ライブに向けて
「で、どうするの? 選曲とか、流れとか。まあ、僕らオリジナルの曲があるわけでもないけれど」
忙しいのか話を終えて立花が物理準備室へと向かった後、五人は一つのテーブルを囲むように座って話し合う。
悠真の言う通り、彼らに持ち歌はない。今までは市販されているスコアを購入して練習してきた。まだ人前で披露できるような腕はなかったので、ひたすら部活で練習に打ち明けるしかなかった。
「やるだろ、オリジナル。てか、それしかやらねぇよ」
狭い場所でしか練習してこなかったのに、恭弥は唐突に言う。悠真はさすがにすぐにはそれを受け入れられなかった。
「馬鹿なの、君。馬鹿だけど」
「馬鹿で結構。馬鹿にならないとやってられねぇよ。俺はいつだって馬鹿正直に音楽やってんだ」
「はあ、そう。君の意見はわかった。他は?」
恭弥の意見は横に置いて、他の意見を求める。
悠真と目が合ったのは、目を泳がしていた瑞樹だった。こうなったら何か言わなければならない。悠真の目から逃げられず、控えめに答える。
「ぼ、僕はキョウちゃんの意見に賛成です。キョウちゃんなら曲を作れるし……」
瑞樹は恭弥が曲を作れることを知っている。なぜなら、幼いころに作曲してはどうかと提案したのは瑞樹だからだ。どんな曲が好きで作るのか、恭弥の癖までわかっていて、信頼と尊敬を寄せている。
「だろ、ほらみろ、瑞樹がこう言ってる」
「はいはい。君の信者だもんね。大輝は?」
恭弥を難なく躱して、隣に座る大輝に意見を求める。
「んー、俺はね、楽しいやつがいい! 俺らが楽しくなくちゃ、楽しいステージなんてできないっしょ?」
大輝の言う通りな訳であるが、今求めているのはそういうものではない。扱いづらいと判断したのか、悠真はコメントをすることなく目線を鋼太郎に向ける。
「……御堂が心配してんのは、オリジナル曲でしらけないかっていうのと、俺の腕だろ? 唄の菅原はともかく、この場で楽器初心者に当たるのは俺だけだ。ある程度できるようになってきたし、演奏に関してはいける、と思う」
大輝を除く四人の中で、楽器初心者なのは鋼太郎のみ。他は皆、昔から楽器に音楽に触れてきており、演奏に関しては問題がなかった。そのことを踏まえて、鋼太郎は言う。バンドとして練習を始めた当初は鋼太郎の技術があまりにも低かったが、努力のおかげで今では並みに演奏できるようになっていた。自信が言葉に、そして行動に現れたのだ。
「そう。じゃあ、残りは曲だ。オリジナルをやるとしても、それを作らないといけない。それに、一曲だと時間が余ると思う。僕らが立つのは文化祭の頭。各文化部がどんなことをやるのかを説明するステージだ。その冒頭で立たされるよ」
どこから情報を得てきたのかと、みんなが悠真を見る。その視線が嫌なのか、手で払うような動作をして見せた。
「生徒会の文化祭スケジュール表を持っているんだ。そこに書いてあったんだよ。会長も僕に楽しみにしてるなんて言っていたし」
生徒会に属している悠真ならではの情報源。眉目秀麗な彼にとって、いともたやすく情報を集めてきたのだろう。ここまで知っているならなぜあらかじめ言ってくれなかったのか、恭弥はそう思わざるを得ない。
音楽に熱中しすぎているせいで、問題児として生徒にも教師にも睨まれている恭弥にはできない情報収集だ。
「ユーマ、どんぐらい時間あんの?」
「二十分。準備は開会前にできそうだから、撤収に余裕を持たせても十数分ある。オリジナル一曲だけだと持たないよ。君はひと月半で何曲か作るのにどれだけかかる? 練習のためにも、八月中旬までに作曲は完成していないと無理だ」
「んんっ……さすがにそれは……」
一曲四分と見積もってもニ、三曲は必要だ。ゼロから作るのにひと月はほしい。
練習時間も考えれば時間が足らない。
「何より、素人の曲は場をしらけさせる。だから僕は推奨しない。どうしてもやるというなら、廃部を覚悟でやるしかない」
立花のいうステージというのは、きっと誰しもが楽しいと思えるものにしろということだろう。確かにたかが高校生の初ライブで知らない曲を見聞きして、みんなが楽しいと思えるかというと頷けない。それを恭弥はわかっている。でも、オリジナルとやりたいという意思が強かった。
何故なら彼は、憧れの存在――実の父であり、プロのバンドマンとして活躍していた野崎恵太に近づきたかったから。
自らの曲を披露させ、会場を沸かせ、奮い立たせるような曲をステージで披露したい。その思いが、恭弥を突き動かした。
父が亡くなっても、残像を追いかけ続けた。共にステージに並ぶことはできなくても、上から見てくれていると信じて。
オリジナル曲は無理。そんな流れができてきたとき、瑞樹が手をあげた。
「僕に提案があります」
「何?」
「その、言っていいのかな? いい? キョウちゃん」
ちらちらと恭弥を見る。それが何を意味しているかわからないが、恭弥がここの仲間に隠さなければならないことは何もない。父のことすら周知しているのだから。
なので、恭弥は頷いてみせた。それを許可と受け取った瑞樹は意を決していう。
「キョウちゃんがネットで公開しているNoKの曲……これならみんな知っている曲だから、先にこっちを披露すればいいんじゃないかな、って」
「それだっ!! 瑞樹、天才かっ!」
その手があったかと立ち上がった恭弥は情報を付け加える。
「俺は
AiSとは、歌声合成技術とAI音声を取り入れた
AP初となる公開したすべての楽曲において、再生数がミリオン達成。最も再生された曲は六百万回を超える再生数をもつ。今では知らない人の方が少ないネット上の有名人となっていた。
そのことについて、恭弥は公に話すことはない。あくまでもNoKは、恭弥がプロを目指す上で作曲の練習に使っていたものであり、予想以上の反響に衝撃を受けて怖気づいたのと、リアルのバンドに集中したいからという理由をつけてNoKの活動は実質休止している。今は実際にバンドを組むということにあたって、曲作りを見直しているところだった。
使えるものなら何でも使おう。もともと自分のものであるNoKの曲を使うことに関して躊躇はない。
「俺の曲を提供する。譜面に起こすのに時間はいらねぇ。そんじゃそこらのへんてこな曲で勝負するより、俺は俺の曲をやりたい」
「おい、言い方……」
まるで他の曲は全ておかしいと言わんばかりの恭弥に、鋼太郎は静かに指摘する。
「ん……NoK、ね。僕でも知ってるぐらいだ。生徒の中でも知っている人は多いはず。他のアーティストの曲でもいいかと思ったけど、嗜好が違うもんね。熱烈なファンからしたら、お前たちが真似るなって言いそうだし。うん、瑞樹くんの意見には賛成だ」
「わあ! ありがとうございます!」
淡々と考えを伝える悠真から、賛同を得た瑞樹は恭弥に向けてVサインを送った。幼馴染の喜ぶ姿に、自然と口角が上がる。
「鋼太郎と大輝はどうなんだ? 俺の曲でいいのか?」
黙っていた二人へ聞けば、顔を見合わせて返事をする。
「俺は構わない。どんな曲でもやってみせる」
「俺も俺もー! その、のっく? の曲は知らないけど、キョウちゃんが作ったんならきっと楽しい曲だろうから!」
まさかNoKのことを知らない人がこんな身近にいるとは思っていなかった恭弥は、自分の未熟さを再確認した。
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