第二話 王子は、寮で天才と同室になる

 遅刻、あるいはあの上級生たちから逃れるため、二人で必死に走り、俺と王子はセレモニー会場である中央講堂の裏口までたどり着いた。

 講堂内部は少しざわついているようであったが、外は静かなものだ。

「さて、セレモニーはもう今にも始まりそうな気配だけど、この雰囲気では僕たちが中に入るのは至難の技という感じだね」

 中を覗きながら王子がそう口にする。

 説明された内容とは裏腹に、その口調は落ち着き払い、どこか楽しげな響きすらあった。

「随分と余裕がありそうだな、王子様は」

「そうでもないさ。僕だってこの状況を打破するために色々と考えを巡らせているところだよ。とはいえ、これはどちらかといえば君の問題じゃないかな。そういえば、君、名前は?」

 王子に聞かれて、俺はまだ自己紹介すらしていないことに気がついた。

 だが、俺がどう切り出すか戸惑った一瞬に、王子が手で俺の言葉を制した。

「いや、やはり答える必要はないな。君と僕の関係はここで終わりにしておこう。僕が君を知らない方が、なにかと君にも都合がいいだろう。君は王子を助けなかったし、僕は君の起こした爆発で偶然あの場を脱出できた。それこそが真実だったのさ」

 そして王子は笑った。先程までの楽しげな雰囲気の消えた、張り付いた作り笑い。

「それでいいのかよ」

「それこそが最適解ということだよ」

 俺は、その王子の顔に酷く苛立ちを覚えた。

 助けたことを無かったことにされたからではない。

 この少年があからさまに本心を覆い隠してしまったことが許せないのだ。

「それじゃあ、僕が講堂の中に入ったらその隙を見て君も入り込むといい。皆、僕にしか注目しないだろうから、君には気が付かないだろうさ。これがさっき助けてもらったお礼というとこにしておいてくれよ」

「嫌だね」

 今度は俺が王子の言葉を遮った。

「俺はワイズ・ヤーカル。決めたぜ。俺は、あんたの友人になる男だ!」

 一方的にそう宣言して、俺はさっきと同じ煙幕の球を取り出して講堂の中へと力一杯投げ込んだ。

 内部で爆発音が響き、構内が黒煙に包まれているのが見える。

「さあ、この隙に一気に飛び込もうぜ、王子様」

 王子は少し呆れたように俺を見ていたが、すぐにその口元に諦めの笑みがこぼれた。

「君はどうにも酷い男らしいな。まったく、入学初日からとんでもない友人が出来てしまったものだ」

「まあ、これからよろしく頼むぜ、王子様」

「フォルトだ」

「は?」

 いきなりそう返される。

 フォルト。それがこの王子様の名前なのだろう。

 噂になるほどだ、もしかしたら良くも悪くもかなり有名なのかもしれない。

 まあ、俺はそれをまったく知りもしなかったのだが。

「友人ならそう呼んでくれ。フォルト・ファン・ティスゲイル。僕はそれが名前なんでね」

「了解したぜ、フォルト殿下」

 俺が返すとしたら、そのひとことしかないだろう。

「君という男は……」

「さ、中が混乱しているうちにさっさと飛び込もうぜ。セレモニーのスケジュールはどうせもう滅茶苦茶だ」

「まったく、誰のせいだか」

 そう言いながらフォルトも笑みをこぼしている。

 そして俺たちは煙の中に飛び込んでいく。

 これが俺と王子、フォルトとの出会いであった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


 その男子生徒、ワイズ・ヤーカルは、一方的に僕の友人になると宣言してみせた。

 その意味を彼は理解しているのだろうか。おそらく、半分も理解していないだろう。

 だがそれでも、僕はそれを受け入れることにした。

 彼はその言葉の直後に、躊躇なく煙幕球を講堂に投げ入れたのだ。

 自分と友人になることの困難を理解することは出来ていなくても、彼ならその困難を吹き飛ばす勢いで突き進むことだろう。

 それが面白いと思ったのだ。

「さあ、この隙に一気に飛び込もうぜ、王子様」

 講堂内部で響く爆発音を聞きながら、彼は自信に満ちた笑みを向けてくる。

 あまりにも破天荒な態度に、こちらももう笑うしかない。

「君はどうにも酷い男らしいな。まったく、入学初日からとんでもない友人が出来てしまったものだ」

 心の底から呆れながら、それでも僕は自分の中に沸き上がってくる楽しさを自覚してしまう。

「まあ、これからよろしく頼むぜ、王子様」

 こちらの内面などまったく理解することもなく、ワイズはお気楽な笑みを浮かべている。

 そんな彼にひとつだけ、どうしても伝えておきたいことがある。

「フォルトだ」

「は?」

 僕がそれだけを告げると、ワイズは虚を付かれたかのように一瞬で言葉を失った。

 説明もなく、まず必要と思ったことだけを口にしてしまう。

 僕の友人になるということは、そういうことなのだ。

 これは王子としてではなく、フォルト・ファン・ティスゲイルという人間の抱えた性質なのだ。

「友人ならそう呼んでくれ。フォルト・ファン・ティスゲイル。僕はそれが名前なんでね」

「了解したぜ、フォルト殿

 僕のその宣告にも、彼は悪びれることなくそう答えてみせた。

「君という男は……」

 それでこそ、僕と友人になろうという男というべきか。

「さ、中が混乱しているうちに、さっさと飛び込もうぜ。セレモニーのスケジュールはどうせもう滅茶苦茶だ」

「まったく、誰のせいだか」

 そして僕は、改めてワイズの顔を見て笑っていた。

 その顔も、すぐに煙の中に消える。

 これが、僕がワイズ・ヤーカルと友人になった瞬間であった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


 そして俺は煙とどさくさの中で王子と別れ、さっさとセレモニーの自分の席に着いていた。

 流石は魔法学園といったところで、俺の起こした爆発騒ぎはあっという間に収束し、セレモニーはほとんどスケジュールに支障をきたすことなく進行していった。

 もちろん王子様も無事に新入生代表挨拶のために登壇し、やれ希望だ未来だという、限りなく無難な言葉を並べてその役目を終えていた。

 そこで気になったのは王子本人ではなく、他の生徒たちの反応だ。

 因縁をつけていたあの上級生たち程ではないが、周囲の生徒たちのの空気はなにか異物を見るような反応で、フォルトが自分との出会いをなかったことにしようとした理由が垣間見えるようだった。

