Sing song again

石嶋ユウ

Sing song again

「あいつの心を動かして歌を歌わせたいだって? そんなのオレなら簡単さ」

 風吹楓かぜふきかえで温水太陽ぬくみずたいように自信満々でこう言った。楓は勝ち気でボーイッシュな少女だった。太陽は彼女の勢いに少しだけ負けそうになったが、負けじと声を張る。

「僕はどうしてもあいつの歌が聴きたい。だから、楓と僕でどっちが彼女を歌わせられるか勝負だ!」


 なぜ二人が競うことになったかといえば、それは二人の共通の友人である新堂詩が三ヶ月前から姿を見せなくなったからだった。新堂詩しんどううたは仲間内では一番、歌が上手だった。どうして姿を見せなくなったのかはわからない。楓と太陽はそれが悔しかった。だからこそ、二人は彼女の歌を聴くために勝負をすることにしたのだ。


 数日後、話し合いの末にまずは楓が詩を説得を試みることになった。楓と太陽は彼女の家まで歩いている。

「楓はどうやって連れ戻すつもりだ?」

 太陽は気になっていたことを聞いた。

「そんなの簡単さ」

 彼女はウインクをした。


 彼女の家の前に着くと、二人は目を合わせて頷き合った。楓の方がインターホンを鳴らす。

「ごめんください」

 程なくしてドアの向こうから新堂詩その人が現れた。だが、詩はすぐに扉を閉じようとする。楓は扉を掴んで閉めさせなかった。

「詩、どうして歌わなくなったの? どうして姿を見せなくなったの?」

「答えたくない……」

 詩は楓を突き放し、扉を閉じてしまった。

「待って詩!」

 閉ざされた扉からは冷え切り閉ざされた彼女の気持ちが伝わってくる。楓はその場でしゃがみ込んでしまった。


 それから二人は近くにあったファストフード店の一席で落ち込んでいた。

「あれは完全に塞ぎ込んでるなぁ。どうしよう……」

「どうしようたって、どうすれば良いのさ」

「オレに言われても、わからない。なんか傷ついている感じだったな」

「そうだね」

 彼女の沈んだ顔を見て、その表情が二人にも移っていた。食べ物が何も手につかない。太陽はなんとなく窓の外を眺めた。そこにはある光景があった。

「ああ、良い方法があった。それこそ簡単な話だったんだ」


 真夜中、詩はベットの上で毛布にくるまっていた。


「お前は出来損ないだ」

「でしゃばるんじゃない」


 そんな彼女の言葉たちが頭の中で何度も、何度もリフレインする。

「私は出来損ないだ。出来損ないだ……」

 彼女が怯えている。そのタイミングでスマホが二回ほど鳴った。彼女の部屋に着信音だけが響き渡る。彼女は恐る恐る、スマホの通知を確かめた。太陽からのダイレクトメッセージだった。


「新しい歌です。聴いてほしいな」


 そのメッセージには一本の動画が添付されている。彼女はそれを再生した。


  今日も空が痛くてさ

  辛くてどうしても

  閉ざしてしまう扉

  

  何かがあっても

  口をつぐんで

  気づいたら今日も

  夜が来て

  

  僕らには何ができんだ

  わからないから探してる

  その日々で冷たい言葉が

  剣のように刺さっても


  ああ、今日も夜は悲しいな

  誰も触れることはできないけれど

  きっと確かな思いは伝わるはずさ


  だから立ち上がってほしい

  大丈夫じゃないけど

  きっとまた走れるさ

  Sing song again


 

「少し、下手だよ。太陽……」

 その歌は彼女の心を突き動かした。窓からは夜明けが差し込んでいる。彼女は立ち上がった。


 翌日、楓と太陽は詩と会った。彼女と入ったスタジオで二人は椅子を借りて座っている。

「結局、これが彼女にとって一番良い薬だったんだ」

「そうだね。やっぱり彼女は歌が一番好きなんだよ」

「昨日の勝負、オレの負けだ」

「いや、この話に勝ち負けなんてないさ」

「ええ、そこの二人」

 二人の目が詩の方に向いた。

「ありがとう。おかげでまた立ち上がれました。それもこれも二人のおかげです。それでは聴いてください」



  ある日見た空は

  どうにも苦しくてさ

  私はどうすることもできずに

  閉じこもっていた


  そこに差し出された手は

  私には痛すぎて

  振り払った思いはどうにも

  諦められない願い


  創造と破壊の間で

  傷ついたことは何度も

  あるけれど今日は

  また歌えそうなんだ


  ダイヤモンドのように綺麗な

  星たちの元で私たちは

  何かを作ろうと必死で

  道を駆け抜けている


  大丈夫、まだ大丈夫

  私はもう立っている

  今はまだ辛いけど

  ちゃんと走っているよ


  だから、お願い

  聴いてほしい

  私の歌を



 彼女の歌がスタジオ中に響き渡る。楓と太陽はそれに聴き入っていた。彼女はもう大丈夫だった。再び走り出した道には希望があったから。

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Sing song again 石嶋ユウ @Yu_Ishizima

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