第三話 天才は、王子を庇うべく反論する

 退屈なセレモニーと当たり障りのない演説、それからクラス別に分かれての退屈なオリエンテーションを終えて、学生寮へと向かう。

 寮では王子であろうとも特別扱いされるわけでなく、もう一人の別の学生と同室となるのが決まっていた。

 上級の貴族だとあらかじめ家が根回しをして同派閥の生徒で固まったりするらしいが、王族までいくとむやみに派閥を作るわけにもいかず、こういう形に回帰するらしい。

 入学を決めたとき、一番上の兄がそういった話を聞かせてきたのだ。

 そしてそんな状況は、自分の立場を考えるとどう転がっても厄介なことにしかならないのが目に見えているだろう。

 そんなこともあり、寮についてはほぼ寝て起きるだけの場所と割り切って考えていた。実際その方が、王子と同室になってしまった相手も気が楽だろう。

「失礼します」

 そういった諦観を持って開いた自室の扉の先には、思いがけない人物が立っていた。

 ワイズ・ヤーカル。

 今朝自分を強引に友人にした、あのおかしな男子生徒。

「いやはや、まさか、ルームメートが君だったとはね。ワイズ・ヤーカルくん」

 思わず、自分でも制御仕切れないような笑みが溢れてしまった。

 嬉しかったのかもしれないし、呆れてしまったのかもしれない。

 いや、もっとも大きいのは安堵の感情だ。

 彼にしても、実際は今日初めて会ったばかりの人物であり、先程まで想定していた有象無象と何が違うのかといえばそこにある差をまだ明確には出来ないのだが、それでも、僕は自分が彼になにかしらの信頼を寄せていることを実感したのである。

「驚いたのはこっちだぜ。王子様も寮に入って、一般生徒と同室とはな。しかも、その相手は俺のような市民枠入学の平民がルームメートかよ」

 当然ではあるが、僕のちょっとした運命なんかより、平民が学生寮に入ったら王位継承者と同室という方がよっぽど驚きは巨大なものだろう。

 文字通り、まったく違う世界に放り込まれたのだ。

 一方で僕は、彼の素性を聞いて納得の方が大きくなっている。

「そうでなければ、この学園に来た意味がないからね。しかしそうか、君は市民枠の生徒だったか。なるほど、それは納得だ」

「なにがだよ」

「僕と同室の件についてさ。失礼だが、おそらく君は市民枠でも一番下の階層のはず」

 本当に傲岸不遜な王族らしい失礼な物言いで、自分でも内心で苦笑してしまう。

「つまり、政治的にもっとも影響の少ない人物ということだ。いかにも政治のパワーゲームでしか物事を見られない連中の考えそうなことだね」

 だがそのおかげで、僕にとっては理想的ともいえる流れが来たわけだ。

「しかし、君がルームメートとわかっていたなら、もう少し私物を持ち込んでもよかったかもしれないな。まあ、そんなことわかるはずもなかったか」

 それはまさに、どこを切ってもブレない本心からの言葉だった。

 寮の部屋をちゃんと部屋として使えるなら、出来ることはもう少しくらいはあったことだろう。

 それでも、この部屋にはこれからの僕にとってとても大きな価値がある。

 それでまあ、当面は充分だろう。

「王子様ともあろうお方が随分と私物は簡素なんだな」

 そんな僕に対し、ワイズは至極もっともな疑問を投げかけてくる。

 それはそうだ。

 入寮の際の荷物が手提げ鞄一つというのは、王族でなくともあまりにも少なすぎる。

「まあね。生きるのに必要には服と食料くらいだろう。食料はここで調達すればいいし、衣類も制服があるからあとは部屋着と外出用の服があれば問題ない。ならこれで充分というわけさ」

