第四話 王子は、天才と出会った意味を見いだす

 寮生活で一番始めに起こったイベントは実につまらないものだった。

 荷物整理をするワイズを後ろから眺めていると、その来訪者は突如やってきた。

 学園自治委員会を名乗るケヴィン・ライリーという男。

 そいつはいきなり、タッパートが殺害されたことを告げ、その容疑が自分にかかっていると言ってきたのだ。

 それを聞いて、僕はその裏で描かれているであろうシナリオを考える。

 タッパートを殺したのは間違いなく、あの時彼の回りにいた取り巻きたちだろう。

 もちろん、自分を犯人に仕立てようとしているのも彼らだ。

 だが、ここで重要なのはその理由だ。

 彼らのリーダーであり、貴族の跡取りであるはずのタッパートを殺す必要はなんだったのか。

 それによって、今後の身の振り方も変わってくる。

 タッパートはあからさまに器の小さな小物だったのだが、だからこそ、取り巻きの動向に関して少しばかり違和感がある。

 まず、彼らがタッパートを殺す選択肢にたどり着けたのが妙なのだ。

 そんな思案を巡らせていたのだが、そこへ不意に、まったく別の声が飛び込んできた。

「王子様は、少なくともその殺人を犯した人物じゃないぜ」

 声を上げたのはもちろん同室のワイズ・ヤーカルだ。

 殺していないというのは当然事実ではあるが、はたして、彼の示す根拠はいったいなんなのだろうか。

「ほう、その口振り、なにか根拠があるようだな。君は確か、ワイズ・ヤーカルだったか? 君はなにを知っている?」

 突然の宣言に僕は呆れた目で彼を見ていたのだが、ケヴィンの方は真剣な顔になり、ワイズの次の言葉を待っている。

「俺はあの貴族のボンクラどもがそこの王子様をいじめているところに遭遇して、そこから脱出してからずっと一緒に行動していたからな。こいつに殺しをする時間なんてあるわけがない」

 出てきたのは実に単純な行動のアリバイの話で、流石にため息をついてしまった。

 たがワイズの態度を見るに、さすがにそれだけで突き進もうというわけでもないらしい。その発言自体が撒き餌で、取り調べをしようという治安委員の言葉を待っているのだろう。

「なるほど、だが、君たち以外の誰かによってそのことを証明できるか?」

「そのサンシタールとかいう殺された貴族の坊っちゃんには何人か取り巻きがいたはずだぜ。そいつらに聞けば、きっと答えてくれるだろうさ」

 取り巻きという単語を出すあたり、これは完全な誘導だ。

「いや、それはおかしいな。タッパートと王子が最後に会っていたと証言したのはその生徒たちだ。それでは証言が食い違う」

 食いついた。一番欲しかった言葉が出てきた。薄々わかっていても、言質が取れることは大切だ。

 ケヴィンのその言葉で、今回のいくつもの点がつながった。

 となれば、僕もひとつ仕掛けてみることにした。

「わかりました、では、その生徒たちと会わせてもらえませんか? 彼らの発言の意図が知りたいので」

 もちろん、この要求にはケヴィンは露骨に嫌な顔をする。

「いや、それは無理だ。貴方は今回の一番の容疑者だからな。迂闊に他の人物と接触させるわけにはいかない」

 そして予想通りの堅物な答えが返ってくる。

 そういう人物だからこそ、利用価値が見出だされてここに来ているといってもいい。

 どうやら、タッパート殺しの裏にはいくらか厄介な人物がいるらしい。

 だが、そこにさらにワイズが噛みつきにいく。

 いくつかのやり取りのあと彼が取り出したのは、例の灰色の小さな球体だった。

 ワイズはその球体を使って、自分がセレモニーで爆発騒ぎを起こしたことを自白する。そしてそれとは別にもう一回、その前に裏庭でも同じことが起こっていたことも。

 賭けではあっただろうが、ケヴィンはそこに乗るしかない。

 爆発事件のことまで出されては、自治委員会も動かざるを得なくなったらしい。

 待機しておくようにと一方的に言い渡して、自治委員会の男は部屋を去っていった。

 だが、僕の人生を、運命を、すべてを変えてしまう出来事は、その後に待っていた。

 それは、僕がワイズの使った『封魔球』について尋ねたのが始まりだった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


「で、どうするよ。このままおとなしくお利口さんに、あいつの帰りを待ってるか?」

「そうだね、それは少し面白くないな。でも、その前に一つ君に聞きたいことが出来ていてね。まずはそれを片付けてもいいかな。今回の事件とは無関係なことだけれども」

「聞きたいこと?」

 妙に清々しいフォルトの態度に俺は少し引いていたが、フォルトの方はまったく気にした様子もなくさらに話を進めていく。

「ああ、その『封魔球』についてだよ。これは君が造ったというのは本当かい?」

 言いながらフォルトは俺の手から封魔球を取り、光にかざして眺めるなどしている。

 おそらく、黒い表面に彫られた魔力の流動回路がうっすらと浮かんでいることだろう

「ああ、ありふれた魔法具だろ」

「ありふれた……そうか……、ワイズ・ヤーカル、君はいったい何者なんだ?」

 俺の返答が不満だったのか、フォルトの目付きが鋭くなり、口調もどこか詰問じみたものに変わった。

「何者って。どういう意味だよ……」

「僕も王家の展示会などでそれなりの数の魔法具を見てきたつもりけど、この封魔球に使われている技術はこれまでどこでも見たことがないものだ。君はいったい、どこからこれを持ち込んだんだ?」

