52.超光速航行―5『遷移準備―5』

※ お詫びとお知らせ


申し訳ありません。

体調をくずして更新に間があきました。

仕事との兼ね合いもあり、ペースが落ちるかとも思いますが、今後ともよろしくお願い致します。





『遷移開始一〇分前』

 総員に告ぐ、とスピーカーが響き、副長サンの声がそう告げた。

 とうとう来た!

 だけど、

「〈連帯機〉起動用意」

 ついに訪れた運命の(?)瞬間に、だけど、アタシが浮き足立つことはなかった。

 間髪入れぬタイミングで中尉殿が指示を発されたから。

「れ、〈連帯機〉起動用意、よろし……!」

 復唱しながら、コンソール上に手をすべらせる。

 ほとんどハモる感じで御宅曹長の声も聞こえてきたから、しだいに気分も落ち着いてきた。

「各員、座席を耐Gモードに」

「インターフェイスチェック」

 次々と準備行動を命じる言葉がつづく。

 これまでの訓練の成果だね――アレコレ考えるより先に身体がうごいた。

 椅子の座り心地がフカッと変化し、『セットアップ』→『インターフェイスチェック』――手順を進めていくと、うわ……!

 ホラホラきたよ、きましたよ。

 ぞよぞよぞよ……ッと虫が全身にいまわるような感覚が。

 もう!

 お初じゃないけど、まだ慣れない。

 慣れる日がくるとも思えない。

気密帽ヘルメットの装着を実行します。着座姿勢を正規状態のまま維持してください。繰り返します。ヘルメットの装着を――』

 気持ち悪さに身悶えしそうになるのをガマンしてると、次にくるのは機械音声のアナウンス。

 間を開けることなく、ヘルメットがガポンと被せられてきた。

「気密状態確認。酸素供給開始確認」

 カチリと、首筋から微かなロック音が聞こえてくるなか、アタシはそう呟いていた。

 中尉殿の指示を待つまでもない――自分のことは自分でしなきゃ。

 シューッという空気の流入音を聞きながら、同時にHMDの表示を確認する。

 生命維持関連装備の状態はグリーン。

『遷移開始五分前』

 外部からの直接入力も生きているけど、それに加えてオンになったインカム――ヘルメット内の通信機から副長サンの声がまた聞こえてきた。

「シールド。〈連帯機〉起動」

 ちゃんとモノが見えてる状態で聞く中尉殿の最後の指示。

 アタシは唇をグッと引き結ぶと、セットアップの項目を最後まで進めた。

 ブラックアウト。

 緊急遷移対応訓練の時を含めてこれが二回目。

 シールドに投影されてたHMDアイコンが、やがてにじむようにかすんで消えると真の暗闇が訪れた。

 と、

 アタシが腰をおろしている傍の座面が、あたかも誰かの体重がかかったかのようにギシリと下方にたわむ気配。

 同時に腕や脇腹に自分のものではないぬくもりを感じる。

 がアタシの隣に腰かけてきた……ような感覚。

 誰か……。誰……?

 中尉殿。中尉殿だ!

 根拠なんか無い。

 単にアタシの個人的な願望にすぎないのかも。

 でも、そう思った瞬間、モヤモヤしていた『誰か』の感触は、中尉殿だと信じられるものへと収斂しゅうれんしていった。

 中尉殿が、今、アタシの隣に腰をおろしている。

 曹長じゃない――アタシはそう信じる事にした。

 どちらにしたって『現実』じゃないんだ。だったら精神衛生上、自分にプラスな方が良いじゃない?

 意識して抑えてないと、つい、中尉殿(の触感像イメージ)に触れそうになるのをガマンしながらアタシは一人コクコク頷いていた。

 ウン。

 実に見事、って言うか、そのできばえにはホント感心するしかないし、こうした技術を現実かたちにするまで、一体どれくらいの手間じかん予算おかね人員ひとでがかかったものやら見当も付かない――その事にも、また感心してしまう。

 きっと、軍隊やら政府議会やらのお偉いサン達が、それでも必要だって判断したからこその結果ではあるんだろう。

 試行錯誤や紆余曲折、失敗、要求仕様の未達など、予算でうごく組織が忌み嫌う成功の約束とてない投資の果てに手にした技術なのは、たぶん間違いないだろうから。

 そして、

 その、必要性の重大さ――お偉いサン達にそこまではらをくくらせた裏宇宙航法の欠点が、これからそれを経験しなければならないアタシの心身を冷たくさせる。

 ッたく! 気が違うとか発狂するとかオカシくなるとか、気楽に言ってくれるなよ!

 アタシはゴクリと唾を飲み込んだ。

「深雪ちゃん、聞こえる? 私がわかる?」

 中尉殿の声が耳許でひびいた。

 やわらかな声質。

 人を落ち着かせるASMRな優しい声だ。

「はい、感度良好です。いま中尉殿をすぐ隣に感じてます」

 ホッと安心したせいか、応答するのが性急すぎたよう。

 中尉殿が口許をゆるめて、フッとった様子がつたわってきた。

「私もよ。深雪ちゃんがすぐ傍にいてくれて嬉しいわ」

 中尉殿の手が、アタシの腕にそっと触れてくるのがわかった。

「では、遷移にはいる前にひとつアドバイスをしておきましょうか」

「はい」

 なんだろ?

