第129話 王
「ありません」
即答した。きっと大事な分岐点だったのだろう。でも俺は即答する。
「……」
「……」
また長い沈黙。
お父様は俺の心の底を見透かすような目で見てくる。
俺はそんなお父様の目をしっかりと見つめ返す。
「ここには私とお前しかいない。遠慮する必要も言葉を選ぶ必要もない。だから、もう一度聞くぞ。お前、ポルネシア王国の王になる気はないか?」
「ありません」
再度即答。
「……」
「……」
更に沈黙。
耳鳴りがしそうなほどの静けさ。
外は既に暗くなってはいるもののまだまだ人々が眠るには早い時間。
この本邸の横の離れでは執事やメイド達が仕事をしているはずだ。
しかし、それらの生活音が一切聞こえてこない。ただただ音のない時間だけが過ぎていく。
そして根負けするようにお父様は長いため息をついた。
「はぁぁぁぁぁーーーー……。そうだよなぁ、お前はそういう奴だよなぁーー」
片手で頭を抱えて腰を丸め、威厳もまるでない普通の三十代のおっさんの様な雰囲気を漂わせながら独り言の様に言う。
「お父様が王になりたいのであればお手伝い致しますが?」
そういうとお父様は逆に天井を見上げながら自重気味に否定する。
「ない。野心も正当性も必要性も何もかも、な」
「左様で」
お父様がくっくっくっと押し殺した様に笑う。こんなお父様を見たの何年振りか。
「神話級魔導使いが王になるから意味がある。次の王がお前になればポルネシア王国はかつてない繁栄と国民の安全が保証される。この大陸のどこの国だってお前が死ぬまで手を出そうとは思わないだろう。ポルネシア王国にとってお前が王になる事が最善なんだ」
「……左様で」
一応返事をすると、またお父様は笑う。
「どうやらお前はソフィーのお腹の中に野心を置いて来たらしい」
野心か。前世からなかった気がするが。まあ野心云々なんて言える次元にはいなかったか。
「突然何故こんな話を?」
王になる話は終わったと思った俺は、ここでやっと理由を聞く。お父様は笑いながらも、諦めた様な顔でため息混じりに話す。
「国のことを考えるならお前が王になるべきだ。だが、お前は王になる気もなりたくもないだろうっていうのは分かっていた。昔のお前は貴族家を継ぐ事すら嫌がっていたしな」
「……」
苦い思い出だ。俺は苦笑いしながら頬をかく。
「どうするべきかずっと悩んでいたんだがなぁ……。結局お前の望む様にしてやる事にしたんだ」
「だから王になりたいか聞いたんですね」
「そうだ」
なるほどね。それはありがたい。王にはなりたくないからね。
「レイン、一応聞くが王になりたくない理由を聞かせてくれ」
「はい」
王になりたくない理由か。はっきりと理由を聞かれると少し難しいな。ふむ。
俺は数分考え、正直にお父様に心の内を話す事にした。
「お父様、私は今でも王はもちろん、貴族にだってなりたくはないのですよ。平和などこか辺境の地で平民として農地でも耕しながらのんびり暮らしたい」
「……」
お父様にとっては衝撃的な言葉であろう。それでも静かに聞いてくれる。
「でも、そんな気持ち以上に守りたい人達がいて、守りたい土地があるのです。それら全てを守る為には貴族である必要があるのです」
お父様やお母様、弟妹達はもちろん、アリアやプリムや愛する人、スクナやアイナ達、オリオン家に使える部下や貴族達、そこに住む市民達。
それら全てを守る為にはオリオン大公爵家の当主である必要がある。
「オリオン大公爵家を継ぎ、彼等を守る事。それが私の使命であり、私が生まれて来た意味なのです」
その為になら人生を賭けられるし、その為なら俺は死ねる。それだけの覚悟を持って生きていける。
「それ以外の存在は二の次、三の次の瑣末な事」
ポルネシア人の為に戦う。ポルネシア人の為に生きる。ポルネシア王国の国土を守る。
どれを取ってもまるで心が動かない。頑張ろうと思えない。やる気が出ない。
それが全てだ。
「そんな王、失格でしょう?」
「そうだな。失格だ」
「そうでしょうとも」
そう言って今度は俺が自重気味に笑う。
無能な王は有害にしかならないが、同じくらいやる気のない王はいらない。部下に全て任せて玉座でただ座るか。
じゃあ俺が王になる理由って何だ。転生した意味って何だ。生きる意味ってなんだ。