「いや、持ち込んだもなにも、さっきから俺が造ったって言ってるじゃねーか」

「造った? 本当にこれをかい? じゃあそれこそ君はいったい何者だという話だ。こんな代物、いったいどうやって造るというんだ」

 どうにも話が噛み合わない。俺はフォルトが何にそこまで驚いているのかがわからないのだ。

「どうって、魔力の流動回路を彫り込んだ球を用意して、そこに【白煙】魔法と爆音の【音】魔法を込めただけなんだが……。どっちも初歩の初歩みたいな下級魔法だし、それくらいは俺にも使えるからな」

 それなりに魔力の才能がある子供なら、そういった初級の魔法は大抵、街にいる魔法学校の卒業生に教わることだろう。

 俺の地区の同級生にも、これくらいの魔法なら使える奴は十人程度はいたはずだ。

「いや、そうじゃない。そこじゃない。まず、この球に魔力の流動回路を彫り込むというのがそもそもおかしいんだ」

「は?」

 確かに、学園入学前に趣味でその技術を身に付けるような人間は少ないかもしれない。だが、魔力流動回路を彫るのは、専門的技術ではあるがいう程珍しいものでもあるまい。

 俺の親父が腕のいい細工師で、俺も子供の頃からそれを見よう見まねで色々作ったりして遊んでいたから身に付いただけのことだ。

 実際、世の中にはそういった流動回路を持つ魔法具はわんさか出回っているし、魔法を使うことができてもそれはそれで手間がかかるのだから、魔法使いほどよく使う技術ではないか。

 そのことを、この王子様が知らないはずもない。

 フォルトの驚きの理由が、どうにも伝わってこないのだ。

「……少し言い方を変えよう。君の彫っている流動回路は、ハッキリ言って常軌を逸している」

 どうやらフォルトは一貫して、なぜか俺の流動回路を変に特別視しているようである。

 それがわかったところでなにから反論していいのかわからず、俺は頭を抱えて言葉を探す。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


 その封魔球の話を聞き、それがどういうことかを理解した時、身体中からすべての血液が瞬く間に蒸発し、あらゆるものが塗り替えられたような感覚に飲み込まれた。

 それは僕という存在がその主観を喪い、ただ、歴史上の人物になったという自覚だ。

 彼はあの小さな球に、自分で流動回路を彫ったというのだ。

 しかも、本人はその異常性にまったく気が付いていない。

 通常、流動回路はそれを張り巡らせる面積を確保出来る大きさの道具に彫るものだし、回路遮断の難しさゆえ、普通はのだ。

 だが、ワイズ・ヤーカルという男は、この小さな球の上でそれを平然とやってのけ、あまつさえ使い捨てのように使っている。

 おかしい、なにもかもがおかしい。

 そして僕は思い当たる。

 この人物は、天才なのだと。

 すべての歴史を塗り替える存在であると。

 そんな存在を前にして考えてしまうのは、自分の役割はなにかということだ。

 それだけを求め、探り続ける。

 幼い頃、ただむやみに、漠然と、歴史に汚名を残してしまうことが怖くてしょうがなかったことがあった。

 自我が固まり、自覚が生まれて、ようやくその意味を理解することは出来た。

 一歩間違えば自分がそこに至ることも、それを上手く避ける方法も。

 そうして僕は、それを踏み外さないように生きてきたのだ。

 僕が王子で、側室の子だからたどり着いた場所だった。

 だがそんなつまらないものは、今この瞬間に全て吹き飛ばされた。

 僕が歴史に汚名を残すとしたら、それは、このワイズ・ヤーカルという燦めく才能を、ただ無為に時代の波の中に埋もれさせてしまった時だろう。

 彼は、この世界を塗り替えてしまう存在。

 技術を、歴史を、時代を一人で前進させる、あまりにも鋭いやじり

 その鮮烈なる矢をつがえた弓が、今僕の手の中にあることを知ってしまった。

 なにを狙う。

 どこまで飛ばす。

 その責は僕に与えられた。

 そのために僕は生きてきたと知る。

 あらゆるものが奇跡だった。

 彼が貴族に生まれていたら、魔法具を作る道には進まなかっただろう。

 彼に魔法の能力がなければ、魔法具を作るという発想にたどり着かなかったことだろう。

 彼がこの学園に来なければ、僕と出会うことはなかっただろう。

 そして、彼の恐るべき魔法具とその才能を発見できたのは、他ならぬ僕だからだ。

 王家の人間として、幼い頃から幾つもの魔法具を見てきたからこそ、彼の常軌を逸した魔法具に気がつけたのだ。

 そして、僕が王族だからこそ、これからその才能の進むべき道を切り開くことが出来る……はずだ。

 それが僕の歴史上の役割だ。

 あり得ないほどの才能と出会った時、人は、その役割を知るのだ。


 ワイズ・ヤーカル。


 僕の人生の役割は、彼のために用意されていたことを理解した。


 だが、不愉快な声が、僕を現実へと引き戻す。

「王子様、ご在室ですか? 少しお話があるのですが」

 扉の向こう、声の主はあのタッパートの取り巻きどもの一人。

 再び、僕の現実が始まる。

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