第6話 レイネ・リムニ

それは俺が七歳になって暫くたったある日のことだった。


俺はいつも通り森に行き、今回は収穫ゼロだった為に少しイライラしていた時だった。


「うえぇぇぇぇーーーん!」


という、子どもの大きな泣き声が聞こえて来た。

子どもの泣き声自体はこの村では珍しくない。俺の両親以外にも奴隷同士で結婚したり、させられたりして子どもの数は結構多い。

子ども達にはまだ労役がないので各々好き勝手に集まって遊んでいる。

俺も何度か誘われたことはあるのだが、なんでこんな腹減ってんのに更に体力減るようなことをしなきゃいけないんだ、という思いと、集団に対する恐怖意識が未だにあり、断り続けていた。


その結果、段々と声をかけられなくなり、しかも、絶対に入ってはいけないと親に散々言われ続けている森に、忠告を無視して入り続ける俺を気味悪がるようになっていた。


俺の両親もそのことは知っていて最初は止めていたが、最近は放置するようになっていた。

俺が死んだら、食い扶持が一人減るくらいと思っているのだろう。

別に今更親に冷たくされることに何の情も抱いちゃいない。

俺側も殴られないだけマシとしか思ってない。

他の大人達も全員疲れ切った暗い瞳をしており、他人の子どもに対して干渉してこない。


そんな村だからこそ、俺は一人でやって勝手に出来ていた。


偶にガキ大将みたいなやつが、子分達を連れて俺に突っかかってくることがあるが、逃げ足で俺に勝てる子どもはいない。


そんな日常を送っていた俺の村に一人の少女が現れた。


水色の髪に水色の瞳。

そして、手と指の間には人間よりも明らかに大きい水掻きがあり、人間の耳に当たる部分に大きなヒレ付きのエラがある。


半魚人。

その言葉がぴったり当てはまるような外見をしている。

しかし、その顔立ちは、恐ろしいほど整っており、俺が前世も含めて見てきた全ての女の子の中で、断トツに可愛い子だった。


彼女を見た奴隷達や子ども達も一様に手を止め彼女を見ている。


そんな中、彼女の横に立っていた太った男が声を上げる。


「諸事情により、彼女をここに置く必要が出た。貴重な湖エルフだ。丁重に扱え」


よく見るとその男はオードリットだった。

少女があまりに美しくて、あれほど目立つ体型をしているのに全く眼中に入らなかった。


声を掛けられた兵士もハッとしてオードリットに敬礼をする。


「はっ!畏まりました!」

「うむ……、彼女はほとぼりが冷めたら儂が戴く。手を出したら一族郎党極刑に処すゆえ気をつけろ!」

「は、はっ!畏まりました!他の者にも厳命しておきます」


オードリットはそれを聞くと身を翻し、乗ってきた馬車に乗ろうとしたその時、一組の奴隷夫婦がオードリットに駆け寄っていく。


「あ、あの、オードリット様!」

「うむー、何じゃー?」


面倒くさそうにオードリットが振り向く。


「あ、あの……以前オードリット様に娘を差し出したのですが……」


差し出した……ね。まあ奪われたなんて言えないからな。


「ふむ〜?知らんな?」


しかし、オードリットの方は本当に記憶にないような対応をする。


「え……あ、あの、オルナという名前の15歳の娘なのですが……」


その名前に憶えがあったのか、


「売り払った」

「……は?」


一瞬何を言われたのか分からないという顔をした奴隷の男に、オードリットは更に言葉を突きつける。


「半年遊んだらすぐに壊れよった。だから売り払ってやったのだ」

「えっ……」


オードリットの言葉に男は崩れ落ちるように膝をつく。横にいた妻らしき女性も男の肩を持つことなく立ったまま途方に暮れていた。


そんな二人の様子を気にすることなく、オードリットは鼻息を鳴らすと馬車へと戻っていってしまった。


そんな様子を遠巻きに見つつも、多くの奴隷達は湖エルフとやらに釘付けだ。

二人には同情しているが、はっきり言ってこの奴隷村では身内が非業の人生を送るなんて少しも珍しくない。

娘を取られた時点で死んだものと思え、と周りにも言われていた。


今はそちらよりも泣いている湖エルフの方が気になる。

そんな奴隷達を見て、先程オードリットに声を掛けられた兵士が声を張り上げて忠告する。


「聞いた通りだ!お前ら、この湖エルフに指一本でも触れたら一族郎党死刑にする!分かったら労役に戻れ!」


その言葉に奴隷達は弾かれたように自分の仕事に戻っていった。


そんな中、湖エルフの少女は未だに泣きじゃくっている。


「おい、いい加減泣きやめ!」


兵士が大きな声で怒鳴りつけると、少女は更に泣き喚いてしまう。


「ちっ、うるせぇなー」