「時間がないからザッとあらましだったけど……、ギュウギュウの詰め込みで申し訳なかったけれども、裏宇宙航法について、開発経緯や技術的側面、問題点や危険性等の説明をひととおりしたわ。でも、遷移をまだ経験したことがなければ、実際のところを理解するのは難しい、と言うより、いっそムリだろうとも思ってる。炎にふれると熱いと言われたところで、どれくらい熱いのかは触れてみなければわからないものね」

「それは……」

 アタシは、もごもご口ごもった。

 それは、まぁ、確かにおっしゃる通りなんでしょうね。

 奇しくもアタシもたった今、そう考えていたとこです。

 まぁ、だからといって、バカ正直には頷けないですが。

「それでね? 宇宙軍の艦船勤務者たちが初めての遷移を迎える際、先輩たちから送られる言葉を深雪ちゃんにも伝えておこうと思うの。私自身も、新人の頃、上官だった方からかけていただいた言葉」

「あ、ありがとうございます」

 宇宙軍の伝統みたいなものなのかな。

 激励?

「これから深雪ちゃんは――私たちは、光の速さを超越するため遷移をおこないます」

「はい」

「その際、自分とは――人間とは比較の段でない、圧倒的としか形容しようのない『存在』と遭遇することになる。戦うこと、対抗すること、隠れること、逃げること――すべてが不可能。なぜって、その『存在』は、かたちをもたず、大きさに限りもなく、どこにでもいる――偏在している『存在』だから」

「そ、それって、まるで、神様みたいな……」

 つい今し方、曹長が口にした言葉が思い浮かんで、アタシはそう呟いていた。

 かたちをもたず、大きさに限りもなく、どこにでもいる――それだけだったら状の生物(?)みたいだけれど、でも、その程度なら、戦うこと、対抗すること、隠れること、逃げること等のすべてが不可能だとまで中尉殿は言わないだろう。

 つまり……、

「そうね。さっき御宅曹長はそう言ったわね。――『異空間にはバケモノがいる』って」

 中尉殿がアタシの疑問にうなずく気配がした。

「でも、より正しくはそうじゃない。異空間にバケモノがいるのではなく、異空間とバケモノは不可分、と言うより、同一のモノなの」

「え」

 ナニ、それ?

 本当に神様?

「遷移する――異空間に入るということは、即ち、その『存在』の腹中に入ることとまったく等しい。そのままでいたらAIのように、言うなら、『消化』をされて『精神じぶん』を壊されてしまう。そうならない為には、人間が生まれながらにして持つ、『動物』、『生物』、『生命』としての『本能』由来の自己保存力ホメオスタシスに頼るしかない」

 中尉殿がアタシの腕に掌をあてがう。

 キュッと力が込められた。

「だからね、以前に私が受け取った、『我々は孤独だが、一人ではない』――この言葉を今度は私が深雪ちゃんに送るわ。遷移が開始されたら、すぐに私の名前を呼んで。たった一人では耐えられなくても、『誰か』と一緒だったら立ち向かえる。

「すぐには信じられないかも知れない。でも、その一点が、生き残れるか否かを分ける――同じ『知性』、『自我』として、人間とAIの明暗を分かつ境界線なの。だから……、ねッ?」

 どこか必死ささえ感じさせる口調でそう言われた。

 きずな

 絆のちからで危険に立ち向かう?

 ただ、それだけ?

 他に有効な対抗策は無い?

 だから、

 もしかしなくても、〈連帯機〉をはじめの一切は、用意されたということなの?

 中尉殿から激励されたというのに、逆にアタシの心は千々に乱れた。

 そんな子供だましが通用するのか? 大丈夫なのか?――どうしても、そう思ってしまう。

『はい』、『わかりました』

 アタシのことを抱きしめんばかりにしている中尉殿に、だからか、たったそれだけの返すべき言葉がどうしても出てこない。

 まるで喉に鉛でも詰まっているかのよう。

『遷移実行、Tマイナスロクマル! 総員、遷移ショックに備えよ! 繰り返す! 遷移実行、Tマイナス六〇! 総員、遷移ショックに……』

 りんと響く副長サンの声。

 間を開けずに続く、『五九、五八、五七……』という機械音声のカウントダウン。

 もう、そんな時間だったのか。

 もはや、何をかする猶予も残っていないのか。

『一〇、九、八、七……』

 中尉殿のことは信じてる。

 でも、伝えられた言葉は、宇宙軍の無策をしているだけのようにも思えてみに出来ない。

『……三、二、一』

 頭の中は真っ白で、なにも考えることが出来ないでいるまま、

『ゼロ』

 無機質な声が、とうとうその一言を音にした。

「中尉殿……ッ」

 アタシはすぐ隣のぬくもりにすがりつく。


 大倭皇国連邦宇宙軍、逓察艦隊所属の二等巡洋艦〈あやせ〉は遷移――このうちゅうから消え失せた。

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『宇宙戦争/巡洋艦〈あやせ〉の戦い』第一部/開戦 (ver.深雪) 幸塚良寛 @dabbler

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