51.超光速航行―4『遷移準備―4』

「今の世の中、人間が社会の中で生きていくには機械――なかんずくAIのサポートが必要不可欠。極論するとそんな感じよね?」

「え、ええ。まぁ、そうですね」

 中尉殿に訊かれて、アタシは(あいまいに)頷く。

 話題の向きが急に変えられたことに途惑ったというのもあるけど、ま、正直なとこ、農業をなりわいにしてると、普通の……、暮らしの人たちとは、その辺の感性がチョッと違ってるんだよね。

 そりゃ便利なことは認めるよ?

 だけど、(とりわけAIが)生きていくのに必要不可欠だって言われると、首をかしげてしまうかも。

『道具』としては確かに便利。だけど、無いなら無いでどうにでもなる。

 って言うか、お天道様と土と水(あと我が家ウチの場合は、加えて家畜)を相手のお仕事だとねぇ……、『AI搭載』だとか高級品は壊れやすいってイメージがあるんだなぁ。

 いくら精密機械だって言っても道具は道具。

 泥がついたり、水をかぶったり、動物たち、農業従事者にんげんからも乱暴……ってか、雑に扱われたりするのはままあるはなしで、そうするとまぁ、まず長くもたない。

 人間を雇うと思えば、ランニングコストの差で元は取れるってセールスマンなんかは購入をすすめてくるけど、いや、そもそもイニシャルコストを回収する前に壊れるようじゃあ絵に描いた餅。

 結論。

 便利だけども不可欠と感じるレベルじゃない。

 農家的にはそうなっちゃうんだよね。

 街の中とか工場だとか、清潔な環境で丁寧にあつかわれるなら、中尉殿のおっしゃる通りかも知れないけどサ。

 とまれ、

「それでね?」と中尉殿は言葉を継いだ。

「それでね? AI――マシン・インテリジェンスと呼んだりする向きもあるけれど、私たちが有する『知性』と、機械のそれとの違いは、煎じ詰めると、『生命』が基盤となっているか、そうでないかの違いと私は考えてるの。

「人間の『知性』は、『生命』が進化の過程を経ていく長い年月のなかで自然発生した。

「他方、AIは、人間の精神活動のうち思考をのみ抽出されて精製された後天的な知性。

「このように、同じ『知性』と言っても、人間の知性とAIとでは、その『出自』が異なるゆえに似て非なるものとならざるを得ない」

 といったところで、「どう?」といった感じで顔を覗きこまれた。

 自分の言っていることが理解できているかどうかをはかられているようだったので、&(今のところは)理解できていたので、「はい」と言って頷いておく。

 AIが人間の今の生活に不可欠って部分と、それに続く『生命』云々のはなしがどう関連付けられ、展開していくのかは不明だけれど、AIは必要に迫られ(?)造り出された『道具』って部分は了解できる。

 要は、道具であるから使用に即したかたちで最適化され、用途に対してシンプル――人間のようには無駄やあそびが無いのだと、中尉殿がおっしゃっているのはそういう事じゃないかしらん。

 実際、知的作業をおこなうにあたり、その優秀性って言うか能力は、AIの方が上だと思うしね。

 よく口にされる人間側の対抗手段(?)に、『創造性』があげられるけど、いやいや、そんなの、少なくともアタシは自信ありませんって。

『感情』も精神作用のひとつだろうけど、たとえば芸術――絵を描くとかでなければ、事務仕事をしている最中に、喜怒哀楽を頭の中でめぐらしたって、別に効率があがりゃしないよね。

 その伝でいけば、思考作業をおこなうにあたって、確かに人間の精神には無駄やあそびが多すぎる。

 そして、そうした無駄やあそび――不要な部分(とは言いたくないけど)は、生命が誕生し、生き物として進化してきた、いわば過去の歴史の堆積物。

 人間は生き物である以上、そうしたと無縁ではいられないけど、道具としてこの世に登場してきたAIは違う。

 中尉殿の言葉は、多分はそういう事じゃないかと思うんだよね。

 なのに、

「つまりは、AIは、『知性』としては純粋な、いうなら不純物をして精製されたものだと言える。そして、その事が裏宇宙航法をおこなう上では致命的な弱点になってしまうのよ」

 は……?

 思わず、何度かパチパチまばたきしちゃった。

 中尉殿の言ってることが理解できない。

『AIは、『知性』としては純粋な、いうなら不純物を濾過して精製されたもの』――そこはいい。

 けれど、それに続けられた『その事が裏宇宙航法をおこなう上では致命的な弱点になってしまう』――ここが理解できない。

 だって、知的活動に特化して造り上げられた道具がAI。

 だから、その面においては人間に対して優越してるし、追随を許さないほどの差があるんでしょ?