 ワイズは腑に落ちない顔をしていたが、実際そうなのだから仕方がない。

「どちらにしても、僕の生活はしばらくは君を見るということになるだろうからね。よろしく頼むよ、友人殿」

「ああ、そうだな。せいぜい王子様を退屈なさせないよう、適当にやらせてもらうとしようか」

 そして僕たちの寮生活が始まったのである。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


 そうして始まった俺と王子の共同生活だったが、最初の波乱は開始わずか十分程度でやってきた。

 王子に後ろから見張られながら荷物の整理をしていると、不意にドアをノックする音が響いた。

「はい、なんの用ですか?」

 フォルトはわざわざ俺の真後ろに用意した椅子から立ち上がり、ドアに向かってノックに対してそう呼びかける。

 だが、自分から扉を開けるつもりはないらしく、ドアの横、開いた際にちょうど影になる位置に待機する。

 ある意味で王子らしく、またある意味では王子に似つかわしくない行動のようにも見え、こいつが王室でどのような立ち位置だったのかが見えるようであった。

 少なくとも、一般人の想像するようなまっとうな生活ではないのは確かだ。

「私は学園自治委員会のものだ。フォルト・ファン・ティスゲイル殿下。貴方に確認したいことがある。少し部屋の中で話をさせて貰っていいだろうか?」

 フォルトはこちらに目を向けて確認を求めてくるが、俺は別になにもやましいことなどないので、曖昧に好きにしてくれと合図をする。

「おや、随分と余裕そうだけど、もしかしたら入学セレモニーの爆発騒ぎの件かもしれないよ」

 そう聞いて、俺は口角が歪む程度に苦虫を噛み潰す。

 そんな俺の態度を鼻で笑い、ファルトはゆっくりとドアを開く。

 するとそこには、気難しいオーラを纏った、いかにも役人といった風貌の男性が立っていた。

 見た感じは学生の年齢ではなさそうで、どうやら予想より幾分か面倒事の気配が感じられた。

「突然の訪問失礼した。私はケヴィン・ライリー、先程もいった通り、この学園の自治委員会を勤めているものだ」

 部屋に入るなり、その自治委員会の男はそう自己紹介をする。

 フォルトが自分の椅子を彼に勧めたので、俺がフォルトに椅子を譲ってその脇に立つ。

 流石にこの場面で王子を立たせておくほど俺も考えなしじゃない。

「それで、自治委員会の方がいったいなんの用件でしょうか? 新入生の見回りにしては、少し物々しいようですが……」

 フォルトの口調は、静かだがどこか刺すような鋭さがある。

 確かに、わざわざ話のために部屋の中に入れてくれというのはただ事ではないだろう。

「その前に、ルームメートには席を外してもらわなくてもいいだろうか。彼がいては、わざわざ部屋に入れてもらった意味もないだろう」

「いえ、その点はご心配なく。彼は信頼に値する、僕の友人です。話を聞いてもらっても問題ありません。それより、そこまでして話をしたいというのは、いったいどんな事態ですか?」

 ケヴィンはそのひとことで余計な前置きは不要と悟ったのか、すぐにその本題を切り出してきた。

「ああ、実は入学セレモニーの最中に、この学園の生徒であるタッパート・ザンシタールという生徒が殺害されてな。そして、彼と最後に会っていた人物が貴方だという証言が出てきたのだ。まさかとは思ったが、どうも彼と貴方は、以前から顔見知りだという話もあるようなのでな。そこも含めて、事情を聞かせてもらえないだろうか」

「なるほど……」

 フォルトは恐ろしい程平静を保ったままであったが、俺の方はその言葉に心の中で震えが止まらなかった。

 あの短時間でもわかるほどろくでもない人物だったとはいえ、自分の見ていた人物がわずか数分後に殺されていたのだ。

 それはとても一般人が見ていい世界ではないだろう。

 それでも、そんな一般人の俺でも伝えられることはある。

「王子様は、少なくともその殺人を犯した人物じゃないぜ」

 湧き上がってくる恐怖を誤魔化そうとしたのかもしれない。

 その言葉で、俺は自治委員の調査に介入した。

「ふむ、その口振り、なにか根拠があるようだな。君は確か、ワイズ・ヤーカルだったか? 君はなにを知っている?」

 ケヴィンの鋭い眼光が俺に睨みを効かせ、反対からはフォルトの呆れた一瞥も俺を撫でる。

「俺はあの貴族のボンクラどもがそこの王子様をいじめているところに遭遇して、そこから脱出してからずっと一緒に行動していたからな。こいつに殺しをする時間なんてあるわけがない」

 フォルトはため息を洩らしさらに呆れ果てていたが、俺は答えを止めるつもりはない。

 もっとも、その証言を信用してもらえるかどうかはまた別問題だが。

「なるほど。では君たち以外の誰かによって、そのことを証明できるか?」

「そのサンシタとかなんとかいう殺された貴族の坊っちゃんには何人か取り巻きがいたはずだぜ。そいつらに聞けば、きっと答えてくれるだろうさ」

 そう返したものの、正直にいえば、そいつらが今も生きているとは思えなかった。あの貴族の坊っちゃんが殺されるなら、まとめて犠牲となるはずだ。

 あるいは......。

「いや、それはおかしいな、タッパートと王子が最後に会っていたと証言したのは、その生徒たちだ。それでは証言が食い違う」

 それを聞いて、俺は思わず右手で顔を覆った。ああ、ある意味では完全な答え合わせでもある。

 もちろんフォルトだって、その事は一瞬で察したことだろう。

「そうですか、では、その生徒たちと会わせてもらえませんか? 彼らの発言の意図を知りたいので」

 当然、この王子様はそこに切り込んでいく。

 しかしフォルトのその提案に、ケヴィンは苦い顔を返すだけであった。

「いや、それは無理だ。貴方は今回の一番の容疑者なのだ。迂闊に他の人物と接触させるわけにはいかない。それは御理解いただきたい」

「そういう魂胆か。なら、少し別の証拠を提示させてもらうぜ」

「なにかあるのか?」

「ああ、これだ」

 取り出したのは灰色の小さな球体。それをケヴィンに手渡し、俺は静かに反応を待つ。

「これはいったいなんだ? なにか魔力が込められているようだが……」

「そいつは俺が造った『封魔球』だ。それの煙幕版を使って入学セレモニーの開始前に爆発騒ぎを起こしたのさ。そこの王子様の遅刻を間に合わせるためにな。そして、同じ爆発騒ぎはセレモニーの前、裏庭でも一度起こっている。それこそが、俺がこの王子様を助けるために封魔球を使って引き起こしたものってわけだ。こちらについても、証言を探して貰えればなにか出てくるはずだぜ」

「なるほど……。まあ、それが真実だとしても、あの爆発の件については今は不問にしておく。では、君の話が真実かどうか、少し聞き込みにいかせてもらう。それまでは、この部屋で待機しておくように」

 一方的にそう言い残して、自治委員会の男は部屋を去っていた。

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