労働者の大陸

 僕らの目覚めは、いつも酷い音で始まる。

 金属同士が高速で叩きつけられ、不快この上ない高音が宿舎中に鳴り響く。次に鉄の扉が勢いよく叩かれ、扉越しに魔物が叫ぶ。


「起きろ、労働者共!」


 僕を含めた労働者達は毎日この音と声で一日が始まる。

 最悪な目覚めを迎えた僕は、昨晩のことなどもう頭に無かった。

 悪臭に慣れてしまい、麻痺してしまった重い頭を起こしながら、僕は床に敷かれたボロボロのシーツを畳む。


 そのまま周りの流れに従うように扉から廊下に出る。

 薄汚いネズミも走る廊下は、裸足の僕らの足裏を傷つけた。

 ここは魔物達が大陸を占拠したのちに神殿丸々再利用して作られた労働施設。何を祀る神殿だったのか、僕はよく知らない。


 僕らが最初に行き着く先は食堂だ。

 空いてる席を探して着いた。テーブルに直接置かれた固いパンを手に取り、かじりつく。


 何も考えず、カチカチのパンを貪っていると、向かいの席に見慣れた顔が座った。

 いつか本で見た海のように青い色の髪、つい最近碧の大陸からこっちに連れられてきたリクだった。


「相変わらずなんちゅう顔してんだよ、ルカ。」


 施設の中で唯一僕の名前を知る友人、リクが気だるそうにパンに齧り付いた。


「僕だけじゃないでしょ……みんなそんな顔してる。リクがまだここに来たばかりで慣れてないだけだよ。」


「んー、そうか?」とリクは疑問げに返した。


「いつか反抗してやろうって考えてた奴は碧の大陸あっちに山ほど居たぞ。むしろここの連中がダンマリ過ぎるんだよ。」


 僕はカチカチなパンを、コップの薄汚れた水で喉に流し込む。


革命軍レジスタンスの活動……あっちは盛んなんだっけ。噂で聞いただけなんだけど。」

「お、興味出てきたのか?」

「ううん、魔力の無い僕には無縁な話だよ。僕みたいなのは、ただを待つだけさ。」


 リクは「そっか……」と小さくため息をつく。


 度々聞く話から、僕はリクは革命軍のメンバーなんだろうと予想していた。

 紅の大陸ここに送られて来たのも、革命軍の作戦の一環で、軍のメンバーを増やすためとか、そういうのが目的なんだろう。


 つまり、僕とリクの友情関係も時間という制限があるものなんだ。

 父さんや母さんと一緒。いつか僕の前から消えて無くなってしまう。

 ならいっそ、最初からいない方が楽なのにな……


 朝から憂鬱な思いにふけながら、僕はパンを頬張った。



 ーー魔結晶製造ラインーー


 僕は体力に自信がなくて、代わりに手先が器用だったから、魔結晶を生産する仕事に就かされている。

 魔結晶というのは、結晶の中に魔力を封じ込め、使用者の魔力を回復・あるいは魔力の消費なしに魔法を使うことができる道具の総称だ。


 魔法が使えないのに魔法を使う為の道具を作ってるなんて皮肉めいた話だけど、僕がにいられるのはこの器用さが理由だった。


 最も扱いの酷い結晶採掘班は食にありつけないどころか、睡眠といった最低限の休息も与えられないという。

 魔物軍にとって僕たちは天空人、家畜と等しい。だからこんな扱いを受けるのだと、リクが言っていた。


 自分の手先の器用さに安堵しつつ、僕はいつものように作業を進めていた。


 作業が始まって数時間くらい経った時、当然それは始まった。


「すまない……少し休憩をもらえないでしょうか……」


 班で一番年上であろう男が、手を止めて魔物に懇願した。

 痩せほそった足でゆっくりと立ち上がり、魔物の前で土下座して見せる。


「昨日から視界がぼやけていて、手もうまく力が入らないんだ……」


 魔物はソファからゆっくりと立ち上がり、男へ視線を向けた。


「いつから家畜が話すようになったんだぁ?」


 魔物はコートの内ポケットから黒い金属の塊を取り出した。

“銃“と呼ばれるそれは、魔力を持たない魔物軍が常用している武器だ。

 まるで土魔法でも使ったかのように、金属を高速で発射するそれは、今までこの作業部屋で何人もの人間の命を無慈悲にも奪い去っていた。


「家畜の調教ってのは、痛みを与えるのが手っ取り早いんだが……どうしてか分かるか?」


 魔物はそう言いながら銃を握る手に力を込めた。

 刹那、破裂音が室内に響き、続けて男が床にひれ伏した。

 男の体からは止めどなく血が流れる。


「馬鹿でもやっちゃダメって分かるからなんだよ……って、聞く前に死んじまったか。」


 魔物は何もなかったかのようにソファへ再び腰掛けた。

 あっけなく絶命してしまった男の亡骸に足を組み、魔物はこう告げた。


「お前らは家畜……いや、家畜以下なんだよ。俺たちニンゲンから全てを奪い去った悪魔共なんだよ。」

「そんな悪魔共が何ニンゲン様に物言うって言うんだ?」

「弁えてくれ、弾が勿体無い。」


 普段なら僕には関係ないって、見てみぬフリをしていたはずだった。

 だけど今日は何故か、それができなかった。

 沸々と込み上げる怒りが抑えられなかった。立ち上がり、叫ぶのを止められなかった。


 名前も知らない男の死が、命を奪い去った魔物が、何故かとても許せなかった。

 あの日夢で見たのと同じように、僕は心の底から祈り、手を魔物に向かって突き出した。


 もし、万が一にも、僕に何か変える力があるなら。

 今に絶望して、慣れないで済む世界を作り上げる力があるなら。

 今こそ、僕に……


「その足を……どけろっ!」


 僕の叫びと同時に。


 夢に見た赤い魔弾が。


 魔物の頭部を貫いた……

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天空の戦犯 蒼空のゆき @soukuu_no_yuki

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