諦観やさぐれ王子はおせっかい天才技巧師の卵に夢を見る

シャル青井

第一話 天才は、学園で王子と出会う

 時代を動かし、世界を変革し、なにより人生を狂わせるほどの天才に出会ってしまった時、人はなにを考え、なにが出来るのか。

 これは、僕がそんな天才と出会い、人生の全てを捧げるまでの物語だ。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


 入学セレモニーの開始も迫る朝のナータラー魔法学園の校舎裏。

 俺はそこで『王子様』を見た。

「くそっ、こんなことなら荷物の整頓は後に回すべきだったか」

 その時の俺は、入学初日からの遅刻を避けるべく最短ルートの学園裏庭の林道を駆けていた。

 途中、裏庭で一人の男子生徒が上級生とおぼしき男たちに囲まれている光景が視界の片隅をかすめた。

 関わり合いになるのは面倒だと思いつつも、耳に入ってきた上級生の言葉に俺は思わず足を止める。

「まさか王子様とこんなところで再会できるとは、これはこれは光栄ですなあ」

 発言内容とは裏腹に、まったく敬意のこもっていない口調。

 一方の王子と呼ばれた男子生徒は、上級生の取り巻き達に囲まれていながらも、落ち着き払った態度でその場に立っている。

 上級生たちが騒々しい藪のざわめきだとすれば、その男子生徒は静かで凛とそびえる一本の樹のようだった。

 噂は、入学前から聞いていた。

 今年の新入生、つまり俺の同級生に、この王国の第三王位継承権を持つ文字通り本物の王子様いるのだという。

 間違いない、彼がそのだ。

 その整った顔立ちや服装の着こなし、そしてなにより彼の纏う空気を見れば、男子生徒が本来は自分たちとは住む世界が違う人物であることが明白だ。

 たとえ王子と呼ばれていなかったとしても、ひと目見ただけで彼が王子であることを悟っただろう。

 その男子生徒は、それほどまでに王子様だった。

 そんな王子様は上級生の言葉に小さく肩をすくめてみせ、諦めの混じった言葉で応える。

「君は確か、ザンシタール家のタッパート君だったかな。君もこの学園に入学していたのだね」

 どうやら顔見知りではあるようだが、だからこその空気の不穏さがある。

 それは他でもない、名前を呼ばれた上級生の態度にもっとも顕著に表れていた。

「……まさか、私ごときの顔を覚えてもらっているとは。ええ、ええ、ロゼンタ様からはあなた様をよろしく頼むと言われておりますゆえ、早速、この学園のルールというものをお教えさせていただこうと思いましてね。まずは入学セレモニーが終わるまでここで少しばかりお休みになっていただこうかと。おいお前ら、王子様にお休み頂く準備をしろ」

 その言葉にタッパートの取り巻きたちは顔を見合わせた頷きあった後、王子との間合いをジリジリと詰めにかかる。

 だがあまりにも余裕ある態度の王子に、取り巻きたちも戸惑っているようだ。

「なるほど、僕を入学セレモニーに参加させまいという魂胆なわけか。それは確かに少し困るな。セレモニーでは新入生代表として挨拶を任されているのだけれども、それに遅れてしまう」

「ええ、もちろん、存じ上げておりますとも。ただ王位継承権を持っているというだけで、他の上位成績者を差し置いて代表ヅラして登壇しようとしている恥知らずであることぐらい」

「ああ、そういうことか」

 その言葉を聞き、王子はけだるげに首の後ろを手で撫でる。

 一挙一動に上級生たちの間の緊張感が高まる。

 掴み所のない態度ゆえ、この王子様がどう動き、なにをしでかすのかまったく読めないのだ。

 だがどう転んでも、この後の事態が良くないことになるのは間違いないだろう。

 それに思い至った時、俺は既に行動を起こしていた。

 手元にはポケットから取り出した灰色の球体。

 とっておきのその一品を、下手から勢いよく彼らの脚元へと投げ転がす。

 遅刻を覚悟してまで用意しておいたのが思いがけず正解となったわけだ。

 転がっていった球体はそのまま取り巻きの上級生の足に当たり、次の瞬間、爆発音とともに壮大に黒煙が噴き上がった。

「こっちだ、王子様!」

 そう叫びながらも、俺は信じがたい光景を目にしていた。

 王子は俺が叫ぶよりも前、さらにいえば球体が上級生の足に当たるよりも先に、すでにこちらに走り出す体勢を取っていたのだ。

 上級生たちがまだ俺に気付いてすらいないこの状況にもかかわらずである。

 そしてあっという間に、煙に飲まれた上級生の隙間を縫ってこちらに駆けてくる。

 間違いない。

 こいつはあの一瞬で、これからなにが起こるかを予期したのだ。

 そうして俺と合流を果たした王子は、なにも余計なことは言わず、今もっともすべきことを口にした。

「話は後の方がいいだろうね。まずは入学セレモニーに向かうとしよう。君も遅刻したくはないだろう」

「……ああ」

 いつの間にか俺の方が王子に引っ張られる形になり、俺たちは入学セレモニーが行われる中央講堂へと走り出していた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