あれが俺たち一般奴隷達であるならば、泣き止むまで殴って黙らせるだけだ。

しかし、丁重に扱えとオードリットに言われたばかりなのだ。

さすがに殴るわけにはいかないだろう。


困り果てた兵士は、少し離れた位置で未だに少女を見ていた俺を見つけた。


やばい、逃げなきゃ。


そう思い、逃げようとするが、それよりも早く兵士に声を掛けられてしまう。


「おいアルト!ちょっとこっち来い!」


ちっ……。


俺は内心舌打ちをするが、これでいかなかったら後で折檻される。

俺は渋々兵士のもどに歩いていった。


「僕に何か御用でしょうか?」

「お前、今の見てたろ?」

「はぁ、一応」

「んじゃ話は簡単だ。こいつの面倒はこれからお前のところで見ろ」

「え……」


突然の世話役任命に俺は面倒くさそうな顔をする。


「んだ?文句あんのか?」

「い、いえ、そんなことは……」


俺の顔を見て、いまにも殴りかかってきそうな顔で凄む兵士を見て、俺は慌てて首を横にふる。


「じゃあ決まりだ。ああ、言っておくがその女に傷一つでもつけたら、お前とお前の家族の首が飛ぶから覚悟しておけよ?」

「わ、分かりました……」


兵士はそれだけ言うと踵を返して兵舎に戻って行った。


クソ……。

面倒ごとを押し付けられ、内心毒づく。


しかしいつまでもこんな所で突っ立っているわけにもいかないので、仕方がなく少女に近付く。


泣きじゃくってよく見えないが、やはり恐ろしく可愛い。

前世の俺ならば、気持ち悪くチラチラと見て、あの子を彼女にできれば、などと思っていただろう。


しかし、今のおれにはそんな感情はない。

今はとにかく生きるために必死なのだ。アルバイトもなく、明日ご飯を食べられるかもわからないような生活をしているのだ。

他の人間にかまけているような精神的余裕はない。


「おい、お前……いい加減泣きやめ」

「うぇぇぇーーーーん、ママーー!」


声を掛けても泣き止まない。

うるせぇ。

仕方がないので、俺は彼女の手を取り、少し無理やり手を引っ張る。


すると、泣いていた少女はまだ鼻をすすりながらも俺についてきた。


「よーしよし、いい子だ」


そう煽てながら、俺は自分の家に彼女を連れて行った。

そしてゴザに座らせる。


「……」

「うぅぅ……」


会話が続かない。

前世はもちろん、俺は生まれ変わっても結局人とほとんど話していない。

だから、こう言う時なんて言えばいいのかさっぱり分からなかった。


「……」

「ひっく……まま……」


まあ、なるようになるか。


そう思った俺は彼女に背を向け、今日拾ってきた蔓と木の枝を使って自作の罠を作り始めた。


作業に没頭してどれくらい経っただろうか。試行錯誤を繰り返した末、完成間近、という時になって、突然後ろから声を掛けられた。


「ねえねえ……」

「……」

「ねぇてばぁー」

「んー、うおっ!」


掛けられた声に後ろを振り向くと、少女の顔が間近にあり、その水色の瞳はしっかりと俺を見据えていた。

というか、俺は彼女がいるのを完全に忘れていた。


「ねぇ、さっきから声かけてるんだけど、何で無視するのぉ?」

「いや、別に無視してたわけでは……」


半べそをかく少女に、俺はたじろいでしまう。


「じゃあそれ、何作ってるの?」

「え、ああこれは兎を獲る為の罠だ」

「……何でそんなもの作ってるの?」

「……自分で自分の飯を取ってこなきゃ飢え死にするからさ」

「ふーん」


ふーんって。まあいいけど。


「それで、一応聞いておくけど、君の名前は?」

「……人に名前を聞くときは自分から名乗るものでしょ」


この女……。先までベソかいてたくせに、いきなり調子こきやがって。

そう思いながらも、俺は答える。


「俺の名前はアルト。見ての通り奴隷だ」


これ以上名乗るものはない。他に付け足すような泊が何もないのである。

そんな俺を見て、何故か少女はドヤ顔をしていた。

わけがわからない。


「私はリムニ族スーヤ・リムニとロム・リムニの娘、レイネ・リムニ!」


……何て?

なげぇよ。父親と母親の名前まで言ってなかったか?別に興味ないんだが。

最後のレイネ・リムニというやつが名前なのだろうか。

そうすると、リムニというのは苗字だろう。


レイネと名乗ったその少女はなおもドヤ顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界で始める人生改革 〜奴隷編〜 @kiriti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