健康キング

あきたけ

ヤアヤアここは、健康キング博物館

   『健康キング』


 やあやあ。皆サン、こんにちは。さて我々現代人は、昨今の情報生活の乱れや対人関係の変化によって、いま様々な病気が、そこらじゅうに蔓延しております。

 例えは「かに病」というのがありまして、これは指先が伸びてしまう病気ですね。恥ずかしながら私も煩いました。

 私が中学生くらいの頃でした。外には雨が降っていて、とてもお散歩には行く陽気ではありませんでしたので、家の中で、園児たちが使うクレヨンで自由張に絵を描いていた時のことです。

 突然、クレヨンが短くなったのです。私は、そのときリンゴの絵(といっても果物のリンゴではなく、美少女の内蔵の隠語のことですが)を頑張って絵にしようとしていました。なのでたくさんクレヨンを使ってしまったのかな。と考えておりましたが、どうやらそれにしては、クレヨンがあまりにも短くなりすぎだと気がつき、指の長さを計測した結果、自分が「かに病」であることに気がついたのです。

 端的に言えば自分の指先が、まるでカニの脚のように長くなってしまう病気で、こうなればもう出かけることはできません。かに病を発症してまもなく……そうですね、時間にしておおよそ二十秒くらい経過してから、ふとよそ見をした瞬間に、私の指先はぐんっ、と伸び、だいたい二メートルくらいまで伸び、そこで伸び止みました。

 幸いにも、指が壁に激突し「突き指」なんてことにはならなかったのですが、伸びきってしまった指は、勝手にウネウネと動き、その十本ともが別々の方向に動いているので、収拾がつきません。もう自分ではどうすることもできませんでしたので、母親を呼び、自分が「かに病」を発症したことを伝えました。

 母親は、困っていました。私の十本の長い指先が、勝手にウネウネと動き回るので、やみくもに私の部屋に入ることができないのです。もし入ろうものなら、私の十本の動き回る指先が母親の頭にガーンとぶつかってしまい、母は脳震盪を起こしてしまいかねません。かなり危なっかしかったのです。

 中学校には「かに病」の連絡を入れ、それで私はしばらく学校をお休みすることにしたのです。

 お食事は、母親が運んできてくれるのですが、部屋のドアの下の部分をニ十センチ程ノコギリで切り落としまして、その開いたスペースから、お盆でいちいち運んでくれるのです。しかし、私の指先は、依然として「かに病」を発症しておりますので、お箸を持つことはもちろん、まともに食事をとることができません。そこで私は十本のウネウネと動く自分の指先を、部屋の壁と壁の境目へ沿わせまして、グッと押し付けて、指の動きを抑えたのです。それでお茶碗に顔を近づけ、犬食いをすれば、きちんとお食事ができるのを発見したので、その方法で、いちいちご飯を食べました。ただ、お味噌汁を飲むときはかなり苦労しました。口の周りやお盆がみそ汁の汁で汚れてしまいますね。

 そうして私が「かに病」を発症し、ちょうど一カ月くらいたった頃でしょうか、母親が脱皮薬を近くの薬局から購入してくれたのです。

 脱皮薬は、病気を発症してから一カ月が経過した頃に使用しないと、新たに生えてきた皮膚もまた病気、ということになりかねません。代謝がしっかりしていた私は、もう皮膚の表面には健康な皮膚はなく、全て「かに病」に侵された皮膚でしたので、好都合でした。

 私は脱皮薬を使用しました。そのうち、蠢いていた十本の指先の表面が、ジリジリとしびれていくような感覚になりました。普通はそこでペリペリと皮膚が剥がれ、中から元の健康的な指が現れるのですが、私の場合は、まるで手袋を外すかのように奇麗に脱皮がはじまったのです。

 もしやこれは、「かに病」の症状をそっくりそのまま残した脱皮ができるのではないか、と考え、努力しました。できるだけ、脱皮後の皮を破らないように、奇麗に、丁寧に脱いだのです。見事にその試みは成功し、私はついに「かに病」の形を実物として留めることができたのです。

 達成感に浸ったあと、自分の指を見ましたが、かに病になる以前よりも、健康的で常識的な指の形に戻っていました。これは嬉しい事です。

 さて、かに病の原型を留めたままである、私の指の抜け殻は、まだ部屋の中にありました。ですが、いつまでもその二メートルくらいの抜け殻を放置しておくわけにもいかず、かといって捨てるにはあまりに勿体ないということで「国立健康キング美術館」へ寄贈されることになりました。

 これが、健康キング美術館の発展の第一歩目なのであります。


 ところで、最近は「かに病」以外にも深刻な病気がありますね。それが「たべちゃう病」です。ここで誤解してはいけないのは、「たべちゃう病」とは過剰に食欲が湧き、たくさん食べ物を食べてしまう、という病気ではありません。

