筐の中の雪月花

ハヤシダノリカズ

ハコノナカノセツゲッカ

 今日、ピアスを買ったのは、その桜を模したデザインが美しかったからだ。「白っていいよね。無垢な美って、とてもいい」と言っていた月子の耳を、このピアスが飾ったなら、白の中の微かな螺鈿の輝きが彼女をより魅力的に引き立てる事だろう。

「結婚してくれないか」と彼女に言うには、まだ、私の研究はその成果を上げられていない。だが、ひと段落ついた。プロモーションと運用方法の提示次第で、私の研究を高く評価してくれる企業も現れるハズだ。そして、経済的な成果が出たなら、私は月子にプロポーズをする。でも、それにはまだ早い。しかし、ひと段落の祝杯にこのピアスは丁度いい。


 今夜、月子は仕事帰りに私のラボに寄ってくれると言っていた。無骨な住居兼研究所の我がラボだ。せめてワインと美味いものを月子の為に用意しておこう。


 ---


「今、なんと?」私は動揺を隠せずに、閉じたドアを背にして立っている月子に詰め寄った。

「だから、ごめんね。今日はお別れを言いに来たの」ラボの入り口に立ったまま、テーブルの上の料理とワインを冷ややかに眺めながら月子はもう一度私にそう言った。

「どうして!なんで、急に?」私は白衣のポケットの中のピアスの入った小箱を握りつぶす程に拳に力を込めながら月子との距離をさらに縮める。

「急に、という訳ではないわ」月子は私の剣幕に押されてか、少し身体をずらした。図らずも、彼女がすぐにドアを開けて去っていくという展開が避けられそうで、私はそのままドアの前に身体を預けるようにもたれる。

「そうだ。今日はキミに渡したいモノがあったんだ」私はそう言いながらポケットから箱を取り出して「白が好きだと言っていただろ? 見てくれ。今日見つけたこのピアスの白、キレイだろ?ちょっと付けてみてくれないか」と、中のピアスを見せながら、まくし立てた。

「そういうところよ」

「え?」

「そう。私は確かに白が好き。無垢な白に私は惹かれて止まない。でも、白が好きだからこそ、その好きな白にダメなところが見えちゃうと、どうしようもなくイヤになっちゃうの」

「な、何を言っているんだ」そう言う私から離れようと、月子は後ずさりするようにラボの中央へその身体を移動させる。

「例えば、チープなレストランなんかに紙ナプキンが小箱に刺さって立てられていたりするでしょ。ううん。チープなレストランも私は好きよ。でも、白という色に惹かれて目をやったその紙ナプキンが、取りやすい段になっている面を見せていないだとか、段になっている面同士を合わせるように補充してあるのとかを見ると、心の底からガッカリするの」

「レストランの紙ナプキン?何のことだ」

「そういう、細やかな気配りが出来ていない白って、サイアクなのよ。あなたがそのピアスを出したそのタイミングも、そして」月子は私に追われるようにラボの中を動き回り、私の最新の研究の成果である装置の前で止まって、その装置をバンッと叩いて言った。「この瞬間大量ポップコーン製造機、なんてのもね!」と。

「あ、イヤ、それは何もポップコーンに特化したモノじゃ……」

「そりゃね。初めてあの光景を見た時は『わぁ、ステキ。一瞬で雪景色を作れる機械なのね』とか言っちゃったけど、よくよく考えたら雪には程遠いわ。無垢な白でもないし。それに、こんな訳の分からない研究ばかりしているあなたとじゃ、幸せな未来が見えてこないのよ!」月子はそう言って、装置を何度も叩き、それでも収まらないのか、蹴りも入れ始めた。私はいたたまれなくなって、装置のボタンを一つ押した。すると、装置の扉部分というべきガラスが開き、そこに蹴りを入れていた月子はバランスを崩して装置の中に倒れこんだ。私は倒れた月子の横にピアスの箱を投げ入れて、すぐにそのガラス戸を閉めるボタンを押す。


「これはね。なにも、ポップコーンを瞬間的に大量に作る専用の機械という訳じゃないんだ」特殊硬化ガラスの向こう側を喚きながらバンバンと叩いている月子に、私は言う。

「マイクロ波によって水分子同士の摩擦を引き起こして熱を生み出すのが電子レンジの原理だが……。私のこの装置は水分子以外の分子をも自在に振動させて、熱を生み出したり、その物質そのものを崩壊させたりする代物なのさ。しかも、使用電力は電子レンジよりもはるかに少ない。そして、かかる時間も……。そう、キミに見せたポップコーンの様に一瞬で完了するのさ」私はそう言いながら、装置の端末を操作する。

「人体を崩壊させる事も、人体を構成する物質が分かっていれば容易い。なあに、血しぶきが上る事もなく、苦しいのは本当に一瞬だよ」装置は一瞬ブンッと機械音を発した。月子の出す音はもうしない。


 私は続けて端末を操作する。プロモーション用のトウモロコシの粒がガラスの向こうに積もっていく。装置がもう一度ブンッと音を立てると、ガラスの向こうには雪じゃなくてポップコーンが降り積もった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

筐の中の雪月花 ハヤシダノリカズ @norikyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