
「真犯人!?」
たったそのひとことで、彼らは目に見えて動揺する。
それでも、犯行を漏らすようなことを口にしなかったあたり一応は警戒感があるようだ。
なので、ここでとどめに向かう次の宣告を彼らに行う。
ルールの宣告だ。
「そうさ、真犯人だよ。いいかい、これはもう推理でも脅迫でも捜査でもない、政治のパワーゲームなんだ。そして、君たちが先に足を踏み入れたことを自覚しておいたほうがいい。今回の犠牲者は仮にも貴族の家の子息だからね。その命は安くないよ」
「だから、それを殺したのは……」
怯えた声で反論を試みてくるが、それを正面から叩き潰す。
「パワーゲームと言っただろう? 真犯人は君たちだけではなく、僕にだって決められるんだ。さあ、入ってきたまえよ、真犯人君」
僕のひとことで、ワイズが倉庫の中へと足を踏み入れてくる。
「そ、そいつは……」
ワイズの顔を見たことで、取り巻きたちの態度からいよいよ持って余裕が消え失せ、睨み付けるような視線を僕とワイズに向けてきた。
だがそれこそが、勝利をなにより確信させる態度だった。
「ああ、タッパートなら俺が殺したぜ。王子に不敬を働いたのが許せなかったからな。で、次は誰が後を追いたい?」
わざとらしいほど不敵な声が、ワイズの口から吐き出される。
わざとらしすぎて笑いそうになるのをこらえるのが苦しいほどだ。
だが、むしろそれが取り巻きたちには不気味な笑みにすらに見えたらしい。
「い、いや、違う、タッパートを殺したのはそこの王子だ! 我々の証言にはロゼンタ王妃の承認があるのだぞ!」
追い詰められた者ほど、後ろ楯の名を出してしまうものだ。
だがそれは、手札を全てさらけ出す愚行そのもの。
あとは一枚一枚、それを剥ぎ取っていけばいい。
「なるほどそれは大変だ。義理とはいえ、自分の息子が懇意にしている貴族の子供を殺してしまったとは、これは一大スキャンダルとなってしまうかもしれないね」
「そ、そうだ、だから王子の為を思って、我々はそのことを黙っておいてやろうと言っているのだ」
「それはそれは、お心遣い誠に感謝します、とでも言っておけばいいのかな。でも見ての通り、真犯人が見つかったのでね、その心配もなくなったわけだ。僕の言っている意味、理解できているかな?」
微笑みかけ、彼らを見る。
もはや取り巻き共の顔からは完全に血の気が引いている。
「証拠は……、そいつがタッパートを殺した証拠はあるのか!」
「いやいや、何度も言っているじゃないか、これはパワーゲームだって。証拠は僕の証言と真犯人の自白ということになるんだろうけど、重要なのはそこじゃない。君たちの証言より、もはやこちらの方が強いということだよ。そうなったらロゼンタ王妃がはたしてどちらを選ぶかというのは、考えればすぐにわかることだろう?」
これがタッパート自身が生きていたなら、また話は変わってきたことだろう。仮にも、あの人物は貴族の子息だったのだ。
だが、ただの取り巻きでしかない彼らにそこを埋める術はない。
いくら王妃が僕を陥れようとしていたとしても、こうなってはそのリスクが大きすぎるのだ。楽へと流れるなら、身も知らぬ真犯人を晒し上げた方がいいということになる。
「そうなれば君たちに残るのは、王子に不当な罪を着せようと脅迫したという事実だけということさ。それが公になるのは王妃にとってもそれは好ましくないことだし、放っておいたら君たちがなにを言い出すのかわかったもんじゃないからね。不要になった駒の末路は、まあ、一つしかないだろう」
そして僕は笑った。
飛びっきりの、勝利を確信した笑みだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ふむ、流石は王子様、といったところか……」
取り巻きたちは、フォルトの言葉に気圧されて見るからに腰が引けている。
だがその奥にもう一人、明らかに雰囲気の違う存在がいたらしい。
そいつがゆっくり立ち上がると、取り巻きたちの空気が変わったのが感じ取れた。
「は、話が違うじゃないですか、ケヴィン先生! 王妃の名前を出せば、王子はすぐに折れるって……」
取り巻きたちが彼に失敗の不満をぶつけるが、その男はまったく怯む様子も見せない。
「そのことに関しては申し訳ない。どうやら、王子様を少々見くびっていたようだ」
「なるほど、黒幕はあなたでしたか、ケヴィンさん」
その男はケヴィン・ライリー。学園の治安委員を名乗っていた男だ。
「王子殿下には言ったはずだが。彼らに会うな、余計なことをするなと。だから彼らがこんな事になってしまう」
「そうする未来もあったんだけど、僕にもやりたいことが見つかったのでね。そういう意味で、この学園に来たのは正解だったよ」
そう答えるときのフォルトはいつも本当に楽しそうに笑っている。
元の顔がとんでもなく良いからこそ、その表情を見ると心からそれを開放してやりたいという気持ちが沸いてきてしまう。フォルトは間違いなく余計なお世話だというだろうが。
「そうか、それは残念だ。せっかくのその楽しい人生も、ここでおしまいだからな」
ケヴィンも笑い、その手を掲げる。
「殿下は先ほど、一つ間違いを言っておられた。彼らはまだまだ不要な駒ではない。充分、利用価値が残っている」
「あ、ああ、か、身体が勝手に……」
そしてその手を下ろして合図をすると、漠然と見ていた取り巻きたちの身体が、彼らの意思に反してこちらに向かってくる。