「人」が「食べ物」を食べちゃうのではなく「人が所持している道具」が「他人が保持している別の道具」を食べちゃうという病気なのです。

 私の時計も、佐々木さんの「食べちゃう病」の被害を受けたことがあります。

 あの時は、まだ「かに病」にも罹っていなかった頃の話なので、たぶん私はまだ小学生だった頃のことでしょう。そのとき、私の部屋には掛け時計が飾られていました。とりわけその掛け時計に思い入れがあった訳ではないのですが、ある日、いきなり玄関をノックされ、

「だめぇ! 時計ちゃん。いうことを聞いて!」

 という佐々木さんの声が聞こえたのです。それと同時に、玄関の扉のほんの二ミリ程度の隙間から、佐々木さんの時計が勝手にスルリと入り込んできまして、壁を伝って、私の部屋まで入ってきたのです。

 佐々木さんの保有物である時計は、ニカッと笑い、そうしてたちまち、私の壁に掛かっていた時計をバクバクと食べ始めてしまったのです。

 私は唖然として、ただその光景を見つめていました。佐々木さんの時計は、デジタル時計で、僕の時計は、アナログ時計だったので、力の差は歴然としています。数十秒もしないうちに、僕の時計は、完全に佐々木さんの時計に捕食されてしまったのです。

 佐々木さんは、本当に申し訳ないと僕に謝ってくれ、最後にはお詫びのしるしに梅羊羹を三つほどくれました。

 しかしその数年後に、オモチャの王様が、「吐き出し命令」という法律を公布したので、僕の時計はちゃんと家に帰ってきてくれました。

 オモチャの王様は、この国に「たべちゃう病」が蔓延していることを、ちゃんと知っていて、対策も考えてくれているのだな、と感心しました。

 ところで「吐き出し命令」が公布されてから「たべちゃう病」予備軍の道具たちが、牙をむき出しながら、硬直してしまうという事態が発生したので、その硬直した「たべちゃう病」予備軍の道具たちは、健康キング美術館に寄贈されたとのことです。

 こうして、健康キング美術館は、またに賑やかになりましたね。


 ところで最近は「かに病」「たべちゃう病」以外にも問題となっている現象がありますね。まあこれは病気とは言わないのでしょうが「扁桃光線」というやつです。

 そうです、皆さんも、幼稚園か保育園の頃にやりましたよね。私は保育園の年長さんのころに、教室にいっせいに皆で並びまして、先生はこうおっしゃるのです。

「皆さん、喉の奥に扁桃腺はついていますか? ついている人ぉおお」

 と言うと、園児たちは

「はーい!」

 と勢いよく返事をするわけです。

「扁桃腺には様々な種類のものがありますよね。大きい人もいるけれども、小さい人もいます。形もいろいろあって、滑らかな形をしている人もいれば、デコボコとした形をしている人もいますね。でも、皆さん、大人になるためには扁桃腺を取り出さなければいけません。今日は、皆さんが大人になるための第一歩として扁桃腺を取り出す作業をしましょう。そうして扁桃腺は、健康キング美術館に展示されるのですよ」

 と先生は言って、それから皆は扁桃腺を取り出すのです。中には物知りな園児がいて、

「先生! ボク早くステレオタイプになりたい!」

「あらあら、ケンジくんは物知りなんですね。そうです、扁桃腺を取り除けば、皆さんは晴れて立派なステレオタイプになることができるのです! さあ頑張りましょう」

 園児たちには、それぞれ一枚の「扁桃入れ」が配られまして、そこに各々の扁桃腺を入れて美術館へと郵送するのです。

 園児たちは、自ら頑張って、扁桃腺を吐き出します。うまく吐き出せない園児もいます。時間がかかる園児もいます。しかし皆、一様に扁桃腺をポイと吐き出しまして、扁桃入れに入れるのです。扁桃腺は左右両方にあり、一人につき二つ保持しているものなので、だいたいの園児は両方とも吐き出せるのですが、中には一つしか吐き出せない園児もいます。そういう人は、大人になってからもう一度、役所に行って、扁桃腺を差し出すのですね。そうしてやっと完全なステレオタイプとなれるわけです。

 健康キング美術館には、こうして毎年、大量の扁桃腺が飾られるのです。多種多様な扁桃腺が、うごめき、ひしめき、現代にはびこるステレオタイプの証拠として、確固としてその存在感を放っているのです。

 ですが最近、奇妙な現象が起こりつつあるのです。これはある警備員が健康キング美術館の夜警をしていた時のことです。扁桃線室の扉の隙間から、強い光が漏れていることに気が付き、彼が扉を開けると、数々の扁桃腺の中の一つが、凄まじいまでに発光しているのでした。警備員は一瞬、目がくらみそうになりました。そのうち、扁桃腺は「ぽーん」と美術館を飛び出し、空の彼方へと飛んで行ったのです。ものすごい個性ですね。

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