やる気のない事に貴重な二度目の人生を費やすつもりはない。
「お前の気持ちはわかった」
それはよかった。まあもう俺を王にするとはならないだろう。
「概ね私の予想通りだったな」
「流石はお父様。私の事をよくわかってらっしゃる」
「ふん」
お父様は鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。流石は大公爵。こんな露骨な煽てには興味がありませんか。
「ところでレイン」
そっぽを向いたままお父様が話しかけてきた。
「はい?」
「王になる気がないのなら来年から学校に通え」
「……え?」
話が飛びすぎて訳がわからない。今王になるかならないかって話をしていたんだが。
王になる気がないならなんで学校に行けって話になるんだ。就職する気がないなら大学行けとは訳が違うぞ。
そもそもあんな時間の無駄だ何だと拒否していたのはお父様なのに。
「ええっと……?申し訳ありません、お父様。もう一度お願いします」
「王になる気がないのなら学校に行けと言っている」
「はぁ、それは望むところですが……突然どう言った心の変わり様で?」
帝国の第五皇女が理由か。いや、俺が学園に行くなんて一言も言ってないし、条約に書かれているわけでもない。
帝国としては予定が変わるかもしれないが、こちら側が合わせる必要もない。
むしろ俺を学校に通わせない理由なら出来たはずだが、逆に通えとは一体何事か。
お母様と一緒に頼みに行ってもダメだったのに、急に前言を撤回するとはどう言う心の変化なのか。
「変わったのは私の心ではなく、この国の状況だ。……いや、私の心証も変わったか」
「と、いうと?」
「神話級魔導師がこの大陸に与える影響は私の想像を遥かに超えると言うことだ」
ほお。俺はあまり知らないけど既にそんな大それた事になっているのか。
「だからレイン、来年から王立学園に通い、お前の次の王を決めてこい」
……は?
次の王を決めろ。何を言ってるんだ。既に次期王は決まっているはずだ。
「お、仰ってる意味がわかりません!お父様は第一王子であるレビオン王子を推していたのではないですか!?」
「ああ、それなら先日、前言を撤回してきた」
「え?」
まるでなんでもないことの様にお父様はいう。
前言を撤回してきた。なら今オリオン家が推している王族はいない。ならば次期王位は誰だ。
分からない。
「じゃあ、学園で王族が争っているのは……」
「耳が早いな。私がけしかけた」
あんたかーーーーーーーい。学園騒ぎの元凶がここにいた。しかも自分の父親だった。
「なぜそんな事を!? 今学園では王族同士が争い、大変なことになっていると聞いております!」
「だろうな」
何を当然のことを、と言わんばかりの顔だ。
いや、やめさせてくれ。俺の楽しい学園生活が台無しになってしまう。
「子供の争いなど些細なことだ。次の時代の行先を決めるこの大事に比べればな」
「お父様……」
俺の学園生活の方が大事だ、とは言い出しづらい雰囲気だ。次の王様とか別に誰でもいい。
俺は次の王様に対して特に期待していない。西部諸侯に対して何かしようというなら動くだけ。どういう信念を持ってるだとか、どういう性格だとか、野心の有無だとかも興味がない。俺や周りの邪魔や足を引っ張らない人間なら誰でもいい。
「嫌そうだな、お前は」
そんな俺の内心を見透かすがの如くお父様はさが苦笑する。俺はギョッとしながら顔を触り、頬をかく。
「顔に出てました?」
「はっはっはっはっ!私はお前の親だからな。それくらい分かる」
「そうですか」
頬をかきながら俺は困った顔をする。
「だが……」
お父様はそう一拍置き、真剣な表情に戻る。
「やってもらう。次の王の時代はお前の時代だからな」
「私の時代……ですか……」
「そうだ。他国の者にポルネシア王国は、と聞けば全員が口を揃えてレイン・グランデュク・ド・オリオン、と答える時代がすぐそこまで来ている。どんな賢者が王になろうともこの未来は変わらん」
神話級魔導士とは、それほどのものなのだとお父様は言う。
「だから……次の王はお前が決めろ、レイン」
異世界で始める人生改革 〜貴族編〜 @kiriti
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