「王子と真犯人を捕らえられたら、お前らの罪も帳消しになる。この事件が明るみに出れば王家には確かに大打撃となるだろうが、それはそれで、我々の仕事がやりやすくなるのからな、最期までしっかり働いてくれ」
「うわ、やめ、やめてくれ……!」
ケヴィンの合図で彼らは意識を失うが、それでもその身体は止まることなく動き続ける。その常軌を逸した動きは、もはや人間の限界を超えたものだった。
「傀儡術とは、なかなか趣味の悪い魔法を使うのだな」
「ふむ、この術をご存知か。この国では禁制になって十六年になるのに、勉強熱心なことだ。やはりここで消してしまうにはあまりにも惜しい。どうだ、我々と共に働かないか? 貴方ほどの人物なら大歓迎だ」
その言葉に、俺は思わずフォルトの表情を窺った。
だがそれは杞憂でしかなかった。
「面白い提案ではあるけれど、いくらか遅かったと言わざるを得ないな。さっきも言っただろう。僕にはやりたいことが出来たんだ。君らの正体が何者か知らないが、もはや君らの下に付く気はないよ」
フォルトは不快そうに笑みを浮かべながら、迫り来る取り巻きをいなしている。
その動きを見る限りまだ余裕はありそうなのだが、どうやら取り巻きを殺さないように立ち回っているらしい。
もちろんそのままではジリ貧だが、フォルトの視線は明らかにこちらを見ている。
そこで俺の出番というわけだ。
無茶振りもいいところだが、友人の期待には応えねばなるまい。
今の手持ちの球を考えて、俺は懐からいくつかの封魔球を取り出してそのまま地面へと転がした。
その瞬間、フォルトは見計らったように取り巻きの一人の肩を掴んで、そこで勢いを付けて飛び上がる。
それと同時に、球から溢れ出た水が床一面に広がり、その上を強い稲妻に似た衝撃が走り抜ける。
【水面】の上を駆ける【雷光】。俺のとっておきの封魔球だ。
それに足を取られて取り巻きたちが転倒し、そのまま動かなくなる。
冷静に対処すれば大したことのない仕掛けだが、動きの自由さを奪われた身体では反応すら出来ずにそのまま絡め取られるだろう。
これを用意させたフォルトの先見の明がとしかいいようがない。
ケヴィンは流石に転倒などしなかったが、その衝撃に加え、術が強制的に中断されたことで、一瞬の怯みが生まれてしまう。
そうなれば後はフォルトの思うがままとなる。
魔法で作られた光の剣を持ち、そのままケヴィンに突撃する。
当然ケヴィンも応戦態勢を取るが、その時点でもう勝負ありだ。
「なるほど、王家の【剣魔法】か。本物の王子様というのは間違いないということだ。だがその程度の剣技で私に勝てるつもりか!」
「それは無理かもしれないね、だが、些末なことさ」
フォルトの剣をケヴィンがその杖で受け止めるタイミングに重ねて、俺はケヴィンに向かって封魔球を投げつける。
ケヴィンはとっさに回避を試みるが、少し遅かった。
球が爆せると、かわしきれなかった彼の右肩から腰にかけて魔力の膜が覆う。それと同時に、その中に魔法の衝撃弾が作られる。
【魔力膜】と【弾丸】、どちらも学園に行かずとも市井の魔法能力者が習う、基礎の基礎である魔法だ。
どちらも単独ではそう大したことのない魔法だが、同時に発動させることでまったく別の姿を見せる。
魔法を弾く膜の中を、何度も魔力の弾丸が跳ね返る。
弾丸の一撃はそう強くはないし、膜だってほんの一瞬、一呼吸、吸って吐く程度の間しか維持されない。
だがその膜が発生している間、狭い膜の中を跳ね返った弾丸が何度も的の右半身を叩きつけるのだ。
それを封魔球でやろうと考えるのだから、フォルトは見えているものが違う事がよく分かる。
そして膜が消えると同時に、ケヴィンは無惨なまでにボロボロになった右肩を抑えて崩れ落ちた。
「勝負あり、ということでいいかな」
「どうやらそのようだな、残念だ……」
苦悶の表情を浮かべたままのケヴィンだったが、残った左手で懐からなにかを取り出した。
それは、俺の封魔球よりもかなり大きめ、腕ほどの大きさである一般的な封魔の筒だ。
「それならば、死なばもろとも、という手を使うしかないな。王子様の命も道連れなら、安いものだ」
ケヴィンの顔が邪悪に歪む。
そして左腕を振りかぶって、そのまま封魔筒を地面に叩きつける。
「危ない!」
筒の中身が万が一だったことを警戒し、俺はとっさにフォルトを庇うように飛び付いた。
自分の真上を黒煙が覆う。
だがこれは爆発とは違う。俺もよく知ってる、ただの煙幕魔法だ。
そしてその煙幕が晴れたあとには、ケヴィンの姿は既になく、倒れたままの取り巻きたちが残されていたたけだった。
「逃げられた、のか……」
「まあ、そうみたいだね。とはいえ、あの身体では当分なにも出来ないだろうさ」
俺はよろよろと起き上がるが、フォルトは倒れたままの姿勢でそのまま大の字に横たわり、余裕の表情で笑っている。
「随分と気楽なもんだな、王子様は。放っておいたらまた狙われる可能性もあるんじゃないのか?」
「それは彼がいてもいなくてもそんなに変わらないことだからね。誤差だよ、誤差」
「なるほど、クソみたいな話だ」
呆れてそれ以上の言葉が出てこない。
だがそれはそれとして、この戦いはフォルトの完全勝利なのは間違いないことだった。
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