第五話 天才は、王子の推理と作戦を聞く
「王子様、ご在室ですか? 少しお話があるのですが」
その声にはわずかに聞き覚えがあった。あのタッパートの取り巻きどもの一人だったはずた。
近付くなと言われていたが、治安委員のケヴィンよりも先に向こうから仕掛けてきたというわけだ。
「少し待ってくれたまえ、今扉を開けるから」
フォルトはそう返事をしながら、手で俺に隠れるように指示を出す。
それに従い、俺はベッドの脇、部屋の死角となる場所へと身を潜める。
そんな俺を見届けてから、フォルトはゆっくりと扉を開き、そのままそこで取り巻きを出迎えた。
「ああ、確か君はタッパート君の友人の一人だったかな。タッパート君はどうやら、大変なことになったらしいと聞いたけど」
影からチラリと様子を窺う。
わずかに見えた取り巻きの表情はいかにも勝利を確信したような自信に満ちたものだった。
「おや、もうそこまで情報がいっていましたか。それなら話が早い。王子、貴方は今、タッパート殺しの一番の容疑者として名前が上がっているのですよ」
いけしゃあしゃあと取り巻きはそんなことを口にする。
「おや、だがそれは事実と異なると君たちが証言してくれればいいじゃないか。君たちも、僕が逃げるところは見ただろう?」
そう尋ねてはいるが、フォルトもあちらの言い分がおかしいことはもちろん承知の上だろう。
なにを引き出せるか、それを探りながら言葉を重ねていっている。
「それはあくまで我々が証言した時に明らかになる真実ですよ、王子。もし我々が別の証言すれば、真実はそちらに傾く可能性だって充分にあるわけです。この意味、王子ならわかりますよね?」
「随分と回りくどい言い回しをするものだね。ようするに、君らの言葉で僕がタッパート殺しの犯人にも出来る、ということなんだろう?」
腹の探りあいには飽き飽きといった風に、フォルトは直球の言葉で取り巻きの脅迫をはたき落とす。
「本当に話が早いお人だ。ええ、ええ、とはいえ、我々は王子のことを慕っておりますからね。どうでしょう。これからの学園生活、我々と一緒に送るというのは? あなたのお母上であるロゼンタ様からもそういった話を聞いているのですが」
その、ロゼンタという名前が出たほんの一瞬、フォルトの顔が歪んだのを俺は見逃さなかった。
そしてその一瞬の変化こそが、王子様の本当の答えをより表しているのだ。
だが、彼の口から出た返答は、それとはまったく真逆のものだった。
「要するに僕は君らに従うしかない、そういうことだな」
平坦な、全てを諦めた末に出てくる行程というだけでしかない言葉。
取り巻きはなにも答えなかったが、その顔には勝ち誇ったような、優越感に歪んだ笑みが張り付いている。
「この学園、この王国で生きていくんだ、それくらいは理解するさ。君たちがどういうシナリオを用意しているのかは知らないけれど」
そして王子様は、また諦めの言葉を吐いた。
「ふざけんなよ!」
我慢の限界は、俺の方に先にやってきた。
物陰から勢いをつけて立ち上がり、そのままフォルトの元へと詰め寄っていく。
「理解する、だと? それがお前の生き方なら、俺がぶち壊してやるよ」
フォルトの胸元を掴み上げ、そう宣告して脇に放り出す。
俺が我慢出来なかったのは低レベルな脅しをかけてきた雑魚に対してじゃない。それにさえ諦めを見せたフォルトに対してだ。
「き、貴様、何者だ!? 我々と王子の重要な話に割り込むとは、覚悟は出来ているのか?」
「なにが覚悟だ。虎の威を借りないと寄生先も決められない害虫が吠えるな。何者かだと? 俺はフォルト・ファン・ティスケイルの友人、ワイズ・ヤーカルだ」
取り巻き男を睨み付けて威嚇し、俺は高らかにそれを宣言する。
「ワイズか、覚えておくぞ。貴様を必ずこの学園はおろか、この国にいられなくしてやるからな」
「それまでお前に利用価値があるといいな、寄生虫」
俺にそう煽り立てられ、取り巻きはすごすごと退散していく。
「とんでもないことをしてくれたものだな、君は」
もちろん、フォルトの方も俺の行動には怒りにも似た戸惑いを向けている。
こいつの人生プランからしたらまさに余計なことしかしていないわけだから、それも当然の反応ではあるが。
「あそこまでしたということは、当然、なにかしら勝算があるのだろうね」
「さあな。ただ俺にわかるのは、あのままあんな奴らにさえ従っていたんじゃ、お前はずっと負けっぱなしってことだ。勝算とかなんとかいう前に、勝ちに行く姿勢を見せろよ。そうすれば、俺がお前の人生、これから楽しいものにしてやるよ」
それだけ答えて、俺はただ笑ってみせた。
「まったく、なんてことだ。愚の骨頂、無責任の極みだ。だが、君の言葉には残念ながら一理ある」
大きなため息を漏らしながら、フォルトはあらためて俺の顔を見た。
「正直にいえば、あんな小物も小物、底辺のド小物に大きな顔をされるのは不愉快なのは間違いないからね。こうなってしまった以上、徹底的にやるしかないだろうな。当然君もだぞ、ワイズ」
吹っ切れたフォルトの表情に、俺は心の底から喜びが沸き上がってくるのを実感していた。
「なにを笑っているんだ」
「俺の友人選びが間違いじゃなかったことが実感していたところだよ」
「まあいいさ、とにかくまずは、あの殺しの犯人が僕ではないことを示さねばならないな」
「アリバイの証明ってやつか?」
だがフォルトは、それに対して強気な笑みを返してくる。
「いや、そんなまどろっこしいのはもうなしだ。手っ取り早く真犯人を付き出してしまおう」
「あの取り巻きどもか。でもどうやってだ?」
