エピローグ
報酬を手にしてチキュウへ遊びに行く習慣は変わらない。ただ、その頻度はいくらか変化した。そして、待ち合わせの日が多くなっている。
今日も今日とて、駅前の待ち合わせに、ハルはとことこと駆けてきた。
「お待たせしました」
にかっと笑うハルの首元には、ネックレスが跳ねている。今日のハルは私服だ。初めて見るそれには、不思議な心地になった。
シャツワンピースにスニーカー。どちらも淡い色でまとめているハルだが、妙に鮮やかでキラキラして見えた。
あの日、ハルに堕ちたことを唐突に理解してから、ハルはどうにも輝いて見えている。
それが恋かと思うと、どうにも居たたまれない。我ながら浮かれているのが分かるから、据わり心地が悪くって仕方がなかった。しかし、それを内心悪くないと思っているのだから、始末に負えない。
「今、来たところだ」
「それは通じませんよ! 異世界の扉が開く時間は分かるんですからね」
「だからと言ってここに来た時間は別だろ? 待っていないから気にしなくていい」
「ふふっ、じゃあ今日は水族館ですね」
「本当にいいのか?」
湊人と行った思い出の場所のはずだ。
そりゃ、金輪際遊びに行かないというほど神経質になられるのも心配だが、湊人の傷はそう遠いものではない。失恋の傷が癒えるには時間がかかると聞く。俺が興味を持ったからと言って、付き合ってくれなくてもいいはずだ。
俺としては付き合ってくれるのならば願ったり叶ったりではあるが、無理強いをするのは本意ではない。
「水族館は楽しいですよ?」
湊人のことをまったく気にした様子がなかった。きょとんと首を傾げてくる。
「……そうか」
頷いてやると、ハルは満足そうに笑った。やはり、その笑顔はきらめいている。
「案内は任せてください。きっと、カインさんが満足できる素敵なアテンドをしてみせますからね」
ふんす、と鼻息荒く宣言しては、拳が握りこまれた。その真っ直ぐさに打たれて、ふっと笑みが零れる。
恋を知った日々は、これほどまでに愉快なものか。
応えるように笑ってくれるハルに、心がふわふわとした。まったくもって、スパイらしからぬ心境に困惑する。しかし、チキュウでの俺はこれだともう諦めていた。
俺の名はカイン・ジョーカー。
職業はスパイ。
チキュウでは、友人に恋心を寄せるただの人間だ。
スパイの告白前日譚 めぐむ @megumu
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