 思考の速度や記憶の総量――そうした要素が人間とは桁違いにスゴいし、感情の揺れから判断がブレることもない。

 熱い、寒い、空腹、寝不足等――知的活動とは関係のない、肉体的欲求、生物的側面からくる制約とは当然無関係。

 そんな、『知性』として純粋であることが、人間のそれに対しての――そう思っていた、のに。

 そんなAI(様)に弱点――それも致命的な弱点がある?

 しかも、その弱点って、アタシが強みと考えてた部分?

 え~~?

 ホントですかぁ?

 いえ、中尉殿を疑うワケじゃありませんけど、でも……。

 どうしても半信半疑方向に、心が動いてしまうんですが。

 なぁんて、首をかしげてしまうアタシは不遜な部下かな?

 でも、物の評価が正反対になるんだもの、仕方ないよね。

「つまり、AIは知性体として純粋ピュアすぎるのさ」

 御宅曹長が話をまとめるようにそう言ってきた。

「AIには、その出自に生物的な――『生命』をそもそもの根源とするバックボーンが無い。だから、存在の根源……、いっそ、『魂』といって構わない実存のにまでおよぶ危険に見舞われた時、自己を保つための抵抗力もまた持ち合わせない。

「端的に言うと、『知性』――『自己』の成り立ちが違っているから、裏宇宙航法でもって超光速航行を実施する際、事前に凍結状態にされていないと、遷移後、そのAIは、ぜったい発狂してるんだ」

 出た、『発狂』!

 さっきもそんなことを言っていたけど一体なんなの?

 AIは、人間以上に脆弱で、あらかじめ電源を切っておかない限り、どんなに対策を施していようと遷移の後には発狂してる?

『知性』や『自我』は裏宇宙航法とは相性が悪い?

 ンなこと言われたって、ワケわかんないし、そもそも、『精神的な危険』というなら、それってAIだけじゃなく、アタシたち人間にだって危険があるってことだよね。

 アタシはそう思ったんだけど、

「何故なら、遷移時に通過する裏宇宙には、抗うことなど出来ないバケモノ――『神』としか呼びようのない『存在』が待ち構えているから」

 曹長がこう言うにおよんで、とうとう、

「は……?」と心の中がこぼれてしまった。

 初代の女皇様からたまわった、光の速さを超越するための理論であったり、技術であったりはオカルトだったけど、今度はとうとう神様ですか?

 いやいやいや、スペースワープ航法陣営の人間が、我が国の裏宇宙航法のことをMAD仮学だなんだとこき下ろしてるって話を聞いて、なんて失礼な! と思ったけれど、これはさすがにムリもないかも。

 オカルトの次は宗教だもの。

「もう!」

 中尉殿が曹長をとがめた。

「時間がないからって、説明を一足飛びにして、深雪ちゃんを不安にさせたらダメでしょ!? 深雪ちゃん?」

 アタシの方に向き直って中尉殿が言った。

「はい」

「『狂う、狂う』とか聞かされたら、それは不安になると思うけど、でも、必要以上に怖がることはないわ。だって、それが証拠に私も、そして曹長本人も、もう何回も遷移を経験しているけれど、だからと言って、健康被害をうけているようには見えないでしょう?」

「はい」

 アタシはうなずいた。

 ウン。そう言われると、それは確かにそうだよね。

 もはや伝説の類なのかも知れないけれど、裏宇宙航法が使われだしてから既に二千数百年がたってるってことなんだ。

 あまりに危険で事故が多発してるようなら、とっくに使われなくなってる筈だよ。

 だから、安全、安心、きっと、そう。ソノハズダヨォ……。

「曹長が言ったのはね、広い意味での恒常性ホメオスタシス――『魂』の自己防衛のことなの」

「……はい」

「人間の知性は、生命が進化発展する過程で自然に発現したもの。だから、そうした歴史時間的な経過にともなうぜいにくが不可分にまとわりついている」

 また、こちらの様子を見きわめるように、ジッと見つめられる。

「でもね、〈常軌機関〉の『狂気』、そして、それに適合した違う宇宙に転移した際、我と我が身を狂った――異なる定理ルールに順応、改変、書き換えられないよう自衛しなければ、自我、実存、『魂』がにそぐうものではなくなってしまう。

「そのこそ、人間にはあってAIには無い『知性』の贅肉――生命あるとして、己の『核』を維持しようとする『本能』なの」

 ――アタシは(なかば呆然と)ただ頷いてみせる他なかった。

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