もちろん、それは誰が見ても明らかであろう。しかし、それが通らないことが今回の事件の厄介どころなのだ。
「ようするに、あの連中がふんぞり返っているのは後ろ楯があるからさ。なら、そこを切り離してしまえばいい。そのためには……」
フォルトは少し溜めたあと、俺の肩に手を乗せてゆっくりとこう告げた。
「君に暴れてもらう必要がありそうだ」
そんな友人の頼みを、俺が断れるはずもないだろう。
「ここで重要なのは二つ。一つは誰が後ろ楯と繋がっているか。そしてもう一つは、なぜタッパートを殺す必要があったのかということさ」
椅子に深く腰かけて、フォルトはこれからの方針について語っている。
「なぜって、お前に殺人の容疑を被せて従わせるためじゃないのか?」
「それはそうだ。だが本質はそうではない、と僕は考えている」
形の良いその口から確信に満ちた言葉が出てきて、俺はそれだけで安心したような気分になる。
こいつにはもう、そのいわれなき罪を背負うつもりなど一切ないというのが伝わってくるからだ。
「普通に考えれば、あのままタッパートが僕を従えようとすればいいだけの話だったはずだ。だが、その試みは失敗に終わった。君という異分子のせいでね。だからあちらさんはすぐに二の矢を放つ必要が出てきたわけだ」
「だからって、殺すほどなのか……?」
正直にいえば、俺には貴族の連中の勢力争いがどれほど深刻なものなのかを理解出来ていなかった。そんな簡単に人の命を奪えるものなのか。
「いや、もちろん通常ならそこまですることはないよ。なにしろ殺してしまうというのは、あまりにもリスクが大きすぎる。そこが今回のポイントなのさ」
フォルトの言葉には引っ掛かる点もないわけではなかったが、それでも、殺人が当然という価値観が横行しているわけでないと知れたのは安心できる材料だった。
「あまりにも回り道が派手すぎるから見落としてしまうけど、犯人のやろうとしていたことは実に単純なものだったんだ。つまり今回の殺人の目的は、タッパートを殺すことだ」
「は?」
その一周回った結論に、俺はただそんな言葉を出すことしか出来なかった。
殺した理由は殺すためだった。
説明にもなっていない。
「しかも恐らく、そこまで計画的な犯行ではないというのが僕の推測だ。あのまま僕がタッパートに従っていたなら、犯人たちも動かなかったとは思うからね」
そう聞かされると、朝のタッパートと取り巻きたちの動きも違った風に見えてくる。
「動機はいったいなんだ? なにがあいつらを殺しにまで駆り立てたんだ?」
「そこを確定させるのは難しいけれど、タッパートはあの性格だ。家柄があるから皆従っていただろうけど、実際のところ、慕われてはいなかっただろう。そこにもし、もっと強力な権力を持った『王子様』が現れたらどうする? しかも上手くやれば、その王子様を自分達の下に置けるとしたら?」
フォルトは皮肉げに笑うが、俺はその笑顔には乗れなかった。
「下に置くとはいうが、そのために殺しなんてしたらただじゃすまないだろ。実際、治安委員会も動いていたわけだし」
「そこで重要になるのが後ろ楯というわけさ。王子、つまり僕と匹敵する勢力を持ち、僕のことを排除したがっている人物、まあ、それは義理の母であるところのロゼンタ王妃なんだけど、問題はそこのルートの強度だよ。本来それは、タッパートの実家であるザンシタール家に付随するはずのものだからね。タッパート亡き後、それがどの程度残っているのか、そこに付け入る隙があるというわけさ」
「よくわからないがつまり、あの取り巻きどもはあるかもわからない権力を振りかざしてお前を脅して来たということか?」
確かに、あの親分ぶっていたお山の大将が家柄で威張っていた印象も強い。それなら、そうでない連中はどうなのだろうか。
「まあ、そういうことになるね。しかし僕には、それが真実かどうかを確認する術がない。下手につつけば藪蛇なんだから、穏便にやり過ごすしか選択肢はなかったはずなのさ」
「だが、もうそうはしない、と」
今のフォルトは完全に戦う意思をたぎらせ、抵抗のために策を練っている。
これまでのこいつがどうしてきたのかは知らないが、こうやって立ち向かう姿勢の方が絶対に合っていると思う。
「少しずつだけど手札が揃ってきたし、なにより、僕にもするべき事が見つかったからね。少なくとも、あんな連中の下にいてもなにも始まらない、そうだろう?」
フォルトの瞳に力が宿る。それこそが俺の見たかった眼だ。
「それで、あの連中をどうやって後ろ楯のない場所に引きずり出すんだ? もしかしたら『ある』かもしれないんだろ?」
「いや、そもそもとして『ない』とまでは言わないし、実際、あるにはあると思うよ。ただ、タッパートを殺したのが彼らだと公になってしまった時、はたしてどれだけそれが残るかということだね。家系の繋がりもない後ろ楯というのは、利用価値にシビアだよ」
言葉のひとつひとつがフォルトの見てきたものの重さを感じさせる。
住んでいた世界が違いすぎる事を実感する。
「つまり今回の目標は、彼らがタッパートを殺害したという事実を確定させること。そのためにも、君を頼りにしたいわけだ。いや、利用といったほうが正しいかもしれない」
「はあ……。ま、なんでもいいが、お前が心の底から決めたことになら俺は従ってやるよ」
そう言われてもピンと来なかったが、フォルトの態度は自信に満ちていて、俺は俺の知らない自分の可能性に少し未来を託すことを考えていた。
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