 僕がこのナータラー魔法学園に入学することを選んだ理由はただ一つ、王位継承権を破棄するためだった。

 現在、第三位の王位継承権を所持してはいるが、正室の子ではなく、貴族との繋がりも稀薄で政治的基盤も弱い僕だ。その立場はかなり微妙なものである。

 だが、だからこそそんな僕に利用価値を見出だす連中もいたりするのが、この世界王宮政治の厄介なところなのだ。

 やってられない。

 なにより、そんなことを十代半ばに至るまで思い知ることにような世界からは距離を置きたいというのが一番の本音だ。


 希望と未来の学園、ナータラー魔法学園。

 様々な身分から魔法の才を持つものが集められ、国を牽引する魔法使いを育てるための全寮制の巨大な学園。

 この学園で、なにかしら自分の生まれを覆せるような才能が見つけることが出来たならば、あるいは僕は、王子でなくなることもできるかもしれない。

 そんな希望と未来とやらにすがりたいという気持ちがある。

 だがそうでなくても、ここにいれば少なくとも在学中は厄介な王宮のパワーゲームからは逃れられる。

 やがてその波に呑まれてすり潰される宿命だとしても、少しでもその可能性を下げる努力はしておきたい。

 しかし当然ではあるが、学園にも王宮の影響はあり、その傘の下に生きている人間もいる。入学セレモニー前から僕を呼び出したこの上級生もその類いだろう。

 実際、僕は入学前から彼を知っていた。

 男子生徒の名は、タッパート・ザンシタール。

 王国郊外の葡萄園を取り仕切るザンシタール家は、正室である王妃の子飼い貴族であり、王室主催のパーティーにはしばしば招待される存在だ。

 そしてこのタッパートという男は、そこの三男だったはずである。

 直接話をしたことなどはなかったと思うが、学園で上級生と下級生という立場になったことで、その力を振るってみたくなったのだろう。

 これまで遠巻きに見ていることしか出来なかったのあの偉そうな王子を屈服させることが出来るのだ、彼からしたらこんなに愉快な娯楽もあるまい。

 もちろん、僕もそれくらいの嫌がらせが待っていることは予測はしていた。

 とはいえこの先もを続けていくことに比べれば、その程度のことは生暖かいそよ風にしか過ぎないだろう。

 そう思って適当に聞き流していたのだが、その貴族の三男は少々不穏なことを口にした。

「ええ、ええ、ロゼンタ様からはあなた様をよろしく頼むと言われておりますゆえ」

 ロゼンタ。

 ロゼンタ・エヴァン・ティスゲイル。

 僕の義理の母にあたる人物で、おそらく僕の存在を最も邪魔だと思っている人物。そしてなにより、この王国の王妃である人物。

 わざわざその名前を出してこちらを威圧してくるということは、一連のタッパートの行動もあの女の差し金であるということだ。

 どうやら学園までもその腕は届くらしい。

「なるほど、僕を入学セレモニーに参加させまいという魂胆か」

 それにあてはめると、この回りくどい絡み方の裏側が透けて見えてきた。

「それは確かに少し困るな。新入生代表として挨拶を任されているんだけども」

 正直なところ、王子というだけで押し付けられた面倒な役目なので、放棄できるならそれでもいいのだが、それが難しいのがこの生まれというものだ。

 やるべき事が出来ないというのは、信用に関わってくる。

 僕みたいな存在が生きる上で最も重要なのは、信頼だ。

 あっても面倒なだけだが、なくなると命に関わる。

「もちろん、存じ上げておりますとも。ただ王位継承権を持っているというだけで、上位成績者を差し置いて代表ヅラして登壇しようとしている恥知らずであることくらい」

「ああ、そういうことか」

 あまりにも軽薄な因縁の付け方に頭痛もしてきそうで、それを治めようと首の後ろを撫でる。

 だがそうやって目の前の状況から目線を切ったとき、僕は視界の隅、裏庭の林道で人影が動いたのが目に入った。

 誰かが、僕たちのこの状況に文字通り一石を投じようとしている。

 もしこの状況で行動を起こそうというなら、それは僕に対しての援護的な行為だろう。希望的観測だが確信はあった。

 そして、その人物がこちらに向かってなにかを投げたのが見える。

 なにを投げたのかまではわからなかったが、その意図はわかりやすく、この後起こる事態は容易に想像がつく。

 その未来が見えたなら迷っている暇はない。今すぐに動くべきだ。

 考えるより先に大地を蹴っている。

 直後に、先程まで立っていた場所が爆音と共に黒煙に包まれる。

 煙を避けるように顔を伏せ、その人影の方へと走り出す。

「こっちだ、王子様!」

 その影が僕を呼んだ。

 彼が何者なのかはわからないが、今僕がするべき事はたったひとつだ。

「話は後だね。まずは入学セレモニーに向かうとしよう」

「……ああ」

 そして僕はそのまま彼を引っ張るようにして、セレモニーが行われる中央講堂へと走り出していた。

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