さよならおかえりバカ息子
野々露ミノリ
さよならおかえりバカ息子
「鍛冶屋なんて継がない」
「田舎で暮らすなんて絶対ヤダ」
「俺は冒険者になって金持ちになってやる」
と、一人息巻いて村を出ていった息子が本日帰ってきた。挨拶もなく、置手紙だけ残して姿を消したバカ息子。出ていくときにはなかったであろう大荷物を背にして、ヘラヘラ笑いながら自分のもとにやってきた。
「お、親父。まだ頑張ってる?」
「ああ、お前がいないせいで店は大盛り上がりだ」
「いやぁ、ご苦労さん。ホント感心するよ。やっぱこういう泥臭い仕事が親父にはピッタリだ」
「で、何だ。弟子入りにでも来たのか? あれだけ見習い時代サボっておきながら……」
「まさかっ。シロガネ王国に行くんだよ。オレね……そう、冒険者になったの」
仰け反ってしまいそうな背中の荷物と、重そうに手に掴んだ鞄。なるほど、向こうで居を構えて生活する気か。
確かにシロガネ王国は今、多くの冒険者を欲している。何せ、何もいないと思われていた山の奥地から、魔物が攻め寄せてきたのだ。最近は、近くの村が魔物の襲撃で壊滅させられたと聞く。まだ小さく、平和だったシロガネ王国……。そうした状況とあれば、我が国の余りある冒険者に救援を求むのも無理はない。
「へぇ、兄ちゃん、冒険者になったの?」
「まあね。どう? 兄ちゃんが羨ましい?」
「いいなぁ。私も冒険者になろうかな」
「いやー、なかなか厳しいぞ? 冒険者を目指すなら、兄ちゃん以上に強くならないとな」
しかし、このお調子者が冒険者とは……。
にわかには信じがたいが、以前よりも逞しくなった腕を見る限り、嘘ではなさそうだ。
息子が冒険者を志した時代、すでに冒険者というものは下火傾向にあった。同じような野心を抱く者は数多く、その上、近頃
杞憂、だったのかもしれないな。
「遠い南のシロガネ王国ねぇ……。それで、今日は金の無心にでも来たのか? 冒険者さん」
「うわキッツ……。まさかっ。顔見せに来たに決まってんじゃん。そりゃあもう遠くの国に行くんだから。親父の子として当然のことをしたまでだ」
よく言うよ。村を出るときは置手紙だけで済ませたくせに。
「それに俺、金の無心なんてしないんだよね。なんてったって俺は……」
「ああわかったわかった。『冒険者』、なんだろ?」
息子のこんな態度にはいささか不安を覚えるが……まあ、心配はいらないだろう。
あいつは夢を掴んで冒険者になった。意外ではあるが誇らしい。鍛冶師見習いをしていたときはサボってばかりいたが、根性はあのときよりもずっとあるようだ。
翌朝、俺は息子を見送って、金槌を新調しに店に寄った。
息子はシロガネ王国の冒険者として、新たなスタートを切ろうとしている。父親の俺も負けてはいられない。鍛冶師は自分で選んだ道だ。更なる向上のため、ここは心機一転、道具の見直しといこう。
幸い、金なら用意してある。本来は息子に、見習い期間を終えた記念にと上質な金槌をプレゼントしようと用意していた金だ。
しかし、その必要はなくなった。取り置きしてもらった金槌も俺のものになる。
ところが店主に話をすると、思わぬ返事が返ってきた。
「は? 金槌? 何言ってんだ。あんたの息子が昨日取りに来たろ」
『は?』……? いや、それはこっちの台詞だ。
何で冒険者に金槌が必要なんだ。
「『冒険者』? いやいやいや。あの子はシロガネ王国に、この間やられた村の復興支援に行くんだよ。鍛冶師としてな」
『鍛冶師』? そんなの初耳だ。あいつはだって、そんな素振りは一つも見せなかった。
「『子の心親知らず』ってとこだな。勝手に出てったもんだから言えなかったんだろうよ。自分では冒険者は勤まりそうもなかった、って……。
けどまぁ、見ただろあの子の顔。あの頃よりもずっと楽しそうにしてる。挑戦してみるもんだな。気の合う仲間が出来た、って嬉しそうだった。今度行く村も、その仲間と一緒なんだとよ。……あんたにはちょっと、夢を掴んだ自慢の息子像が壊れて酷な話だったかな?」
そんなもの……答えなくてもわかるだろう。
店主は俺の目の前に、金槌と火箸の値段が記載された請求書を出してきた。
紙の余白には、あいつの一言が添えられている。
『これは一人前の鍛冶師になった記念のプレゼントなので、ツケにはなりません』
間違えてる。プレゼントに火箸は入れてない。
俺は財布から金を出して、約束通り金槌の代金を払った。
そして火箸分の代金を、十二か月の分割払いにしてくれるよう店主に頼み込んだ。
さよならおかえりバカ息子 野々露ミノリ @minori_airport
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