 俺は市民枠に滑り込んだ立場なのでそういった政治的な動きは元より蚊帳の外なのだが、その手のキナ臭い雰囲気はそんな俺のところにまで伝わってきている。

 それが俺には心地悪かった。

「友人として、なにか出来ることを探さないとな」

 そのために、半ば強引に友人になったのだ。

 あいつに必要なのは自由だ。しかも飛びっきりの。

 だが、そのためにはいったいなにをすべきなのか。

 退屈なセレモニーはそんなことを考えているうちに終わっていた。

 それからはクラスごとのオリエンテーションなどといった一般的な学校の行事があり、この日は特に授業などもまだ始まらないため、顔合わせ程度のものである。

 俺はといえば、おそらくこの学園でもっとも最下層である市民枠からの入学のため、他の生徒たちも遠巻きに物珍しい視線を向けるだけで、特に話しかけて来ることなどもなかった。

 貴族の坊っちゃん方はそれぞれで派閥争いがあるようだったし、他の平民出身生徒は、どの貴族に付けばいいのか見定めるのに必死のようだ。

 実際、そういった繋がりを築くのもこの学園のもうひとつの役割でもあるのは確かだ。

 だが俺のような奴が下手に動いたところで、どこかのグループの下っぱで使い走りにされるのがオチだ。

 それでも構わないから貴族との繋がりを作りたいと考える連中もいるだろうが、少なくとも俺はその必要を感じていない。

 そんな態度もあって、俺の初日はクラスに一人も友人を作ることなく終わったのである。


 そして授業が終われば、俺たち学生は寮へと戻ることになる。

 地方貴族や各地の有力者の子息などが集まってくるため、学園は原則に寮生活となり、放課後といっても学園生活と地続きのようなものだ。

 寮の部屋は基本的には二人で一部屋となるのだが、俺の相部屋はまだどんな人物なのかわからない状態だった。

 朝にも荷物らしいものもまったく届いておらず、もしかするとその存在自体が怪しいのではないか。そう思っていた時だった。

「失礼します」

 ノックと共にドアが開かれ、意外な人物が部屋に入ってくる。

 それはまさに、俺がこの学園で初めて作った友人であり、こういった学生寮にもっとも似つかわしくない人物、王位継承権第三位、フォルト・ファン・ティスゲイル殿下であった。

「おや、誰かと思えばこれは奇遇な。いやはや、まさか、ルームメートが君だったとはね、ワイズ・ヤカールくん」

 フォルトは俺の顔を見るなり、呆れたように笑ってみせた。

 あそこで強引に友人にならなくても、ここで再会して嫌というほど向き合うことになっていたわけだ。

「驚いたのはこっちだぜ。王子様も寮に入って、一般生徒と同室とはな。しかも、その相手は俺のような市民枠入学の平民がルームメートかよ」

「そうでなければ、この学園に来た意味がないからね。しかしそうか、君は市民枠の生徒だったか。なるほど、それは納得だな」

「なにがだよ」

 一人で勝手になにかを理解したようで、フォルトはこちらを気にすることもなく頷いている。

「僕との同室の件についてさ。失礼だが、おそらく君は市民枠でも一番下の階層のはず。つまり、この学園において、政治的にもっとも影響の少ない人物ということだ。いかにも政治のパワーゲームでしか物事を見られない連中の考えそうなことだね」

 フォルトと俺を同室にするにあたってどんな話し合いが持たれたのか俺には想像もつかなかったが、それでも、フォルトの置かれた立場の複雑さは透けて見える。

 王子と同室ということは、それだけで王子に影響を与えることが出来るということである。

 フォルトがそれに対してどう考えるかは不確定だとしても、なんの反応もしないというのは不可能だろう。

 そしてその反応がプラスであれマイナスであれ、そこから波が起こりやがて大きなうねりともなる。

 王子というのは、本当に大変なことだと間接的に思い知らされる。

「しかし、君がルームメートとわかっていたなら、もう少し私物を持ち込んでもよかったかもしれないな。まあ、事前にそんなことがわかるはずもなかったか」

 これからこの部屋で生活をしていくというのに、フォルトの持ち物はほとんど存在していなかった。彼の手荷物である大きめの鞄くらいだろうか。

「王子様ともあろうお方が随分と私物は簡素なんだな」

「まあね。生きるのに必要には服と食料くらいだろう。食料はここで調達すればいいし、衣類も制服があるからあとは部屋着と外出用の服があれば問題ない。ならこれで充分というわけさ」

 理屈としては筋は通っているが、とても王子様な口から出る言葉とは思えない。だが、それをこいつに聞いても意味はないだろう。

「どちらにしても、僕の生活はしばらくは君を見るということになるだろうからね。よろしく頼むよ、友人殿」

 そして、フォルトはにっこりと笑う。

 俺もただ、微笑み返す。

「ああ、そうだな。せいぜい王子様を退屈させないよう、適当にやらせてもらうとしようか」

 こうして俺たちの寮生活が始まったのである。

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